第三十三話 (悲しむ)聖剣
冷えた通路の中を走るリーナ。先までの暑さから急激に冷えてしまったため、身体能力が下降気味なのは否めない。
どうやら、鉱山の地下深くに聖剣は運ばれたらしい。緩やかな下り坂を駆けるリーナは、鉱石の表面に表示された矢印を見ながら進む。
一体何のために聖剣を鉱山まで運んできたのか分からないが、盗られた物は返してもらわなければならない。
そして、矢印の向きが真下へと切り替わり、リーナの足が止められる。
開けた空間。周囲の岩盤には一定の間隔で、空間を囲むように大穴が空けられており、下から五十数メートル程の高さに位置している。
リーナは今、その大穴の入口付近に立っている。あのまま足を止めずに歩いていたら、下に落ちていたのかもしれないと震える。
このままここにいたら、火傷するのではないか。冷えてしまった体が嘘のように暑くなり、熱風がリーナの長い黒髪をなびかせて通路に消える。
下には、幾つもの工場が建てられていて、人通りも多い。
「これは、どういうことです……?」
武器造りの民とまで言われた東が、鉱山の中に武器を造る環境を築いている。
そう、完全に魔法を取り入れられる訳が無い。足りない分は、今までの技術に頼らなければならない。そして、東は分裂し、鉱山の中で武器を造る事態になってしまったのだ。
「お前は、中央の人間だな?」
男の声が背後から聞こえる。
振り向くと、腕を組み、失ってしまった鞭の代わりに、鞘に納められた剣を腰にかける男が立っていた。
男の問いに、リーナは頷く。温かい空気が流れているはずなのに、この男の周りだけは冷気が流れているかのように寒い。
よく見るとマントの間から、銀製の鎧が見える。
「東の、騎士なのです?」
「……お前の動きを見れば、お前は騎士だと分かる。でも俺は、武器の力を過信してしまっていた」
質問に答えない代わりに、男は自虐を始める。会った頃のハイルのように後ろめたい言葉を言い続けるが、この男の場合は少し違う。
自分よりも明らかに弱そうに見えるリーナに敗北したことによって、力の差を思い知っているようだった。
けれど、それは違う、とリーナは言うのだ。
「私が勝てたのは、ハイルが造ってくれた武器のおかげなのです。私の力ではありません。武器のせいにするのは駄目かもしれませんが、貴方がハイルの武器を使って私と戦ったとしたら、多分、貴方が勝ったはずです」
慰めるリーナ。それが男を追い込むのと同時に、罪悪感を抱かせてしまったことは言うまでもない。
腰から外された鞘。暗くて分からないが、それがラルフの聖剣であることが直感的に理解したリーナ。
「推進派の抑止力になると思ったが、騎士道を改めて学ばせてもらった。盗賊まがいな事は、もうしない」
頭を下げて、男は聖剣が納められた鞘をリーナに渡し、リーナはそれを受け取った。
「あの、お名前を聞いても宜しいです?」
「東の騎士、アイゼン・シュミット。この鉱山に入ってきた魔物を討伐する騎士団の団長を務めている」
頭を下げ、アイゼンは無礼を改めて詫びた。
武器を壊されたことによって、自分が何を相手にしなければならないのか、気付かされたと続けられる。
リーナは笑顔で自分の紹介を済ますと、工場から去ろうとする。その背に、アイゼンは声をかける。
「一つ、約束をしてくれないか」
「何を、です?」
「ここで見たことを、秘密にして欲しい。東の民に心配をかけたくない」
まるで、自分が国の王であるかのように民を案じるアイゼン。民を思う騎士の心中は、東も中央も変わりが無い事を知ることができたリーナ。
振り返り、「分かりましたです」、と答えた。
ラルフは、戦っていた。
リーナが聖剣を手に入れたことを聖剣のお姉さんが知らせているのに、それを聞き入れようとしない。
それもそのはずだ。
戦っている相手は――自分なのだから。
動くものが全て消えたことを確かめたラルフは、手斧を握り締め、鉱山の奥へと進んでいく。
聖剣のお姉さんは必死に、『右に、いえ、左に、そちらは違う』、と指示を出し続けるが、一向に聞き入れてもらえない。
そこで、聖剣は魔法を使った。
心を二つに割る魔法を。
「あん?」
地面が割れ、ラルフは飛ぶ。突然に空いた地面から上へと何かが飛んでいった。飛んだ物体が何なのかを確かめることよりも、先に進むことができなくなったことに不快感を覚えるラルフは、来た道を引き返そうと戻っていく。
明るい青空。光る鉱石よりも強い太陽の光が通路の中を照らしたおかげで、すぐに分かった。
戦う相手が目の前にいるのだと。
弱々しく、現在の状況を理解出来ない、青銅の剣を持ったラルフ。荒々しく、手斧を両手で握り直したラルフ。
次いで、『リーナが聖剣の獲得に成功』、と聖剣のお姉さんが話す。
だが、ラルフは現在の状況の方に疑問を投げる。
「これは、何の真似だよ」
『分かっているでしょうにぃ』
舌を打つラルフ。本当は、聖剣の声は四六時中聞こえていたが、わざと答えないようにしていたのだ。
「じゃあ、後悔が無いように戦わなくちゃな」
これまで、甘えないようにと聞いてこなかった聖剣のお姉さんの言葉を、初めて聞き入れた瞬間であった。
――ラルフの家系には、聖剣を後世に残していく義務が課せられていた。
その代価として、聖なる剣の加護と呼ばれる、永久に続く幸福を与えられる。
短く言えば、才能だ。ラルフが武器を持った時、もう一つの人格が現れ、最高の動作と作業を行う。ラルフの場合は武器だが、父は工具を握ると武器屋としての才能を持った人格が現れていた。
ずるい。周りはそれを知らないが、ラルフは心の中でそう思っていた。
他の人が数十年をかけて会得する事を、ラルフは一瞬で会得出来るのだ。
ただし、身体能力が向上するわけでは無いため、体を鍛える事は欠かさず行わなければならなかった。
ラルフの心境を知っていた聖剣のお姉さんは、事あるごとにラルフの脳へと指示を送っていた。
『私を使うのです。貴方は、それで他の人と肩を並べることができるでしょう』
物心がついた時から聞こえていた声。
聖剣が祀られている祠から鞘を取り出して引き抜いてみると、黄色の鉱石が付着された剣が出てきたのだ。
それから、ラルフは騎士の道を歩み始めた。
ぼろぼろな聖剣を握りしめて。
アイゼンと別れ、上へと向かうリーナ。歩いていると、鉄と鉄が弾き合う音が響く。
ラルフかもしれない、と走っていくと、確かにそこにいたのはラルフであったが、ラルフが二人居て、何故か片方のラルフは聖剣を使って戦っているのだ。
「な、何がどうなっているのです!」
『あれはねぇ、私が召喚したぁ、偽物のラルフなのぉ。でもぉ、心は本物だよぉ』
調子を戻した聖剣のお姉さん。続けられたのは、ラルフを通して供給したマナを用い、分身を生み出した、という話である。
何故そんなことを。リーナが尋ねても、聖剣のお姉さんは答えようとはしない。
『結果を見届けてあげてくださいぃ……』
何かを見越しているかのように、聖剣のお姉さんは悲しそうに言うのだった。
昨日ぶりです。上雛平次です。
自分との戦い、というのは、様々な作品にて描かれていたことですが、自分では無いもう一人の方を視点にした作品は少ないと思ったので、書いてみたいと思った次第です。
では、また明日。




