第五話 師匠を兼ねる武器屋
幼少時代のハイルは、やんちゃであった。
剣の修行に勝手に向かい、訓練場で服を泥まみれにしては、家族中に怒られていた。
そんな中で、お爺さんは口癖のようにあることを言っていた。
「武器の出来は、希少な金属をどれだけ使ったかではないぞ。どれだけ長く、使い手の命を守れるかが、重要なのじゃ」
と、ハイルは武器を造るのではなく、使う方に夢中であったから、当時は理解出来なかっただろう。
そう、当時は。
――今は、少しだけ分かったような気がするんだ、お爺さん。
訓練場の中にある学び舎。
ここに通い始めて二週間程になるハイルは、幼馴染のミュエルと昔話をしながら、話題の中心にいるリーナを笑いながら見ていた。
歓声は未だに収まらず、第十三地区最強の騎士であるラルフを倒した話題から、リーナが持つ武器へと移っていた。
「リーナー、その武器何て名前なの?」
質問攻めに遭うリーナを見て、ハイルが助け船を出した。
「それは刺突用の剣、レイピア。本来の騎士の姿は、重量のある剣や斧等を振り回して戦うが、リーナのようにそれらを扱うには半世紀を過ぎないといけない人には、短剣やレイピアのような、手軽に扱える武器の方が合っていると思って造ったモンキー武器屋をどうぞごひいきに」
ハイルの、幼さが残る騎士達に媚を売る姿を見たミュエルとリーナは、同時に溜め息をついた。
騎士になりたかったと言えど、武器屋の主人として、商売精神は忘れないハイルである。
よく見れば、他の騎士達が持っている剣は、騎士の見本とも言える長剣だ。
リーナは、モンキー武器屋にて自分が使うための武器を造って欲しいと言っていたが、他の武器屋ではちゃんと基準が設けてあるらしい。
だとすると、リーナの持つ剣は不正なのではないか、と言われるかもしれない。
慌てて、騎士団長ミュエルの方を見る。
そこで、安心するのだ。
隣に、オブジェクトとして置かれた巨大なハンマーを見て。
「そう言えば、ラルフはいるか?」
「ぼ、ぼくを呼びましたか?」
いつの間にそこにいたのか分からないが、もしかしたら、集まっている騎士達の中に紛れていたのかもしれない。
おどおどとしているラルフは、何故かハイルと目線を合わせないようにしている。
(本当に、戦いの時以外は怖がりなんだな)
「何の、御用で?」
「ラルフは、どうしてあんなに古い武器使ってるんだ?」
いつ折れてもおかしくない青銅の剣。あれが何を意味しているのか、気になったハイルである。
すると、答えられないといった様子で、ラルフは首を横に振るのだ。
「親から、この剣以外使うなって」
「武器屋なのか、親は?」
「え、うん。小さな家だけど」
恥ずかしそうに笑うラルフの肩に手を置いて、ハイルは共感したように頷く。
似た境遇の人と出会えたせいかもしれない。
「よく騎士になるって決心がついたな! 俺はそれができなくて、武器屋になったけど、後悔はしていないからな。ラルフも、ラルフの生きたいように生きろよ、俺との約束な!」
ばしばしと肩を叩かれ、痛そうにするラルフであるが、励まされたのがよほど嬉しかったのか、笑顔だった。
複雑そうなミュエルが、手を叩き、時間を知らせる。
「さぁ、訓練の時間だ。今日は優秀な先生に来て頂いているから、ちゃんと言う事を聞くんだぞ」
はい! と騎士達の、威勢が良い返事が響いた。
呆然とする騎士達の前に立ったのは、先ほどまで学び舎に居て、子供相手に商売を始めるような男、ハイルである。
手には、お馴染みのショートソードと利き手でない方の手には、金属製の篭手を着けていた。
「あの、ハイル? どうして前に立っているのか、説明を」
「つまり、俺がお前たちの師匠であるということだが?」
会話になっているようで、全く伝わってこない返事に、困るリーナ。
篭手の感触に馴染んだのか、ハイルは目つきを変える。
「俺は別に、おふざけで前に立っている訳じゃない。お前たちに提供した武器を正しく扱えるように、尚且つ魔神に勝てるように訓練させろ、とミルに言われたからこうして来ている。さ、前から一人ずつ、五分間の決闘だ。殺める覚悟で来ていいぞ」
篭手を前に出して、かかってこい、と動かす。
躊躇する一番目に名乗りを上げたのは、リーナであった。
「お願いします」
「そうだな。妥当かもしれない」
まずはリーナが手本を見せてから、周りに催促させれば良いだろう。
誰かが先駆者となって行えば、周りもそれに付いてくるものだから。
――時間が経ち、全ての騎士との稽古が終わる。伊達に剣を振るっていなかったわけじゃないが、百を超える騎士との戦いで疲労を感じないはずは無かった。
しかし、今日の仕事はまだ残っている。
週の、この時間だけは訓練場のために空けておけ、と追加でミュエルから言われた。
だからハイルも追加で、あるお願いをしたのだ。
リーナとミュエルを連れて、武器屋に戻る。
『モンキー武器屋』と書かれた看板が付けられた家と、周囲の新築された家々とを見比べると、違いがはっきり分かる。
「何度見ても古いです」
「こんなにぼろかったっけ?」
「おい」
酷い言われようだ。これでも愛着がある我が家なんだ、とハイルは騒ぎ立てる。
その家の前に、一台の馬車が止まっている。資材を降ろしに来たのだろう。ご丁寧に、工場に資材を運び入れてくれた。
「さ、始めるか」
「別に良いのに……」
恥ずかしいと面倒くさいという、合わさることのない二つが合わさってしまったような顔を浮かべるミュエルの持つ、ハンマーを受け取る。
が、地面にくっついて動かなかった。
「ミルさ、なにこれ? 折角、人が修理してあげようと思って受け取ったら、動かないよ? 俺の体とお前の体つきに何の違いがあるの?」
軽々しく持っていたミュエルと違い、引いても押しても動かないハンマーを蹴りたい衝動に駆られるが、武器屋としてそれはどうよ、と心の中にいる正しき自分が訴えかけてくることが分かる。
「えっち」
ミュエルが自分の鎧の露出している部分に手を置いて、隠すような動きをしている。
隠すくらいなら、どうして露出させているのかという議題で一つ、話し合いをした方が良い気がする。
「へ、変態です。突きましょう」
「リーナは、事あるごとにレイピアしようとするの止めて。……割と本気だからさ」
もうどうにでもなれ、と自分の椅子を動かしながら、ハンマーの損傷している部分を直していく。
遠目では、大して傷はついていないように見えるが、レンズを当ててみると、細かなひび割れが目立っている。今は気にするほどでも無いが、また新しく造るとなると時間がかかる物だろうから、手入れはしておかなければならない。
これが、ハイルの提示したお願い。
武器屋らしいお願いだな、と修復作業を行いながら、くすりと笑ってしまったことは、二人には言えない秘密である。
昨日ぶりです。上雛平次です。
深夜とは恐ろしいもので、怖いくらいに気分が上がってしまいますね。
という見たくもない感想はさておき、誤字脱字や、誤った文章表現等々、ご意見ご要望を承っていますので、お気軽にお願いします。
では、また明日。