第三十二話 (無視される)聖剣
地上に近い場所に位置しているのか、地面から伝わった熱が通路内にこもる。蒸し暑さと、焦りが重なったためか、汗が止めどなく流れている。
鞭による一撃で、トロッコは強制的に停止させられ、リーナとラルフは飛び出すように線路脇へと放り出された。
その背後で、ブレーキ音を鳴らして停止するトロッコ。降りてきた男女数名は、この鉱山の作業員なのか、専用の服を着ていた。
次いで、目の前から迫る、黒いマントを羽織った男。作業員たちは男の仲間なのか、ハイルが造るシンプルな武器とは違い、スイッチやレバー等が取り付けられた武器を各々が装備していた。
今にも、飛びかかってきてもおかしくないほどに近付くと、聖剣のお姉さんは指示を開始する。
『リーナは、男と交戦。ラルフは、ツルハシで応戦しながら、敵の武器を奪う。戦闘の指示は個別に行う』
無機質な喋りに、リーナとラルフは頷く。
リーナは男と対峙すると、レイピアを向けて、構えた。
ハイルに延々と稽古をつけてもらっていたリーナ。戦いにおいての基本である、相手から目と剣先を逸らさない事を肝に銘じ、実行する。
まさか、人と戦う事になるとは思わなかったが、急所を狙わなければ致命傷にはならないはず。しかし、リーナと男の違いは、どれだけ多くの経験を積んできたかではない。
圧倒的な攻撃範囲。
鉄製の鞭は数十メートル先にある物体も難なく射抜けるだけではなく、周囲に薄い刃が所狭しと並ばれているため、皮膚に触れると刃に引っかかってしまうのだ。また、絡みつくように設計されているのか、物に触れると多段式に曲線を描き、物を覆うように切り裂いていく。
先まで、隣に置いてあった岩が餌食になり、今は原型を失っている。
東と中央の武器に対するイメージの違いに、戦慄するリーナ。一度も攻撃を受けていないのは、聖剣のお姉さんの適切な指示のおかげだが、勝機が見出せない。
あの鞭が壁に刺さってくれれば、と誘導してみるが、刺さろうとした手前。チェーンが男によって制御され、手元へと縮まっていく。
確かに、天井からの攻撃程、厄介では無いが、これでは体力が消耗するだけである。
その時、聖剣のお姉さんが、避ける方向以外の指示を出してきた。
『レイピアの刺突の軌道と、鞭の軌道を一直線に合わせる』
聖剣のお姉さんの言葉を聞き、ツルハシによって破壊された鞭を思い出す。
異常と呼べる殺傷能力を誇る鞭。だが、工事用のツルハシが一度振られただけで壊れてしまったのだ。つまり、精巧であっても、頑丈に造られていないのだ。
それに比べて、ハイルの造ってくれたレイピアは、今も壊れずに使われている。頑丈に造ってくれたハイルに感謝をし、男の攻撃を待つ。
何かが変わったことを察知したが、男は攻撃の手を緩めることは無かった。勢いをつけて、直線上に向かってきた鉄製の鞭。リーナはそれに向けて、レイピアを放つ。
刺突。頑丈な剣は、精巧な鞭を突き破ると、枝分かれするように鉄片となっていく。最後には、長さに限界が訪れたのか、力無く地面に落ちていく。
中央の武器が、東の武器に勝った瞬間である。
男は鞭を操作するためのグリップを手放すと、来た道を引き返す。それを追うリーナはラルフの安否を確認するために後ろを向くと、相手の武器を巧みに使い、全ての作業員をねじ伏せるラルフの姿が見えた。
リーナが駆けていく姿を見届けると、ラルフの頭に声が響いた。個別に指示を送ると言っていたが、これがそうなのか。
『では、一人目の武器を奪いましょう』
思考干渉。脳を持つ生き物であれば行使できる魔法である。マナを伝い、自分の言葉を耳を通し、直接脳へと送ることができる思考干渉。魔法使いにとって唯一の情報伝達手段であり、それが高位の魔法使いであることを意味している。
ラルフ自身には知る由も無いことだが、マナを使うことは全ての魔法使いに共通して行える事である。しかし、そのマナの量の配分、濃度、詠唱においての配列までを行えて、始めて魔法を発動することが出来るのだ。そのため、他の人間に作用する魔法の場合は、自分で使う分のマナの量だけではなく、相手の周囲に流れるマナのことも考えなくてはならない。
名ばかりの聖剣では無い、と言った所だろうか。
「う、うん」
自信無さ気に返事をする。好戦的な自分では無くとも、体を鍛えていたのはいつも、気弱な方の自分なのだ、自分だって戦える。と、ラルフは気を奮い立たせる。
向かってきた作業員は、片手で握られた手斧を振りかざすと、強烈な炎が刃を覆った。
魔法と錯覚してもおかしくは無いが、よく見ると、空いている片方の手から、手斧に向けて管のような物が繋がっている。
燃焼用のオイルが、手斧に向けて流れているのだ。その刃の周囲に、小規模の火炎放射器が備わっており、そこから炎が飛び出している。
原因が分かると、ラルフは管を狙ってツルハシを振り回す。
「うわっ! あっち!?」
漏れ出したオイルが、作業員の肌に移り、発火を始める。急いで、作業員の服を脱がせて、服を消化させた。
「あ、ありがとうよ」
「いえいえ、これは貰って……いくからな?」
感謝の言葉を聞き、謙遜していたラルフの口調が突如として変化する。
それもそのはず。手に握られていたのは、採掘用に造られたツルハシではなく、武器として造られた手斧なのだから。
火炎放射器によって熱された手斧の刃。数名の作業員はラルフが別の作業員を救った姿を見ていたため、自ら向かってくる事は無い。
だが、今のラルフとなれば話は別にした方が良い。
北と南、海と空程の違いが体現される。
人を傷つけないようにと使われていたツルハシと代わり、手斧は明らかに身体の一部を斬り落とそうとしていた。優しさから一転、激しさを見せるラルフの戦闘に恐れをなしたのか、一部の作業員はトロッコに乗って逃げていくが、まだ数名は残っている。
続いて、聖剣のお姉さんが指示を出す。
しかし、それを聞く前にラルフは動いていた。そもそも、聞く気すら無いのだろう。
――全ての作業員たちは、自分たちが持つ武器の有用性を発揮すること無く、ラルフに倒されていった。
昨日ぶりです。上雛平次です。
今日は記念すべき、さる武器が投稿されてから一ヶ月が経った記念日です。文章構成が酷く、読み辛い駄文で申し訳ありません。記念日なんて、祝ってはいけませんでした。ごめんなさい。
では、また明日。