第五十二話 決意と侵入
朝日が、体を包み込むように身を照らす。
あれから、鉄を流し込む工程を終えた父はハイルから剣を取ると、それ以降の作業は自分一人で行った。
鉄を打ち、熱し、鉄を打つ。
その繰り返しを、今の今まで行っていた父。支えなければ、すぐに倒れてしまいそうにふらつく体。シエルとアリシアの二人は父の肩に自身の腕を回すと、三人は家の中に入っていった。
感謝する他の一同は、その大きな背を見送ると、完成された聖剣を見る。
見る角度、いや、光の入り方によって色を変化させる聖剣。思わず、それが敵と戦うための武器であることを忘れてしまうかのような出来に、ため息を漏らす。
そんな中で、ディアだけは一同と違った感想を抱く。
――つい最近に、あれを見た。
ユーティリアとマイヤが連れ去られた森での戦い。ディアは、ラルフが手に持ち、掲げる聖剣に奇妙な既視感を感じている。
そう、あの少女。ディアが繰り出す斬撃をいとも簡単に避けてみせた、あの少女だ。少女の持つ剣と、ラルフの持つ剣の形状から、色や剣幅まで、ほぼ全てが同じように見える。
思った事をありのままに伝えようと、ディアは他にも聖剣があるのではないか、という推論をハイルたちに明かす。
敵側も、聖剣を所持している。
絶望すべき状況であることを話したことにより、空気は冷めると思っていたディア。
そのはずであったが、冷めることを知らないのか、むしろ、熱くなったのだ。
そして、ディア以外の皆は、それぞれの決意を述べ始める。
「私たちは、負けないのです」
リーナは、鞘に納められたレイピアの柄を強く握りしめて、空を見る。
「助けなきゃね、王女様を」
ミュエルは、ハンマーを地面に降ろし、目を瞑る。
「ぼくらは、絶対に勝つ」
ラルフは、聖剣を鞘に納めながら、心の中で同じ言葉を復唱する。
「な? お前たちと分かれてから、強くなったんだ。俺たち」
ハイルは、炭汚れが付いた顔で笑顔を作る。
「……うん。ありがとう」
ディアの感謝の言葉が、四人の心に響いた。
「もう、行くの?」
お見送り。
今、ハイルたちは海岸にて、ホバークラフトに乗り込むと、東の国に戻ろうとしていた。その間、見送りに来ていたシエルとアリシアと父に別れの言葉を言っていた。
「戻ってくるんでしょ?」
目をうるわせるシエルの言葉が胸に刺さる。
本当は、言いたかったのだ。はっきりと、『絶対に戻るから』、と。けれど、分からないのだ。
絶対に戻ることができるかどうか。別れの時であったため、嘘は言いたくなかったハイル。
だから、ずるい言い回しになってしまったことを許して欲しい。
「また、な」
一生来ない明日を迎える事になるかもしれない今日。
ホバークラフトから起こされる風によって撒かれた砂が、シエルの目を痛めさせる。
海上へと進むホバークラフト。速さは無いものの、力のある走りを見せるホバークラフトは、全速力で東を目指す。
「ハイルたちは――帰って、きますとも」
シエルの小さい体を寄せたアリシアと、肩を並べた父は、小さくなっていくホバークラフトを見送るのだった。
――翼の音や巨大な足音が、止まず聞こえる中央。
中央の上空には、侵入してくる敵を発見するための飛龍が旋回している。
対して地上には、万が一に侵入されてしまった時のための防衛策として、地竜が休むことなく走り回っていた。
鱗の代わりに毛に覆われ、竜としての翼の機能を失ってしまった地竜。代わりに手に入れた俊敏性を糧に、中央の地面を爪を立てながら駆けていく。
地竜が通り過ぎた二階建ての木造建築物。『モンキー武器屋』と名された建物の窓から埃が舞った事に、地竜は気づかない。
「……大丈夫か、みんな?」
痛いと大声で叫びたかったハイル。しかし、まずは仲間の安否確認をする方が先決である。
あれから、東に戻ったハイルたちは、ガーランド武器屋に置かれていた瞬間移動を自動で行う箱に連れて行かれると、中に入れられた。
そして、目が覚めた瞬間から、現在に至る。
懐かしい我が家の、全く変わっていない風景に安心したハイル。埃を被った武器製造のマニュアルが、古めかしさを醸し出している。
それも、生まれてこの方、一度も読んでいない。お爺さんから直に教わった方が、良く覚えられたせいからであろうか。
地面にうつぶせの姿勢で寝転がっているハイルの目に、眩しいくらいの日の光が差し込む。
スタットのホバークラフトが離れ小島を出る頃には、もう日は昇っている。つまり、日が昇ってから、かなりの時間が経っているのだ。だが、窓から入る日の光が衰えを知らない今の時刻は、昼ぐらいであろうか。
一刻も早く、ユーティリアとマイヤを救い出さなければいけないが、外に出るには見つかってしまう可能性が高い。だから、夜まではここで待機していた方が良いのだと、ハイルは考えた。
という話をしなければいけないのに、ハイルが一番最後に目が覚めたためか、周囲に人の姿が見えない。
這いつくばるように、腕だけを動かして前進を始めるハイル。
扉を開こうと、ドアノブを掴もうとしたが、ドアノブが自分の手から遠ざかる感覚。
いや、本当に遠ざかっているのだ。
ハイルの部屋は、押し扉。誰が開いたのかと上を見上げれば、恥ずかしそうに、鎧の中の下着を隠すリーナの姿――。
「っ!!」
鋼の靴で、蹴りを頂く。
前回の更新ぶりです。上雛平次です。
遅れまして、申し訳ありませんでした。
不定期ながらも、更新はしない理由にはならない、と身に鞭を打って作成したため、誤字脱字、おかしな表現が目立つかもしれません。
では、次の更新で。




