第五十四話 二人の聖騎士、裏切りの魔法 前
雲の切れ目から、微かな月の光がこぼれ落ちる。天候が悪いことが幸をなしたのか、竜たちの相手をすることも無く、城に辿り着いた。
息を潜め、扉が開かれたままになっている城の中へと入ったハイルたち。しかし、その場にいたのはディアとハイルとリーナのみ。
ラルフとミュエルは、地下牢に捕らわれている他の騎士たちと、民。そして、マイヤを救出するためにハイルたちと途中で分かれた。
リーナは、自分も騎士だから、とミュエルに言っていたが、それを聞き入れなかったミュエル。理由を聞けば、ハイルたちの助けになって欲しい、と返す。リーナは悩みながらも、ミュエルの言葉を聞き入れると、ハイルたちと進むことを決意したのだ。
「王宮はすぐ目の前だよな?」
ハイルは、シエルと戦った記憶を思い起こす。王宮内には大量の魔獣の死骸が落ちていたそうだが、王女が命令すると、騎士たちは血気盛んに撤去作業を行った。その王宮もそうだが、この中央国は敵の侵略に見舞われ過ぎているのでは無いのだろうか。
いや、予測ができないことであれば仕方は無いのかもしれないが、考えた方が良い議題であることは確かだ。
それも、ハイルのような一般民が言える立場では無い事は明確だが。
「はいです。でも、王女様が住む部屋は最上階です」
最上階。一瞬だけ見たことがある、とハイルは呟く。シエルを奈落に帰した後、中央国の王女であるユーティリアが潜んでいた最上階に降り立った時に見たはずだ。
すると、王宮に入るための扉の前で、リーナがハイルの服の裾を引っ張った。
「どうして、王女様の部屋を見たことがあるのです?」
「え? いや、それよりも王女様を救い出すことが先では……痛っ!?」
久しぶりに、レイピアの剣先でつつかれた気がしているハイル。痛みを感じると共に、妙な懐かしさを感じたが、すぐに痛みが勝る。もう一度、レイピアによる突きを繰り出そうとしてきた剣先を避け、飛んだ先にあったのは、王宮へと通じる扉。勢い良く飛んだためか、押す形式を採用している扉を開く結果になったことは言うまでもないだろう。
つまり、入室したということだ。
侵入者を撃退するための火を放つ――マイヤが待つ王宮に。
民が罪を犯した時、その民は選択肢を三つの中から選ばなければならない。
一つ目は、国からの追放。期限など存在せず、運が悪ければ、出た瞬間に魔物に襲われてしまう民もいると聞く。二つ目は、その場での斬首。これを選択する民はほぼ存在しないが、最後の時を誰かに見ていてもらいたい者が選ぶのだろうか。
そして、三つ目がこの場所に存在する。民の飲み水へと繋がる水路の上に作られた牢獄。数百もの民がこの中に収容されていると聞くが、地上で働く二人には、無縁の場所である。
ミュエルを先頭に、後ろを歩くラルフの二人は、悪臭が充満する階段を下っていた。
「地下牢って、本当にあったんですか」
階段を下りきり、目の前に現れた扉を抜けたラルフは、より一層強くなる、肉が腐ったかのような臭いに鼻をつまむ。
と言うのも、地下牢を知らない騎士たちにとって、この地下牢自体が一種の噂話なのではないかと囁かれる程に、地下牢の存在はあやふやであった。
一部では地下牢を名目にして、身分の高い人間が他国に、罪人を奴隷として売っているなどという、耳を塞ぎたい噂も聞いた。
「ここに入ることができるのは、中央でも有数な権力者か騎士だけ。たかが地区の騎士団長が見ることは叶わないと思っていたけど、まさかこんなに早く機会が来るとはね」
地下牢の実態に、自分が仕えている国の騎士として、考えさせられることが多い。けれど、そもそも悪い行いをしなければ、地下牢に入れられる事も無いのだから、間違っているとは言えない、もちろん、正しいとも言えないが。
扉を抜けると、左右に付けられた牢屋から垣間見える骨のような塊が見える通路が続く。枝分かれする広い通路に出て、ミュエルは愛用のハンマーを振り下ろす。
「!?」
驚くラルフ。通路を照らす精霊もいないため、視界は暗く、何も見えない。
しかし、直感的に振り下ろされたはずのミュエルのハンマーが止められると、何かに払われたのだ。
煌く剣。
見覚えのあるそれは、ラルフの持つ武器と似通っていた。
聖剣。
光を放つ剣が所持者の眼光を写すと、地面に落ちたミュエルのハンマーを踏み出しにし、ラルフを目指す。
「聖剣所持武力行使」
間を入れず、続けられる言葉。
突然の奇襲と、水滴が落ちる音、恐怖心を駆り立てる状況が周囲を覆う中、ラルフは剣を引き抜いた。
「ぼくは、逃げない」
敵側の聖剣と、ラルフの聖剣がぶつかり合う金属の音色が連鎖し、反射するように通路でこだまする。
力押しで、少女の猛攻を跳ね除けたラルフは距離をとり、
『ではぁ、戦いましょうかぁ』
、聖剣の声に、頷く。
そして、もう一人の所持者の方も――首を振ったような気がした。




