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さる武器屋の英雄伝  作者: 上雛 平次
第三.五章 蘇る聖剣
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第三十四話 (宿命の)聖剣

 太陽はとうに沈み、満天の星空が空に描かれた現在。

 通路の中で戦いを繰り広げるラルフとラルフは、ペースを落とすどころか、より上がったように見える。

 ――これが、一緒に戦える最後の機会。

 気が強いラルフは、気が弱いラルフの剣の腕が、自分と大差無い事を理解すると、嬉しそうに戦っていた。

 それはつまり、『役目を終える』ということだ。

 気が弱いラルフは、どうして自分が戦っているのか分かっていないようだったが、剣を振る腕を止めはしない。戦わなければならないことを、自分なりに理解しての行動なのだろう。

 気が強いラルフは、これまでを思い出していた。

 初めて武器が握られて、ラルフの人格として生まれた時の第一声は、『何だ、この弱い人間は?』、だったはず。

 聖剣によって作られ、気が弱いラルフの中で成長した気が強いラルフは、堪えきれない感情を少しでも抑えようとすることに必死だった。

 ――よく、こんなにも強くなったもんだ。

 状況を理解しきれていないが、聖剣のお姉さんの言う通りに、ただじっと戦いを眺めているリーナを一度見る。

 模擬戦に負けて以来、ラルフは大きく進歩した。剣を握らずとも、自分から物事を行うようになった。ラルフが強くなれたのも、リーナのおかげだ。

 正直に言えば、それよりも前から、別れの時が近いことを悟っていた。

 ――ずっと、一緒に居ることは出来ないのか?

 そう考えた時もある。けれど、それでは立場が無い。

 本来の目的は、弱いラルフの代わりをすることなのに、今は同格か、それ以上の力を目の前のラルフは持っているのだ。

 油断していたとは言わない。青銅の剣と手斧では、分が悪いとも言わない。

 技術的に。

 能力的に。

 ――ラルフは、ラルフを超えた。

 握られていた手斧が地面に落ちる。

 リーナの前にいるラルフは、自分の顔や体をしきりに触り、落ちた手斧を拾い直しては、振り回す動作をしていた。

 その目がリーナに向くと、自分の方を指して、ラルフは尋ねる。

「リーナ、誰に見える?」

 奇妙な質問である。改めて聞かずとも、答えは分かっているはずなのに。

 自分の友達と向き合ったリーナは、そんな茶々を入れず、素直に言うのだ。

「ラルフです」

 はっきりと、答えを告げるリーナ。

 気弱な騎士は屈強な騎士へと変わったはずなのに、ラルフの瞳から止めどない涙が溢れ出していた。


 ガーランド武器屋の工場。

 どんよりとした空気が、一人の男の周りを渦巻いている。

 男の名は、ハイル・ライクス。

 工場に来れば気持ちが落ち着けられると思ったらしい。

 幼馴染とその兄は、兄妹水入らずで食事を摂りに、愛弟子二人は出かけてしまい、一人残されたモンキー武器屋の主人は肩を落とし、顔に手を当てていた。

「一人が、こんなに寂しいものだとは……」

 溜め息に続き、深い溜め息。

 リーナに出会うまでは、一人で食事を摂る事など当たり前であったが、訓練場に行くまでは何故か、二人で生活をしていた。

 そのせいで、一人でご飯を食べられなくなってしまっていた。

 子供です。リーナの突っ込みが入る声が聞こえる。

 幻聴まで聞こえるようになってきた。もういい、ふて寝をしよう。

 そう決めた時である。

「子供です」

 本当に、聞こえていた。

 煤まみれの服と顔で、工場の中に現れていたリーナとラルフ。

 ハイルの目が二人を捉えると、ぱぁっと表情を明るくした。部屋に充満していた暗い空気は嘘であったかのように、晴れやかになったような気がする。

 二人に抱きつくと、リーナは腕を動かしレイピアを引き抜き、ラルフは無抵抗のまま、そのまま抱き返してこようとしてくる。

 腹部にちくりとした感触を味わうと、ハイルは飛び跳ねるかのようにリーナから離れる。

「おい……い、いや、今日は許す。ってか、どうして鉱山に行っていたんだよ、心配かけやがって!」

 怒鳴るハイル。しかし、それは本当に心配している人間にしか言えないことで、出来ない事なのだ。

 分かっていた二人は、笑顔で「ごめんなさい、後、ただいま」、と言うと、ハイルも笑顔で「お帰り」、と言うのだった。


 東には、武器造りの他にもう一つ、名産とも呼べる物がある。

 それは――風呂だ。様々な鉱石が採れる東の国。その地層には、良い効用を含んだ湯が所狭しと流れており、現在は武器屋から風呂屋に店の内容を移転することが多いくらいであった。

 今までこの話題に触れてこなかったのは、ハイルが大の風呂嫌いだからである。

 再び、子供です、と、リーナの突っ込みが入れられるが、嫌いなものは仕方がない。いや、体を洗う事が嫌いなのではなく、風呂に入ると、髪型が整いすぎてしまうのだ。

 普段は癖っ毛でいっぱいのハイルの銀髪。けれど、水を吸収することによって、ピンと伸びる。そうなると周囲から、「誰?」、と言われることは間違い無い。

 そんな、「嫌だ! 風呂に入るくらいなら、濡れ布で体を拭こうよ!」、と叫ぶハイルは、布と魔法液が入れられた風呂桶を二つ脇に抱えるリーナに引っ張られていた。その後ろで微笑むラルフの目には、二人が親子のように見えていた。

