第五十一話 旅の終わりを告げる響音
鉄を叩く音が響く工場には、絶え間無い光が灯される。
山のようにあった鉱石は全て溶かされた。たった一本の剣を造り出すために。
ラルフの持っていた剣を型に入れ、鉄を流し込む。この精製法は、モンキー武器屋独自のものであり、剣を溶かして再精製するという手順を飛ばすことができる。
ただし、この精製法は一人で行う事はできない。
均等に鉄を流し込む者と、型に入れた剣が動かないように支えなければいけない者が必要になる。少しでも傾いてしまうと、剣の形は歪になり、長持ちしなくなる。また、鉄が均等に伸びなければ、鉄が流入しなかった刃の一部が劣化してしまい、刃こぼれしやすい剣になるだろう。
つまり、意思疎通が重要になる工程なのである。しかし、工場に立つ二人の男たちには、現状を報告し合う必要など無かった。
今、子と父は本当の意味で――再会した。
肌に触れれば、一瞬で溶けてしまう程に高温の液状の鉄を慎重に、且つ均等に流し込む父。何かを言う訳でもなく、ハイルが手伝う事を許してくれた。
暑さに耐え、剣の柄を脇に挟む事によって、一切のずれを起こさないように剣を固定するハイル。魔神の力が全身に流動していなければ、熱さで体が溶けていたのだろうが、火花が目前で散っていようと苦にはならない。
屋外に置かれた工場から、二、三歩離れた周囲。二人が武器を造る様を見届ける一同は、ただじっと、二人を見ていた。
――聖剣が造られる、その時を待ち望んで。
夜になり、月明かりが頼りになる道筋。
ところが、スタットが運転するホバークラフトから発せられる光源が、工場で鉄を打ち続ける父を照らし、同時に家の中にいた皆を呼び出す結果になった。
「どうした、問題でもあったか?」
家から出てきたハイルが、家のすぐ近くで停止したホバークラフトに近付く。
手綱を使い、降りるスタットの腕に、青銅の鉱石が抱えられていた。
「ミュエルたちが取ってきたんだぜ! ほら、聖剣の鉱石だ!」
投げられた鉱石。ハイルはそんな重い物は受け取れない、と言わんばかりに、力を入れて受け止める。
非常に、軽かった。まるで、質量なんて持ち合わしていないのではないか、と感じる程に。
表面は硬く、手で少し叩いてみる限り、強度は申し分無いことが分かる。
けれど、こんな鉱石を使った剣で、本当に魔物が倒せるのか疑問である。
いや、別に何かを倒すために聖剣を使うわけではなく、魔力を供給するための源として用いるため、造る事さえ出来れば強度など、関係無いのだと思うハイル。
戻ろうとしたハイルの目の前に一つ、鉱石が落ちてきた。二つも取ったのか、とハイルはそれを拾いあげて上を見て、自分の目を疑うのだった。
ゆっくりと落ちてくる、青銅の鉱石が視界いっぱいに広がる。光が当てられた事により、鉱石の表面が輝き、他の鉱石に当たっては反射を繰り返す。
光は鉱石だけでなく、周辺の木々も照らす。
とても神秘的で、幻想的な明かりが森を包んだ。
鉱石の光に気をとられるハイルに対し、手綱で上に戻るスタットは調子に乗って、鉱石を闇雲に投げ続けた。明らかに罰当たりな行為であったためか、すぐに天罰が下る。
「だ、誰だおま……うわぁ!?」
何かに驚いた拍子に、足の踏み場を見失ってしまったスタット。落ちていき、ホバークラフトの袋に一度着地するが、跳ね返されて地面に戻ってくる。
駆け寄るハイル。しかし、スタットの目はハイルでは無く、ハイルの背後を指していた。
「どうした、誰かいるの、か……?」
忘れもしない、仲間の顔。
感情を持っておらず、父と同じように精神汚染を患ってしまった剣士。
名を、ディア。
光のおかげで、全身が良く見える。何者かの体液を浴びてしまったのか、鎧に緑色の液体が付着し、その液体は顔にまで及んでいるのに、気にする様子は微塵もない。
そう、気にしたくても、気にすることができなかったのだ。
ディアの表情は何も変わらない。けれど、確実に起きた変化を隠せるほど、ディアの心は強く無い。
涙。
不器用に喋るディアの口から語られたのは、森の中で起きた、最悪の事態。
最後を見届ける事が出来なかった、と落ち込むディア。ハイルは支えるように、ディアの震える体を抱きしめ、強い意思を持って、呟いた。
「俺が、助けるから」
魔剣士の涙に、武器屋の主人は答えたいと願う。
