第三十五話 今までとこれから
煌めかんばかりの太陽。地面に久しく足を下ろしていなかったせいか、足取りがおぼつかない。
穏やかな波の音。心地良い風が吹き抜け、転けそうになる身を押す。
海岸に足跡をつけ、上にある一軒家へと向かう。自然が広がる大地は、過去の北の姿を思い描いているかのように生き生きとしている。
自然界には存在しない音が森の奥から聞こえる。
何かを造っているのか、鉄を叩く音が響き、鉄を溶かした時に出る煙が、空へと上っていく。
そして、音が間近へと迫り、そいつが、そこで武器を造っている姿を見た。
――最初は、誰か分からなかった。
子供の頃に別れて以来、顔も見たことが無かったからだ。
言われてみれば。そういう感覚に近いものがある。
子供の頃から、今まで、どれ程長い月日が経った事だろう。
――久しぶりだな、親父。
心を持たぬ者の瞳が、悲しそうに微笑む男を見つめる。
風呂屋の騒動はハイルが一日程、無給で無休に働いたおかげで沈静化した(裏では、魔法推進派が修理費を渡している)。
早朝。何故か、スタットに早く起きろと言われたハイルと騎士一同は、スタットが車を持ってくるのを待っていた。本当なら、車庫に置かれた車で行けたのだが、隣で不機嫌そうに腕を組んでいるミュエルが破壊してしまったため、代車を借りなければいけなくなった。
加えて、リーナの機嫌も悪い。口の動きから、「ラルフは良くて、私は駄目なのです……?」、と読み取れる。それについての弁解も朝食に始まり、今の今まで行っていたのだが、まだ分かってもらえていない。
ラルフは、聖剣を握りしめて、何かを思っているようだ。ハイルが聞こうとしたら、リーナに止められてしまった。
さて、そろそろ触れておかなければならない。
『それでですねぇ、ハイルぅ』
「ハイルぅと呼ぶの止めろ。ハイルだハイル」
ハイルの手に握られた黄色の鉱石から、鳥肌がたってしまいそうな程に気味の悪い甘えるような声が出ている。
リーナとラルフによれば、声の正体は聖剣に憑いている精霊で、名を、聖剣のお姉さんと呼ぶらしい。
そう言えば、リーナのメモ書きにも聖剣のお姉さんと書かれていたが、こいつがそうなのか、とハイルは頷いた。
また面倒なのを拾ってきたな、とは思っていても言わない。
ハイルが今にも、鉱石を投げるモーションへと体を移そうとした時である。
街灯の明かりよりも明るい光が、ハイルたちを照らす。
スタットが車を持ってきたのか、とそちらを見るが、形状が明らかに車とは異なっていた。
巨大な袋の上に車の上部が乗っている。見た限りでは、そう表現するしかない。
まず、タイヤが付いていなかった。代わりに、巨大なクッションのような、横に膨らんだ袋のようなものを下部に付け、その上に人が乗るための上部が付けられている。
ハイルたちの前でそれが停止すると、スタットが手綱を降ろし、乗れよ、と合図をする。
ホバー車。乗り込んだハイルたちに名前を教えたスタットは、風の魔法を地面に展開させ、その気流を車の中にある魔力の制御機構で操っているなどと仕組みを語り始めたが、乗員は皆、話を聞いていなかった。
「すごいな、浮かんでいるぞ」
「これを中央に配備したら、馬はいらないんじゃないかしら」
「お馬さんが不遇です」
「馬は、素晴らしいよ」
はしゃぐ一同。スタットは話を聞いてもらえないことが分かったのか、溜め息をつくと、アクセルを踏み込むのだった。
鉱山とは逆の方向。海の方角へと走るホバー車は、荒野の中を進んでいる。武器の製造過多により、北よりも早くに自然を無くしてしまった東は、海から採れる食料が朝昼晩と食卓に並ぶ状況は必然であった。他の食料は武器を売って仕入れているらしい。
