第三十一話 (有能な)聖剣
聖剣のお姉さんは急に静かになった。
急に、というのは語弊があるかもしれない。正確には、リーナの発言により、心が傷ついた以降である。
数々の魔物と戦ってきた聖剣らしいが、まさかメンタルがここまで弱いとは思わなかったリーナ。
唐突に、聖剣が聖剣であることを理解させられるのだ。
『――右に』
手の中で、何かが喋る。
声色は聖剣のお姉さんなのに、戦闘が始まった途端、冷静に、そして簡潔に話す。もちろん、語尾が伸びることも無い。
今のは指示と受け取れば良いのか、リーナは言われた通りに右へと飛ぶ。
同時に、天からしなるように振り下ろされた鉄の鞭が生えていた岩石をえぐる。
ひび割れる岩石に、凄まじい破壊力を見たリーナ。だが、それよりも聖剣のお姉さんが気になって仕方がない。
言われた通りに動いたことで、回避に成功した。やはり、聖剣のお姉さんは戦いのサポートをしてくれている。
このまま、素直に従うべきだとリーナの直感が告げた。
『後ろに、左に』
まるで、先読みしているかのような指示を聞き入れて動く。
向かってきた鞭を、後ろにステップを踏むことで避けると、男は地上へと降りる。二本目の鞭を使い、リーナに向けて振るうが、それも避けてしまった。
聖剣というのは、圧倒的な力で敵を切るための武器かと思ったが、完全なる戦闘をシミュレーションするための機能も備わっているらしい。
聖剣のお姉さんの有能さに、リーナは活路を見出す。
「では、防御だけではなく、攻撃の指示をお願いします」
先ほどから、自身を守るための動作しか指示ていないことに気付いたリーナは、機転を働かせる。もしかしたら、手に持つ者の命令によって指示を変えるのかもしれない。
『敵は再び上へ。地上からの攻撃は無理と判断。なので、狭い場所へとおびき寄せます。右に見えるトロッコに』
狭い場所であれば、鞭を使った天井の移動はしにくくなる。
やはり、当たりなのだろうか。
リーナは、一つだけ引っかかっていた何かを今、確かめようとしている。
まだ上へと鞭を伸ばす動作も見えないのに、指示を出した聖剣のお姉さん。先程の戦いは、まだ想定範囲内と片付けられるが、これは違う。
まさか、自分から判断材料にされていることも知らず、言われた通りに、鞭を天井へと突き刺して上へと逃げていく。
ここまで連続した事実が連なれば、事実として受け入れるしかない。
戦闘パターンを読み取り、指示を出しているのではなく、相手が次に何を行うのかを理解した上で、指示を出していることを。
狭い通路の中を走っていくトロッコ。ラルフとリーナはそれぞれ、前と後ろを見張りながら話をしていた。
いつの間にかラルフが持っていたツルハシは武器では無いため、ラルフのもう一つの人格は出てきていなかったことが幸いしたのか、事情を説明するのが楽であった。
トロッコの中で、聖剣のお姉さんが行った未来予知の話をすると、ラルフ自身、以前から聖剣が喋っていたのかもしれないと考える。しかし、武器を持つと性格が変わり、記憶も共有できないため、考えても無駄であることはすぐに分かる。
例え、喋っていたとしても、あの性格では素直に指示を聞くはずもない。
「さっきはありがとうです」
『いえぇ、平気ですよぉ』
普段通りの、おっとりとした口調に戻る聖剣のお姉さん。
ラルフとは違い、聖剣のお姉さんははっきりと自分が指示を出していたことを覚えていた。だが、口調を変えないのは何故なのか。
聞いてみると、そう言ってくるのは薄々分かっていたと言わんばかりに、二人は頷いてみせる。。
「可愛いからですよぉ」
「うん(そう)」
適当に返した二人に、聖剣のお姉さんはまた、機嫌を損ねてしまいそうになった。
だが、再び性格が切り替わると聖剣のお姉さんが、敵が近い事を知らせる。
『もうすぐ、一本線に戻るための道が現れます。けれど、別の線から敵が接近してきます』
警告音を鳴らしてもおかしくないほどに、緊迫した空気。
運が悪ければ他のトロッコと衝突して転倒する恐れがある。
そんな、リーナの不安はすぐに取り払われるのだ。
「え、え?」
先頭を走るリーナたちのトロッコ。続いて、敵側のトロッコが後ろから追いかけてくる。
確一本線を通る前に、その合流地点に入るための分かれ道が三本程、闇に向かって伸びていたのをリーナは見ていた。
次の指示は、『このまま走り続ける』、簡単な指示である。
ラルフと代わり、前の警備を始めようとした時である。
「な!?」
トロッコの前に、鉄の鞭が突き刺さる。辛うじてトロッコを破壊するまでには至らなかったが、明らかに命を取ろうとしている男の攻撃に、リーナは剣を抜いた。
「もう、好き勝手にはせませんから」
ラルフからツルハシを借りると、突き刺さる槍に向けて振る。
巻きつける動作が遅れたのか、リーナによって振られたツルハシはチェーン部分を砕き、精巧とは程遠い武器へと変化させる。
簡単に言ってしまえば、壊れた、ということだ。
昨日ぶりです。上雛平次です。
か、書く事がありません。
では、また明日。