明るくなった森の中。騎士たちの到着以外の、全ての準備が整った。
どうして森の中が明るくなったのかと言えば、ディアが連れて来た、火を帯びる毛玉のおかげ。
それは、火の精霊である。
ハイルがモンキー武器屋で武器造りの際に用いていた火の精霊。感動の再会ではあったが、すぐに仕事に取りかかってもらわなければならない。普通の金属を扱うわけでは無いため、火力の微調整を手作業で行っていては、熱がすぐに冷めてしまう。そのため、一声かけることによって、火力を自由に調節できる火の精霊の存在は大きい。
これで、本当の意味で、家族全員が揃ったのだ。
感動に酔いしれながら、道具の確認を行っていると、遠くで何かが動く気配がした。
リーナとミュエルとラルフの三人が手を繋ぎ合い、駆けてくる。
「た、ただいま戻りましたです……」
息を切らしたリーナ。しかし、最後まで倒れずに走り抜いた事を、ハイルは評価する。
「良く頑張ったな。二人もだ、後は任せろ」
任せろ、と言いつつも、作業を行うのは父。ハイルは、道具の手入れしかできない現在の状況に、少しだけ寂しさを覚えた。
自分だって辛いはずなのに、ミュエルはハイルの心境を汲んだのか、リーナの手を離すと、ハイルの肩に手を置いた。
「ハイルだって頑張っているから、そう気を落とさないでよ。調子狂うじゃない」
「ありがとう、ミル」
「だから、ミルって呼ぶな!」
いつもの調子で話しているはずなのに、どうして怒られるのか。けれど、励ましてくれた事は素直に嬉しかった。
続いて、ハイルはラルフに手を出し、ラルフがその手を握る。
「おい」
「え?」
手を出されたから、握った。何もおかしいことは無いはずなのに、間違った行いをしていることに気付かないラルフ。ハイルはもう一度、手を出して、「聖剣」、と話した。
そこで理解したラルフは腰から、古びた青銅の剣を引き抜く。柄をハイルに差し出すと、それを握るハイルは、ラルフから聖剣を受け取った。
「ちゃんと、元の姿に戻すからな」
「お願いします」
ぺこりとお辞儀をするラルフ。
話すことが無くなってしまったハイルは、ディアが来たことと、現在の状況を三人に告げる。すると、悩んだ末に提案をした者は、ラルフであった。
「聖剣を、使いましょう」
「……」
沈黙。使い手であるラルフが決めなければいけない問題であるため、言いづらい話だったが、こんなにもあっさりと決断して良いものなのかとハイルは尋ねる。
「元々、森を元気にするために使おうと考えていましたから、問題ないですよ。それに、国が無ければ騎士は無い。王女様を救い出すために、この身を捧げましたから」
身だけではない。
心までも、ラルフは騎士だ。
自分がなりたかった者の象徴のようにも見えた。ハイルは、武器屋として生きようと思っていた気持ちが揺らぐのが分かる。
そこで、万が一、自分が武器を造らなくなれば、他の誰かが武器を造ってくれるのだろうかと考える。
すぐに、否定の二文字が浮かんだ。
どんなに精巧で、優れた武器を造れる武器屋がいたとしても、ハイルは負けないと言い張れる自信がある。
壊れず、使い手に馴染みやすく、一生を共にする武器。それを生み出し続ける事こそ、武器屋の主人である己の存在理由なのだ。
再び、武器屋としての誇りを取り戻したハイルはすぐ側で、溶かされた鉄を専用の容器に移す父の背が目に映る。
――手伝いたい。
一緒に――武器を造りたい。
すると、信じられない出来事が起きる。
鉄を流し込む型の前で、父は立ったまま何かを待つように、容器を持っていた。
父の目は、ハイルの持つ聖剣を見ているような気がしていた。
いや、気などではない。本当に、待っていた。
父は、ハイルがここに来る瞬間を待っていたのだ。
頷いて、期待を込める眼差しを送る一同の期待に答えるために、武器屋の主人とその父は、工場に立つ。
第四.五章 END
昨日ぶりです。上雛平次です。
第四.五章が終わり、次から第五章となります。
ここで、前回紹介できなかった、敵の紹介を行おうかと思いましたが、第五章が終わりを迎える時の方が良いと思いましたので、そちらまで先延ばしです。ごめんなさい。
続けて、誤字脱字、誤った文章表現がありましたら、ご報告をお願いします。
では、また明日。




