第二十四話 振り返り、思う
女の子はハイルを連れて工場を飛び出して少し走ると、次第に走るペースを遅めた。どうやら、女の子が履いていた靴が走るのに向いていなかったらしい。
止まって欲しくなかったわけでは当然、無い。だが、突然のことで戸惑っているハイルは、女の子に尋ねる。
「君は誰?」
「ミュエル……」
自分から聞きたかったかのような素振りで、地面を蹴るミュエル。当時のハイルがそのようなことに気をかけるわけもなく、頭の中には修行か睡眠の二語が渦巻いていたことだろう。
ハイルも自分の名前を告げると、ミュエルは何故か機嫌を直した。
「よろしくね、ハイル」
「こちらこそ、ミュエル。じゃあ、ちょっと一緒に来てくれる?」
ハイルはミュエルの手を取って、走り出した。
走行によって巻き上げられた砂煙が周囲に立ち込める。
東の国と鉱山までの道は状態が悪くて、非常に長い道のりである。
荒野と呼ぶべき大地に、地面の至るところから岩が飛び出していた。地面も歪んでおり、一見すると平面のようだが、近くで見ると段差が出来ている箇所もあった。
スタットの車は、真っ直ぐに鉱山の方へと向かっている。
「さっきの話の続きだが、そもそも、俺たち武器屋が武器を造る理由は分かるか?」
「簡単だ。魔神を滅ぼすためだ」
自分の決めた最終目的がそれであり、何よりもまずしなければいけないことであった。
そうだな、とスタットは頷く。
「じゃあ、魔神を滅ぼした後、武器屋はどうなる? いや、武器屋だけじゃない、道具屋も騎士も魔法使いも、だ」
儚げに喋るスタット。
言いたいことが、少しづつ見えてきたような気がする。
家々のシャッターが降ろされていたのは儲からないから、だけではなく、これから先、続けていっても周囲に必要とされないからだろうか。
けれど、見えてきたからこそ、ハイルは反論する。
「いや、完全に無くなるわけじゃない。魔神や魔獣は消えるかもしれないが、自然がある限り、魔物は生き続けるはずだ」
「ハイル。この国に来てから――魔物に会ったことがあるか?」
無い。
すぐに出ていたハイルの言葉。
スタットは、荒野のあちらこちらに建てられた物体を指す。
「本来は、遠くに物資を届けるための機構らしいが、この国は使える技術があれば何でもかんでも武器に取り入れちまう」
皮肉混じりに話すスタット。
続けられたのは、あれが、出現する魔物を攻撃するための防衛機構であり、東に騎士がいないという由来だった。
魔法が用いられる前までは特製の射出機が配備され、鉱山から使えない鉱石を持ってきては、魔物に対して使っていた。今では、射出機にも魔法が取り入れられ、鉱石を運ばずとも、鉱石を自ら製造していた。
すると、すぐ近くの岩盤が動き始める。いや、そもそもあれは岩盤などではなく、岩が魔物化したものだった。
そして、立ち上がろうとしたそれを目がけて、射出機から放たれた無数の石。形は人と同等くらいであったが、勢いが違う。目に見えぬ早さで移動した石は、岩の魔物を跡形もなく吹き飛ばしていた。
「これがあれば、武器を造る意味も使う意味も無い。だから、魔神を倒した後は、これを作る人間が必要になる。だけど、東は射出機のような機械武器を造れば、魔神に勝てるかもしれないと考えた」
話されたのは、鉱山で魔神を倒すための武器を開発していることだった。
「そうか。やっと、分かったよ」
時代が変われば、作るものも変わってくる。東の国にいた大半の武器屋たちは鉱山で武器を開発し、造り続けているのだ。
自分たちが武器を造らなくなっても良いように、造り続ける。
どこか、矛盾している言葉の連なり。
ハイルは、自分が無駄に過ごしてきた時に、どうしてもっと周りが見えなかったのかと後悔する。
しかし、後悔したところで、失った時間が戻ってくるわけではない。
スタットは口を閉じ、再び石が放たれた射出機の方を眺めていた。
日はまだ上ったばかり。シエルのおかげでいつもよりも早く起きることができたハイルは、未だに怒り続けているシエルと、その前で落ち込む二人を思い浮かべて笑ってしまう。
訓練場は、無音だった。
今日は休みだったのか、いつも暇そうにしている騎士たちの姿が見えない。
都合が良いと思ったハイルは、武器庫に入る。
自分の使っていた武器はどこに置かれたのだろうかと探していると、後ろでミュエルが歓声の声をあげる。
「うわぁ」
入るなり、武器を手に取って感触を確かめるミュエル。
どうやら、ミュエルの親は武器屋らしく、同じ武器屋であるお爺さんに話をしに来ていたらしいが、何を間違えたのか、言い争いに発展してしまったらしい。
良い迷惑だ。
「ミュエルは、武器を使ったことはあるか?」
「え、無いよ」
ミュエルは慌てて否定していたせいか、巨大なハンマーを握っていることを気にしていなかった。
子供時代のミュエルであれば、二人分の高さに相当するハンマー。この時から、後にミュエルが使うハンマーは置かれていた。
本来、置物としてその場に居続けるハンマーは、誰からも使われることは無いはずだった。
ミュエル(八歳)が、軽々しく持ち上げるまでは。
「はい?」
手に握られたショートソードと、ミュエルの持つハンマーを見比べて、ハイルは何かがおかしいことに気が付いた。
そんな呆気にとられるハイルを他所に、肩にハンマーを担いだミュエルは入口に向かいながら振り返り、
「使い方、教えてね」
、満面の笑みを浮かべた。
昨日ぶりです。上雛平次です。
私も物を作る側の人間ですが、今はこれを使うことが当たり前で、それを使うのは非常識など、そういう会話が行き通う世界なので、情報の素早い取り入れが大事になるんですよね。
では、また明日。