第二十六話 衝動
空中を漂っていたハイルの血。
黒い光を放つ体に、赤い光を浴びて落ちてきた塊たちが攻撃を行えた間は空中のみであった。
血は、這うように部品の連結部を通り抜けて内部に移動していくと、液状から固体へと形を変える。
体を動かすために必要になるであろう部品の周囲にまとわりついた血は塊の自由を奪い、着地する頃にはただ立つだけの建造物になっていた。
体の至るところに武器を付けていても、相手に向けて攻撃でき、尚且つ当たらなければ意味が無い。
ハイルは塊が不動であることを確認すると、周囲に張り巡らしていた血の壁を解き放つ。すると、空中で撃たれた無数の鉄屑が落ちていき、金属音を立てる。
続いて、未だに流れ落ちる血を止めるため、結晶化させる。いや、血の結晶なのだから、血晶と呼ぶべきなのかもしれない。
その血晶は一種の篭手として、ハイルの腕を守る武具となった。
呼吸を整えて、銀の痣をひこうとした時である。
まだ終わりでは無い事を、巨大な金属音が告げる。
停止した塊の群れの間をすり抜けて、最初に戦っていた射出機を付けていた塊が武器を捨てると、素手でハイルに向かってきたのだ。
そう、ハイルはまた忘れていた。
東は『武器』の国ではなくなっていることを。
魔法。
武器が、魔法を使ったのだ。
瞬間移動した塊はハイルの後ろに回り込むと、両手でハイルを挟み込むように掴む。
回避が追いつかなかった。いとも簡単に捕まってしまったハイルは、あることを考えていた。
――誰も、止めることは出来ないのか。
魔神は、恐怖されるべき存在であり、憎まれる存在。
今なら、目的がはっきりと分かる。理由は一切分からないが、ハイルを捕まえることが目的なのかもしれないと考えていた。
だが、やはり違っていた。
この武器がスタットの言っていた、魔神を倒すために開発された武器なのだろう。
けれど、駄目なのだ。
これでは、北の民と同じ結末を辿るだろう。
魔法に頼り過ぎた事が、最大の敗因だ。
「あはは……! 見えるよ、こんな状況に追い込んだ奴の姿が!!」
気が付けば、狂ったように笑っているハイル。
知っていたのだ。ハイルが魔神であることを。
いつ、どこで知ったのかは分からない。けれど、スタットの車はまだリフトの中を飛んでいた。
そして、撃ち落とす。
装着された射出機を天に向ける塊を使って。
魔神は各々に、絶望を与えるための力を所持している。
血の構成を変化させる力の他に、マナを制御する力を持つ。
この塊は、先に何を行ったのかをはっきりとハイルは見ていた。
瞬間移動は、魔法だ。それが使えるとしたら、マナを扱うための動力が塊の中には備わっている。
マナの制御は言うなれば、空気中に毒を広げるようなものである。魔神が放出する瘴気はマナを得て力とする魔法使いには効力が薄い。しかし、マナにも毒を持たせることが出来る魔神には、魔法使いでも敵いはしない。
魅力的で、圧倒的な力。
ハイルが散布した魔神のマナは塊の中に入っていくと、動力を掌握する。原理は魔法使いと一緒だ。空気を吸って吐くことと同じ。同じだからこそ、ハイルにも理解出来る。
塊を自由に動かせるようになったハイルは、腕の力を緩めさせると、外された射出機を再び使わせたのだ。
見えていた。石が車体を半壊させ、飛ぶ力を失った車が、残った火を調節しながら徐々に下降していく姿が。
妹が、男を連れて来た。
兄にしてみれば、喜ぶべき話である。ついでに言えば、お赤飯を炊くべきか否かを迷っていたことも否定しない。
ただ、男の手の甲に描かれた、銀の痣を見るまでは。
「兄貴が降ろしてくれるの?」
車は車庫に入り、停止する。
数十年振りの再会に、何を言えば良いのか分からなかったスタット。大人びてしまったミュエルに、綺麗だ、とか、変わったな、とか、言おうかどうか考えてしまっていた。
いや、言えなかったが。
「おう。お二人さんを降ろして、中に入っていてくれ」
先に降りたミュエルとスタットに対し、慣れていないのか、降りられずに困っているラルフとリーナ。タイヤが大きく、車体も二人にしては高い場所にあるため、降り方が分からないらしい。
乗るときはどうしたんだろうねー、とスイッチが入りかけていたが、可愛い教え子達であるのだろう、腰を掴んで一人ずつ降ろしていた。
そのまま、三人はガーランド武器屋へと入っていく。
残された後部座席に寝転がるハイルをスタットは引き上げて肩に担ぐと、空き部屋に運び入れる。
腰に下げられた鞘。もしかしたら、ミュエルの男なのかと、この時のスタットは錯覚していた。
この男がミュエルの男でも構わない。妹の幸せが兄の幸せであり、何より顔を見せに来てくれただけで嬉しかった。
実際の目的は違うだろうが、だとしても嬉しかったのだ。
「ん?」
違和感。ハイルをベッドに寝転がせたスタットは、手に着けられた手袋が気になった。
以前、ガーランド武器屋に別の武器屋が訪ねてきて、親が言い争いを繰り広げていたことを覚えている。その、訪ねてきた武器屋が同じ手袋を着けていたのだ。
手を取り、じっくり見ていると、更に別の事に気が付く。
痣。
一センチ程の銀色の筋が、手の甲から腕に伸びてきている。
冷や汗が飛び出したスタット。
慌てながら手袋を外し、スタットが抱いた僅かな恐れが現実のものになる瞬間が訪れた。
紋章のように手の甲を彩る銀の痣。見ると、脈動しているかのように色の薄さと濃さが一定の感覚で変化を繰り返していた。
憎しみが膨れ上がる。自分が被害を受けたわけではない。ただ、周りがそれを憎めと言っていたのだから、憎むまでなのだ。
そうしなければ、自分を抑えられそうにないからだ。
魔神。
この世界に生きる者全てが恐れ、忌み嫌う存在が、そこにいた。
昨日ぶりです。上雛平次です。
数時間前に投稿できたはずだったのです。ですが、書いていたデータを更新しないまま閉じてしまい、一からやり直す羽目になり、遅くなってしまったことをお詫びします。
誤字脱字、誤った文章表現がありましたら、ご報告をお願いします。
では、また。