第三話 結託
ハイルには、大好きな姉がいた。
優しくて、時には厳しくて、真面目な姉。
そんな姉と平和に暮らすハイルの住む第十三地区に、魔獣の群れが入り込んだ。
人に擬態し、住民を襲っていくそれは、まさに悪と称すべき物であった。
こんな話を始めているのだから、察してもらえるだろう。
姉は、魔獣に襲われた。
ハイルは姉のおかげで難を逃れ、無謀にも姉は剣を持ち、魔獣を追って消えた。
そして、帰ってくることは無かった。安否も確かめたわけではないが、魔獣を追って帰って来れる確率など、騎士でない限りは無いに等しい。
それから、姉の仇を討つために、ハイルは騎士になるための修行を詰んだ。
年にして、六歳の出来事である。
子供の時のハイルに分かるはずもないことだが、武器屋を継ぐことは決まっていて、騎士になんてなれるはずがないのだ。
なのにハイルは、修行だけは今の今まで欠かすことをしなかった。
――いつか、世界に存在する全ての魔神を滅ぼす。
そう、誓った。
リーナは、何と言ったら良いのか、という表情を浮かべて、口を閉じた。
成り行きで全てを話してしまった。正直に言えば、今すぐこの場から離れたい。
ハイルの心境は複雑である。
騎士の失態により、姉は命を落とす羽目になったのだ。その騎士であるリーナは一言、「ごめんなさい」、と言った。
そもそも、悪いのはここにいるリーナではない。それにハイル自身、十数年もの間、騎士を憎み続けることなどしなかった。
ただ、同じ惨劇が起きるような事態には、ならないで欲しい。
「そういうことだから」
ショートソードを腰にかけた鞘にしまうと、ハイルは工場から出て行こうとする。
しかし、リーナは立ちはだかるように、前に立つ。
リーナの青い瞳が、ハイルの黒い瞳を捉えて離さない。
「――良いですよ。私でよろしければ」
「えっと、え?」
胸を張るリーナに対し、困惑しているハイルは首を傾げる。
続けて、レイピアの柄をハイルに向けた。
何のことかと思えば、とハイルは笑顔をリーナに向ける。
「騎士の誓いです。このモンキー武器屋を世界一の武器屋にします」
「……なら、俺は第十三地区最弱の騎士を世界一の騎士にしてみせる」
二人の力強い頷き。
同時に、ハイルはリーナが向けたレイピアの柄を掴み、リーナはハイルの瞳を見つめて、互いに誓いを立てるのだった。
日が完全に上りきり、昼を過ぎてしまった頃。
第十三地区訓練場の前に、一人の男と一人の少女が立っていた。
ハイルとリーナである。
道中、武器屋と騎士が肩を揃えて歩いているぞ、などと囁かれていたが、もう陰口にも慣れてしまった。
「そう言えば、騎士団長の名前は?」
「ミュエル・ガーランド様です」
リーナの答えに鼻を鳴らしたハイルは、訓練場の中へと極自然にずかずかと踏み入っていく。
中まで入らなくて良いのに、と叫びながら、リーナはハイルの背を追った。
「おーい、ミルはいますかー?」
聞こえ易いように、両手を口周りにつけて、大声をあげるハイル。
ハイルの行動に、リーナの表情は真っ青である。
騎士団長と言えば、魔獣も悲鳴をあげて逃亡し、魔神とも互角に渡り合える人物であることを意味する階級だ。それを、愛称で呼ぶことなど、必死千万だ。
その時。
二メートルは優に超える巨大なハンマーが、風を裂き、滑空してきたのだ。
「……だ、誰がミルじゃぁー!」
ハンマーが起こした地響きと共に、女のけたたましい奇声が轟く。
声の主は、銀色の鎧を纏い、所々から垣間見える鍛え上げられた肉体を持ち、赤色の髪を後ろで結う少女が飛ぶように、ハイルに殴りかかる。
これが、ハイルの旧友であり、幼馴染――ミュエル・ガーランド。
略してミルと、ハイルは呼んでいた。
会うのは、訓練場を離れて以来だから、八年くらいだろうか。
「このっ! 勝手に修行から逃げて、許さんからな!!」
拳をかわしたハイルを尻目に、ミュエルはハンマーの落下地点に着地すると、軽々しくハンマーを持ち上げて、振り下ろした。
再び避ける。
「避けるな! ハイル!!」
「いや、避けなきゃ原型留められてないからさ。危ないよ、ミル」
「ミ、ミルって呼ぶな!」
ハイルとミュエルの争いに、呆然と眺めるだけのリーナは、ミュエルに声をかけた。
「ミュエル様! お止めください! ハイルは、私の剣の先生なのです!」
ハンマーの動きが止まり、ゆっくりと地面に下ろされる。
リーナはほっと一息つき、ハイルにも説明をしてもらおうと、姿を探す。
けれど、ハイルの姿はどこにも無かった。
続けて、冷や汗がリーナの頬を伝う。
「リーナー? どういうことなのかなー? 剣のせんせー? へぇ、ほぉ?」
ミュエルの周囲に何か、気迫のようなものが現れ、鬼のような形相でリーナの方を見る。
スイッチが入ってしまう瞬間まで、忘れていた。
このミュエルは、一度スイッチが入ってしまうと、鬱陶しい言動ばかりをするようになるのだ。
一番大きい事件では、王国が奇襲を受けてしまい、原因が第十三地区の警備が甘かったと知るとミュエル自身が、睡眠をとることもなく二十四時間の警備に勤めていたという。それも、王様が気付いたから良かったものの、誰にも気付かれなければ、そのまま立ち往生するところだったはずだ。
要は、自分に素直なのだ。
「い、いえ、ハイルは私に剣を造ってくださって、それで……」
「へぇ? 造ってもらったら、剣の先生になる必要があるんだー、なるほどねー」
普段は温厚のリーナでも、ここまでむかつく言動をするミュエルに、苛立ちを募らせていくばかり。
当事者であるハイルは消えてしまったし、ミュエルが元の状態に戻るまで、このまま相手をしなければいけないのか、とリーナは消えたハイルを恨むのだった。
昨日ぶりです。上雛平次です。
後書きというのも、書く事があまり無いものでして、とりあえず現在はここまでとさせて頂きます。
また次回に。