第五十話 底辺を歩む竜操者
タイトルのみの変更です。
底辺を歩む龍操者
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底辺を歩む竜操者
夜。
月明かりが注ぎ込まれる森の中は、とても静かである。
昼間の戦いのせいからか、木々に付着したマナの結晶体が目に写るが、視覚によって捉えられる情報など、些細なこと。ディアの抱いた感想は淡々とし、他の人にしてみれば、つまらないの一言に尽きる。
鳥のさえずり、虫の鳴き声が一切無い、不気味な程に静かな森。
けれど、周囲にそびえ立つ木々を通り抜けた、奥に見える光の方から騒ぎ声が聞こえる。
懐かしい声。
心待ちにしていた声。
何よりも早く、目の前で起きた事を伝えなければならない。そして、マイヤとユーティリアを救い出す。
時間は今も確かに、減り続けている。
ディアは勢いをつけて走り、森を駆け抜けた。
リーナとミュエルとラルフの三人は、目の前に積み上がる鉱石の山を見て、ぽつりと呟いた。
『これ、どうやって運ぶの(です)?』
予想していた物とは全く違った形と大きさで、入れ物など持ってきていないリーナたち。加えて、ハイルたちが待つ工場は非常に遠い場所に位置しており、これを運ぶために行ったり来たりする苦労は計り知れない。
日はまだ落ちていないが、後数時間も経てば落ちてしまうだろう。
悩む騎士たちの後ろから、聞き覚えのある走行音。
スタットの乗るホバークラフトが、迎えに来た。
「おーい、人手がいるだろう!」
声は聞こえている、ホバークラフトの一部も木々の合間から見えている。
だが、肝心の運転席が木の頭に遮られ、全く見えない。どうやって前を見て運転しているのか不思議であったが、救われた。
魔法による風圧操作によって浮いているホバークラフトの側に近付き、降ろされていた手綱を掴んで上がる。運転席に座っていたスタットは、後ろに詰めよ、と合図を送る。
リーナたちは羽獣が落としていった百を超える鉱石の山を、後部座席へと詰め込んでいく。
一つ一つが人の頭くらいの大きさの鉱石。だが、とても軽い。抱えて持てれば良かったのだが、リーナの腕では持てても三つが限度だろう。
ミュエルが最後の一つを入れ終えると、自分たちが座る場所が無いことに気付く。辛うじて助手席に座れるかもしれないが、二人を置いて先に帰るわけにもいかない。
そこでミュエルは提案する。
「あたしたちは、歩いて帰るよ」
鉱石を持たなければ、長い道のりにはならないだろう。
スタットはミュエルの言葉に頷くと、身を案じてくれた。
「そうか、無理するなよ」
ミュエルが手綱を伝って下に降りると、手綱は引き上げられ、スタットは元来た道を戻っていく。
「じゃあ、帰ろうか」
「はい、です」
「うん」
慣れない山道のせいか、歩き疲れていたリーナと、その手を握って支えるラルフ。助け合う騎士二人の行動に感化されたのか、ミュエルもリーナの隣に立った。
そしてミュエルは、ラルフと同じようにリーナの手を、握るのだった。
中央国の空は、飛空する飛竜の黒い翼によって支配されていた。
民は捕虜として捕らえられ、町に蠢くのは地竜と竜操者たちのみ。家々は竜の息吹によって半焼、あるいは破壊され、元の形に復旧することは不可能に近い。
その中央に位置する城。クロムハーツ家が代々支えてきたそこは、今や竜操者たちによって占拠されている。
最上階。本来、現王女ユーティリアが座るべき椅子に座るのは、白髪の少年。
向かい側にユーティリアと、隣に立つのは、少年と似た顔を模す少女。
二人は双子で、少年の方をマシュー、少女の方をリーアムと教えられるユーティリア。
早く国を解放して欲しい、とユーティリアが言うと、マシューは首を横に振って否定する。
「この国を基盤に、竜操者の国を作るんだ」
マシューの話はこうだった。
マシューたち竜操者が住む北の奥地には、竜神が眠っていて、その場所を守る事が竜操者たちの役目であった。
しかし、北に魔神が襲来したことにより、北山を越えて奥地へと来てしまった魔法使いたちがいたのだ。魔法使いたちは竜操者たちを追い出し、土地を奪ったのだ。
激しい憎しみに包まれた竜操者たち。その怒りに答えるかのように、竜神は蘇る。