「では、このお風呂にしましょう」

 リーナの足が止まり、ハイルは隣に建たれた巨大な入浴施設を見る。『竜王の湯』と明記されたその場所に、リーナは方向転換して入っていく。

 諦めたかのように自分の足で立ち上がったハイル。降参したのか、リーナから桶を貰うと中に入っていく。

 考えてみれば、女湯と男湯で分かれているのだから、髪型のことを気にすることも無いのだ。前向きに考えるハイルは、男湯と女湯の表示を探す。

 見つけた。

 男湯の表示。そこに向かって入ろうとすると、リーナとラルフも一緒に入ろうとしてきたため、ハイルは急旋回し、リーナを止める。

「リーナさん。一つ、お伺いしても宜しいか?」

「駄目です。私は、今日の恩返しをハイルにしなければなりません」

 何かしたっけ、とハイルは考えるが、今日は変な塊と戦って以来、何もしていない。しかも、リーナたちは朝から晩まで鉱山に居たのだから、恩返しされるような事をハイルができるはずも無い。

 その前に、女の子を男湯に連れ込む男として周囲に認知されてしまう。

 それから、中央国を訪れた東の人々からは、「あの武器屋の主人、東だと女の子をお風呂に連れ込んでいたぞ」、という言葉を聞くことが多くなることだろう。

 絶対に、嫌だ。

 リーナを無理矢理に女湯へと向かわせる。

 やっと静かになったか、とハイルが安心し、油断していたせいなのかもしれない。

 ラルフが一緒に入ってきていることに気が付かなかった。


 大浴場が視界いっぱいに広がる。

 端から端まで数百メートルはあると思われる程に広い風呂。その周りにも、泡が延々と出る風呂や高温の風呂などがある。

 人の数は多く、各々の仕事の疲れを癒しているように見えた。

 こういうのも、悪くないかもしれないと思ったハイル。

 まずは体を洗おう。

 シャワーの前に腰かけた途端、誰かは分からないが、背中を洗ってもらった。

「あ、すいません」

 東の人は優しいな、とハイルが呟く。

 そこで、ハイルは気付いた。

 大体の風呂屋には、シャワーの前に鏡があって、そこに写されていたハイルの背中を洗う人物がラルフであることに。

「いや、待てよ。ラルフって男だったな。うん、うん」

「え? ぼくは女ですよ?」

 思考が、停止した。

 確かに、どうして胸元をタオルで覆っているのか、とか、腰つきが男には見えないな、とか、色々考えていた事があった。

 その色々考えていた事が、現実で、事実で、ハイルは混乱する。

「お前もさ、ちょっと、おかしいってことに気付けよな?」

 リーナの流れを見ていなかったのか、ラルフは首を傾げ、頭に疑問符を浮かべる。

「いえ、リーナだけが向こうに行くのはおかしいなぁ、と思ったんですけど、後から来るのかな、と思って」

 照れくさそうに笑うラルフに、ハイルは手で顔を覆う。

(俺もどうして気付かなかったっ!? 隣で、女が服を着替えていたのに!!)

 心の中で拡散される自分の声が、泡のように消えていく。

 まずは、気付かれないように風呂からラルフを出さなければいけない。

 行動を起こそうとした、その時である。

『ハイルー! ラルフはどこですー!』

 向こう側から響いたリーナの声。

 状況は、絶望的だった。

 何故なら、次に聞こえた声の主は。

『おかしいなー、ハイルとラルフが一緒にいるのはー、どうしてだろうなー』

 続いて後ろから、

「よぉ、お前たちも来ていたのか」

 ガーランド兄妹。つまり、スタットとミュエルだったのだ。スタットは別に驚異になり得ないとしても、問題はミュエル。スイッチが入ってしまっているらしく、聞こえたガラスを破る音、そして、上から落ちてきた巨大なハンマーが、ハイルが使っていたシャワーを壊したのだった。


第三.五章 END

昨日ぶりです。上雛平次です。


まず始めに、謝罪の文面を入れます。


いえ、打ち切りの話では無く(そもそも、する気がありません。どんなに嫌がられても、ここに居続けます)、三章と三.五章の登場キャラクターの紹介を前話で行っていませんでしたので、ここで行いたいと思います。


ガーランド武器屋の主人 スタット・ガーランド

 魔法推進派の一人で、ガーランド武器屋の主人。年にして二十二。妹であるミュエルと離れて以来、数十年ぶりの再会に喜んでいる。ハイルに多少のライバル意識を抱いていたりもする。


魔法推進派の代表 アズマ・ランドルフ

 北から逃げてきた魔法使いの一人。年にして二十一。東の武器の構造に魅せられ、そこに魔法を取り入れたらどうだろうか、と提案した人物。それにより、東は魔法推進派と魔法抑制派の二つに分かれてしまった。当事者であるアズマは我関せずとし、早くハイルで実験を行いたくてたまらないと言う。


東の騎士 アイゼン・シュミット

 魔法抑制派を警護する騎士。年にして十九。東が古くから造り続けている精巧武器を扱う者の一人。東の国を守る騎士であったが、派閥ができた事により、抑制派を警護する任を与えられる。自分が今、行っている事に疑問を感じていたが、リーナの騎士道精神を見ることにより、自分が何を守るべきなのかを知ることができた。


では、また明日。

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