これから向かう場所は、東で最も優れた腕を持つ武器屋の家。その人物なら、聖剣を元の姿に戻せるはずとスタットは自信を持って言った。以前のハイルであれば、嫉妬の一つでもしたのだろうが、今は違っていた。
――妬む事を覚えるのではなく、技術を覚えるのだ。
その武器屋から、自分の技術を向上させるためのヒントを得ようとハイルは考えていた。
ホバー車は、荒野から砂浜へと道を変えるが、少しの揺れが生じただけで走行の仕方に変化は無い。
ここでハイルは、スタットに尋ねる。
「なぁ、海はどうするんだ?」
今から向かう武器屋は、海を越えた先にある、小さな孤島に建てられているとスタットは言っていた。ここまで、誰も話題にしてこなかったため言わなかったが、海を渡る術をハイルは知らない。
スタットは嬉しそうに振り返る。まるで、良くぞ聞いてくれた、と言わんばかりに。
失言だったと、ハイルはそこで気付いた。
「このホバー車は、別にタイヤを使わないようにするための乗り物であるわけではない。水の上も走ることができるのさ。けど、走るとは言わずに、ここでも浮いていると言った方が正しいのかもしれない。そもそもホバー車の歴史は……」
無視させてもらった。
いや、話に興味が無いわけでは無いのかもしれないが、目の前に広がる一面青の景色は、忘れたくても忘れられない、感動すべきものだった。
――それも、初見での話。
数時間以上の航海はまだ続いている。時々入る潮風は、初めの頃は清々しいものであったが、今は体中がべたついて気持ちが悪い。
太陽も輝き始め、車の中が熱気に支配されるが、窓を開け過ぎると潮風を全身に浴びることになる。そもそも、中の機材に影響は出ないのか聞いてみると、マナによって砂埃や潮風を防ぐための結界が張られているとスタットは言う。
「そう言えば、アズマが新しい実験素材を入手したから、しばらくは来なくて良いって言ってたぞ」
「え、本当か」
「誰、アズマって?」
ミュエルに、ハイルの身に起こった全ての出来事を伝える。但し、魔神化が著しく進んでいる点を含まない。
「ふーん」
納得していないかのように、視線をハイルから海に向けるミュエル。呟くように、怪我が無くて良かったよ、というミュエルの言葉を聞くと、素直に身体の状態を話せないせいか、辛くなる。
「まぁ、あれの動作確認はできたからな。そこは感謝していたよ」
自分も何かの役に立てたことに喜びを感じそうになったが、違う。これでは、塊の実験台になっただけじゃないか、とハイルは思う。
だが、聖剣が完成したらすぐに北へと戻らなければいけないのだから、そもそも実験への参加自体、無理な話なのだ。
そこで、どうやって北に戻るのか、という話題に発展する。
「な、なぁ、北の森にはどうやって戻るんだ?」
騎士たち三人よりも早く答えたのは、聖剣のお姉さんだった。
しかし、喋るのはとても遅い。
『心配は無用ですよぉ。東にはぁ、瞬間移動が簡単に行える装置がありますのむぐむぐ!』
長くなりそうだったため、両手で強引に、マナを供給するための出口を塞ぐ。簡単に言えば、手で押さえつけたのだ。
口ごもる聖剣のお姉さんの様子を見ていたリーナは、「そういう方法もあったのですか」、感心していた。
「着いたぞ」
後ろで盛り上がるリーナとミュエルとハイル、また、助手席に座っていたラルフは、自然が広がる小さな島への到達を、今か今かと待っていた。
昨日ぶりです。上雛平次です。
以前に、年内に終わるか分からないという話をしていましたが、少しペースを早める事にしました。それでも、年末まではお読み頂く事になるかと思われますが、この駄文にお付き合い下さい。
また、誤字脱字、文章に謝りがございましたらご報告をお願いします。




