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さる武器屋の英雄伝  作者: 上雛 平次
第五章 中央奪還作戦
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第五十五話 二人の聖騎士、裏切りの魔法 中

 直線上に進む火の玉。ハイルたちはそれを左右に飛ぶことで避けると、魔法陣の上に立つ女を見つめる。

 彼女の名は、マイヤ・オリクス。人類最後の魔法使いと呼ばれ、北の森で、自然を蘇らせるために魔法を発動させていた。

 その優しきマイヤがどうして、ハイルたちに魔法を使っているのだろうか。

 後ろで、軌道を外れた火の玉が、城の壁にぶつかり火花を散らす。あれに触れれば、一瞬で全身は大火傷を負うどころか、命さえ燃えてしまうはずだ。

 再び、詠唱を始めるマイヤ。地面に刻み込まれている輝く魔法陣から、刻み込まれていたはずの文字が空中に浮かび上がる。

 その文字は、マイヤが詠唱を終えるに連れて、色褪せていく。発動の瞬間を示している文字なのか、文字の色が完全に消えてしまうと、周囲の空気が冷えていく感覚が伝わる。

『猛突進する氷結晶アイスブラスト

 聞き取れなかったはずの呪文の一部が、はっきりと聞き取れたハイル。武器を抜いたリーナとディアに、「また来るぞ!」、と叫ぶ。

 三人は部屋に飛び込み、席の後ろへ身を隠す。席の間、冷気をまき散らしながら、高天井から下を照らす光の精霊の光を受けて、氷の刃が王宮から外に飛び出す。

 この王宮は、王が座るための座椅子を中心に、円を描くようにして椅子が配置されている。また、王の座椅子が中央に沈んでいるのに対し、ハイルたちが回り込んだ席は三メートル近く高い場所に位置しているため、椅子が死角になり、マイヤからは見えない。

 ――はずだった。

『爆散する猛炎棘フレアドライブ

 詠唱が先と比べて早い。そのため、荒い詠唱で現れる炎の玉が、勢いを無くしてハイルたちが隠れていたすぐ側の席に落ちてしまう。

 しかし、それはマイヤの作戦であった。

 先ほどと全く同じ魔法だと錯覚したハイルは、マイヤの元へと向かうために身を上げてしまい、そこで身動きがとれなくなるのだ。

 全身を取り囲むように広がる炎の線。壁を伝って生えているようにも見える炎で生み出された罠に、リーナとディアも捕らわれる。

「これは、まずい」

「動けないのです!?」

 一歩でも、体を少しでも動かせば、炎によって作られた線が察知し、その触れた人間の元へと全ての炎が集まる火の魔法。炎を細い一本の糸のように解き、それを周囲に接地させる風の魔法。更に、糸が自身の周囲に来た際には、火力を上回る程に冷たい冷気を纏う氷の魔法。

 幾つもの魔法を自在に操るマイヤ。ハイルたちが身動き一つ取れない状況が確立される。

 すると、マイヤが立つ床に刻まれた文字に、亀裂が入った。

 そう、ハイルが投げたバスターソードは、火の線を突き破りながら、マイヤの目の前に突き刺さったのだ。

 両手で頭を押さえ、辛そうにうずくまるマイヤ。風が止み、冷気と熱気が共に消えると、ハイルたちを縛り付けていた状況は全て無くなる。

 何が起きたのか分からないリーナは、下から見えないようにとしゃがみこんだ席の脇から様子を眺めている。ディアは、ハイルの行動によってマイヤの魔法が止まったのを見ていたためか、すぐにマイヤの元へと駆け出す。

「マイヤ、一体どうした!?」

 先にたどり着いたハイルは、輝きを失った魔法陣に刺さる剣を鞘に納めると、頭を抱えて床に額を押し当てるマイヤに声をかける。

 明らかに異常とも言える姿に、攻撃された事で沸き起こる怒りよりも、心配する気持ちが勝った。

「……!?」

 突然、身を震わせると、頭から手を離して床に置いてあった杖に手を伸ばす。

 それから、床から額を離したマイヤは、杖に忍ばせていた剣でハイルを斬る。

「死ねぇ!」

 奇声。

 本当は、そのような言葉では無かったのかもしれないが、ハイルにはそう聞き取れてしまったのだ。

 そして、仲間が仲間を傷つける瞬間、間に割り込むディアの剣がマイヤの一撃を受け止め、ディアの蹴りがハイルをマイヤから遠ざけさせる。

 身を襲う強烈な蹴り。恨めしそうにディアを見たハイルは、ディアが何かを言っている事に気付く。

 マイヤの剣を抑えながら、振り向いていたディア。一言、ハイルに告げるのだ。

「先に、行って。マイヤ、私が、止める」

 苦しそうに話すディア。力が殆ど無いマイヤの腕であれば、すぐにでも反撃する事はできるはずなのに、それをしないディアの目がハイルから逸れると、悲しそうにマイヤを見つめる。

 以前のディアからは、感情の浮き沈みがはっきりと感じる事は出来なかったが、マイヤやユーティリアと暮らす内に、『心』というものが少しずつ、ディアの中に戻ってきたと思うハイル。

 その時、悩みもせず、ひたすらに武器を造り続ける父が頭に浮かぶ。いずれは、冗談を言い合いながら話せる日が来るのだろうか。

 ディアとも、そのような他愛も無い話題で盛り上がる事はできるのだろうか。

 過酷な決断を下すディアに、ハイルは、「分かった。だから……生きて、追いかけて来い!」、と言うのだった。

 頷いたディア。ハイルも後ろで頷きながら立ち上がると、上から降りてくるリーナに声をかける。

「上に行くぞ。そこに王女様がいるはずだ!」

「は、はいです!」

 リーナはハイルの声を聞き入れると、入ってきた扉と対称に位置する扉の前に着く二人。扉を開いて中に入り、閉める。

 扉の間から、剣を弾かせ合うマイヤとディアの剣の音が、寂しく途絶えていった。

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