第四十二話 魔神の魂
水晶が砕け散り、中に残っていたのは黒髪の騎士――リーナ。
真上から見た時に居たはずの、うずくまるようにして眠っていた女の姿は無くなっており、月の光に反射して、破片が心地良い音をたてながら地面へと落ちる。
リーナは目を擦り、両腕を掲げて背伸びをする。
「うーんっ! ただいま……えと?」
自分と似た者の気配が、すぐ近くに。
舌なめずりをしたリーナは、きょとんとしている騎士二人に声をかける。
「さ、バカ娘の頭を冷やしに行きますか」
暗い月夜に晴れやかな顔。
この状況を楽しんでいるように見えた。
魔神と、戦っている。
東西北の国が総出となっても敵わない魔神と、その幼い少女は一人で戦っている。
ミュエルとラルフは呆然と見ているだけで、何もしない。いや、しようと思っていても、手の出しようが無いのだ。
何故なら、二人の目には何も見えていないからだ。
光をも凌駕する速さ。
凹んでいく木々の表面には、加速するために踏まれた足跡が無数に付けられていた。
リーナがレイピアで突き、シエルは鋭利な爪で対抗する。互角のように見える戦いであるが、ハイルには分かる。
傷を付けた数であれば、リーナが勝っている事に。
「いい加減にしたらどうなの?」
「はぁ? 何言っているの?」
突撃。
剣でシエルの爪を受け止めたリーナはシエルに声をかけるが、代わりに疑問符を浮かべている。
距離をとり、再び交える。
「そんなに背は大きくなっていないみたいね。私に似ちゃったのかしら」
「だからさ、何言っているのか分からないんだって!!」
重い一撃。
受け止めたはずだったリーナの腕からレイピアが弾き飛び、シエルの爪が迫る。
リーナを貫くべくして向けられた爪は、リーナの皮膚をかすり、地面に突き刺さって止まった。
何かを呟いたような気がしたシエルは、目の前のリーナに尋ねる。
「今、何て言ったの?」
好戦的であった言動が全て、年相応の子供へと切り替わる。
殺意が込められていた瞳も、今は驚きに見開かれていた。
リーナはもう一度、同じ言葉を喋る。
「立派になったね、シエル」
シエルの頭へと伸びたリーナの手。その手は払われることなく、素直に受け入れるシエル。
夜風が、涙を流す魔神の頬を優しく撫でた。
――リーナの心はとても広いが、空虚で、何も描かれていない。
全ての魔神が少女のように、他人の心の中に干渉できるわけではないが、こんなにも広いのに、物一つ置いていないのはおかしい。
何でも良いから、形を持つ何かが無いだろうか。少女は銀色の長い髪を揺らしながら歩き回る。
だが、やはり何も無い
「そうです。私には、なりたいものが無いのです」
空間から、ぬっと出てきたリーナ。別の見方があるとすれば、白い紙にリーナが描かれたのだろう。
「騎士だって、周りがなるべきだよと言ったからなったのです。でも、体を動かすことは好きでしたから、騎士として生活する上では問題は無かったのです」
何も無い白い世界を見ながら、リーナは続ける。
「結果が出なければ、この世界は人を評価しません。私はいつしか、第十三地区最弱の騎士と呼ばれるようになっていました」
訓練に熱心でなかったから。周りの方が努力していたから。
言い訳するのに必要な素材ばかり揃うのに、自分が成長するための素材は得られずにいるリーナ。
少女は、我慢できなかったらしく、口を開いてリーナを叱る。
「いい加減にしなさい! あなたは、ハイルに出会って何も思わなかったの? 楽しくなかったの!?」
人を助けるための旅であるのに、楽しいとは。茶化すような言葉が出そうになる口を止めて、別の言葉を探す。
探した結果、一つの結論に達する。
――楽しかったです。
自分の思いの丈を、全て話すのだ。
そこで少女は、神妙な顔つきになっていたが、最後には普段通りの笑顔をリーナへと向ける。
「ほら、世界を見てみなよ」
少女から、周囲に視線を移すリーナは、あることに気付いた。
花。
何も描かれていない、白色の無機質な床から、白い花びらが特徴的な花が生えていた。
そう、少女は分かっていたのだ。
リーナが自分の言いたいことを理解し、分かってくれることを。
無理して、自分にはできないことに挑戦する事は無い。
ならば、人は頑張らなくなってしまうのではないか。そう聞くのは無理も無い。
だが、自分のしたいことが出来ないでいる方が、無理だ。
この花から教えられたのは、『無理して自分の個性を変える必要は無い。でも、形を変える努力はしていかなくてはならない』、ってことだった。
昨日ぶりです。上雛平次です。
投稿を早くしようと息込み過ぎているせいか、文章が少なくなり、内容にも異常が出ているかもしれないので、おかしな箇所があれば、ご指摘をお願いします。
では、また明日。