翼を開いた風圧だけで、木々が倒れてしまう程に強大で。その口から出る息吹は全ての生命を無へと還るという言い伝え。
自分たちが崇拝し、崇めていたものが目の前に現れた時、竜操者たちは誓ったのだ。
――復讐してやる。
巨竜の咆哮が、開戦の時を暗示した。
「――それからは、西の研究者たちに竜の細胞を提供して、地竜を生み出させた。東は武器作りしか脳が無いし、それに、僕が嫌う魔法使いがいっぱいいるからね」
不適に微笑むマシュー。その顔の裏で渦巻くものが、ユーティリアには見えない。
だが、聞かなければならないことがある。
「な、何故、中央を狙ったのですか?」
復讐するのであれば、むしろ東か西に逃げた魔法使いを狙うべき。いや、王女がそのような事を言うべきでは無いが、矛先が違っているような気がしてならない。
その問いに答えるマシューの目が、ユーティリアを見ていなかった。
「この中央国が一番、他の両国を攻め落とすのに向いているのさ。恨みなんて一切無い、ただ、作戦の拠点として利用しているだけだ」
と、答えるマシューの言葉には、信憑性が無い。
明らかに、辻褄を合わせるための言い訳であったし、何より、中央を守る騎士たちを誰一人として殺めておらず、地下の牢獄に閉じ込めていることが何よりの証拠だ。
だとすれば、他の理由が何なのか、知らなければならない。知って、戦い以外の方法で解決しなければならない。
「西と東を落とした次は、どこを落とすのですか? 復讐の果てには、何もありませんよ」
「……この世界に、無意味な事なんて無い。だけど、そうだね。復讐を終えたら、竜たちがのんびりと過ごせる世界にしたいね」
優しき言葉。
以前に外交へ来た竜人族の民とは大違いだ。
思わず口に出した言葉を聞いていたマシューは、竜人族についての説明を始める。
「ああ、竜人族か。彼らは、土地を強奪した魔法使いの成れの果てさ。体を弄られ、竜と同化し、そして、竜を弄るための動物と化したんだ。滑稽だろう?」
自虐しているのか、自分がそれを行っている事が当然だと言わんばかりに笑うマシュー。竜たちがのんびりと過ごせる世界を作るためなどと言って、人間性を全く併せ持っていない発言に、ユーティリアは頷いた。
前言撤回しよう。
この男は――クズだ。
昨日ぶりです。上雛平次です。
やっと、黒幕を明らかにすることができました。二章から話は出ていましたが、絡むタイミングが遅くなってしまったため、私自身、忘れていた節があります。
一応、この章は次の話で終わるので、ここでキャクター紹介をしておきます。
他のキャラクター紹介は、 第七話、第十九話、第三十四話 をご覧下さい。
黒幕の紹介は、次話に回します。
ハイルの父、母
数十年前に、ハイルとシエルの前からいなくなった両親。父は年にして五十二、精神汚染を患っている。母は魔神で、年は不明。母が、ハイルとシエルの側にいることで、魔神としての力を覚醒させないように、父に頼む。そして、二人が出会った場所である東の国を訪れ、武器屋を営むことにした。生活を続けている内に、ハイルの父の腕が東の国にいる他の武器屋を勝ったことが知れ渡ったため、離れ小島で聖剣を作る役割を担う。その際に、父の汚染症状が悪化したことに気付いた母は、父を看病するための聖職者――アリシアを雇った。しかし、それでも症状が緩和することは無かったため、母は水晶花となり、瘴気の流出を食い止めると共に、父から離れた。現在は、人の心の中を転々とする生活を行っており、リーナとシエルの間を行き来している。
魔神 シエル
ハイルの姉であり、年にして十九。ハイルが六歳の時に、魔獣を追いかけて奈落へと落ちた少女。奈落に落ちてから、姿が変わっておらず、普通の人間で考えれば、七歳の時点の思考しか持ち合わしていない。本来、魔神は奈落に落ちれば魔神としてしか生きれないのだが、ハイルの母と再会したことにより、魔神としての魂が浄化され、過去の自分を取り戻すことができた。
聖職者 アリシア・パトリック
ハイルの母に頼まれ、ハイルの父の看病を専門的に行うことになった聖職者。年にして二十。約三年近くハイルの父に付き添っており、打開策が見付からないのであれば、せめて最後の時を見届けようという決意を持っている。そこに現れたハイルの姿を見て、更に、その決意を固める。




