第二十九話 (喋る)聖剣
「こ、来ないでー!」
障害物が所狭しと並べられた店内。僅かな隙間を、身が細い利点を活かしながら通り抜けていくリーナ。
そう言えば、どうして自分はハイルから逃げているのだろうか。確か、ハイルに体を触られたからのような気がしているが、そもそも、どうしてリーナはハイルのベッドに居たのか。
理由を聞こうと振り返り、ハイルの姿を確認する。だが、後ろから追いかけてくる者はいなかった。
「あれ?」
拍子抜けしたリーナは、自分がどこに居るのかを改めて確認する。
先まで、木製の棚や台が置かれていたのに対し、工場は置かれている物に始まり、周囲のほぼ全てが石造りである。そして、ハイルの家で見た物ばかりがそこに置かれていたことに気付く。
ガーランド武器屋の工場。リーナは、ここが工場なのだと感覚的に理解する。
せっかくなので、工場を見て回ることにする。
製造場所である工場は、ハイルの家で何度も見てきた。ただ、その周りの部屋に何が置かれているのかは見たことが無いリーナ。
ガーランド武器屋の工場には、別の部屋に通じるための扉が二つ程あり、今来た道には障害物のような武器が詰め込まれたケースが天井に着く程に並べられている。
乱雑に置かれているようで、戻るための道は確保されているため、方向音痴である自分に大丈夫だと暗示をかけておく。
まずはここから、とすぐ近くの扉を開く。他人の家の中を勝手に調べて良いのか、という罪悪感が沸くが、それはすぐに好奇心へと変わっていった。
中には、多種多様な鉱石が透明なケースに入れられ、下から上に向かって三段に並べられていた。横に広いケースは鍵がかかっていないらしく、手に取ってみることもできそうである。
なので、試しにと、スライド式の窓をずらす。埃が被っているせいか、手が汚れてしまったが、今のリーナはそれを知らない。
中から鉱石を取ってみる。
どこかで見たことがあるような、くすみがかった青銅の鉱石。
そう、ラルフが使っている剣と同じ材質の鉱石だった。
ラルフが使っている剣。
つまり、聖剣を指していた。
『んん、眠いですぅ……』
寝ぼけたような、滑舌が回っていない女の声。部屋を見渡すが、そこにいるのはリーナのみである。
部屋の外から聞こえるような声量では無かったが気になったため、鉱石を持ったまま、リーナは来た道を引き返す。
先ほどの声とは全く違う、焦りが交じる悲鳴が聞こえた。
「ちょっと待って!」
慌てる声。この声は明らかにラルフのものである。
疾走。
リーナの耳には、走り回っているかのように、短い足音が連続して聞こえていた。
しかも、二つの音が聞こえるに、一人はラルフのもので間違い無い。そうなると、もう一人は誰か、という話になる。
足を止めて、耳を澄ましたリーナ。玄関に先回りすると、走り回る誰かが出てくるのを待つ。
レイピアを抜いたまま、狭い道をじっと眺める。
しばらくして出てきたのは、見知った顔。
ラルフであった。
「リ、リーナ……黒いマントを羽織った人は出てこなかった?」
「え、来てないです」
リーナの返答に、どうしよう、と慌てふためいているラルフ。見れば、腰にさしていたはずの聖剣が、今は鞘ごと無くなっている。
それだけで、状況の把握ができた。
「盗まれたのです?」
真っ直ぐに、青い瞳をラルフの瞳に向けるリーナの質問に、ラルフは取り繕うことをせず、素直に頷いた。
「う、うん。どうしよう」
「逃げた方向はどちらか分かりますか? 急いで追いかけましょう」
『じゃあ、まずは外に出て欲しいなぁ』
甘えたような声が、すぐ側から発される。
まさか、ラルフが、とリーナは悪寒を感じラルフを見るが、逆にラルフも同じように悪寒を感じたのか、リーナを見ている。
失礼です、と一言添えておくと、声の主が名乗り出る。
リーナの手の中から。
「はーいぃ。聖剣ですぅ。いえ、厳密にはぁ、聖剣に宿る精霊ですかねぇ。聖剣のお姉さんと呼んで下さいぃ」
一々、語尾が伸びる話し方に、二人は軽い苛立ちを覚える。更に、それが人であればまだ良かったかもしれないが、小汚い鉱石が喋っていると分かった途端、ハイルが精霊と話しをしている姿がイメージされる。
今度、ハイルに謝らなくてはならないです、とリーナは小さく呟いた。
昨日ぶりです。上雛平次です。
更新が遅れた他、文字数が非常に少なく、申し訳ありません。明日からは全うに投稿していきますので、申し訳ありません。
では、また明日。