第十九話 亡国の王女 前
空の中に輝く星々と月が、木々の間から垣間見える夜。
明日から始まる聖剣探しに備えて、マイヤの森でテントを張り、眠っていたハイルたち。
しかし、ハイルの目が次第に開いていくと、あることを気付かせた。
――森が、騒がしい。
剣が弾き合う音。何者かの断末魔。ハイルにはその全てが聞き取れていた。
外で眠っていたハイル(何故かマイヤもテントの中で寝たいと言い出し、ハイルが入るためのスペースが無くなっていた)はテントの中にいた全員に声をかけ、武装を整えさせる。
「本当なの? 敵がいるって」
「ああ、確かに聞こえたんだ」
歯止めが効かなくなってきている魔神の力が勝手に作用したのだと続けると質問は、もう来なかった。
マイヤも頷くと、杖を掲げる。よく見ると、何か、白い煙のようなものが水晶の中で渦を巻いている。
「そうね。確かに、大人数がこの森にいるわ」
水晶を見て話すマイヤ。
ハイルには見ても何も分からなかったが、きっと魔法使いなら分かるのだろう。途端に、ディアに目線を送り、水晶を見ろ、と促したが、ディアも分からないと言わんばかりに首を横に振る。
「これは?」
すると、驚きを表しているのか、マイヤは目を瞬かせ、空を杖で切った。
落下する音。地面に、人が落ちた。
見覚えのある人物は腰を擦りながら、目の前のハイル達を見て、笑った。
「無事で良かった」
「王女様! それに、ラルフ?」
青銅の剣を持ち、中央国現王女ユーティリアの下敷きになっている、リーナと同じ第十三地区の騎士であるラルフは目を開き、急に前に現れたハイルたちを見て面食らう。
マイヤの魔法から、先まで交戦していたのはラルフで、ユーティリアを守るために戦っていたことが分かる。
なら、一体誰と戦っていた。
それを聞こうとした時、上を見たラルフが先に口を開いた。
「はっ! 上を見ろ!」
空を指すラルフ。
見上げても、星しか見えない。
いや、違う。
そもそも、あれは星ではなくて――火を放とうと、空いっぱいに羽ばたく竜の群れだった。
ハイルたちが旅立ってから三日。中央国は大きく変わった。
「外交、ですか?」
国の真ん中に位置する城の最上階に住む王女、ユーティリアは、竜人族の長と思われる人物から届いた手紙を受け取っていた。
「はい。我々竜人族は、中央国との外交を盛んにしていきたい所存でして」
喋ったのは、青髪の長髪で、右と左に一本ずつ剣を下げた、竜人族の男。普通の人との差とすれば、竜の遺伝子が入っているせいか、牙は鋭く、その目は普段から、獣を狩るかのように獰猛だった。
男は、長から手紙を渡すように遣わせられたと言っている。ユーティリアは訝しげな顔を男に向けながらも、手紙を開いた。
綺麗な文字に、下に描かれた竜の紋章。偉い身分の者が書いたということを示しているのだろうか。
「……これは、どういうことでしょうか?」
読み終えると、手紙を男に向けるユーティリア。
文面を簡単に説明するとしたら、『国を渡せば、民の命は助けよう』、だろうか。
要するに、外交というのは上辺だけの話で、根底には、中央国を自分たちの物とするために来たことが見えている。理由が分かると、ユーティリアは外で待機している騎士たちを呼ぶ。
「はっ、お呼びでしょうか?」
「ええ、お帰りになってもらって」
三人の騎士が室に入り、男を連行しようと腕を強く掴む。
怒るはずの場面なのに、男は怒るどころか、不気味な笑みを浮かべたのだ。
「ふふ、宜しいのですかな?」
男は、手紙を指している。
いや、具体的には手紙に書かれた文面の、下にある赤い竜の紋章を。
ユーティリアは紙を表にし、竜を、見た。
「え!?」
驚くはずだ。
竜の形をした紋章が、動き出し、紙の中を歩き始めたのだから。
終いには、紙の中から飛ぶように、外へと出てきた。
「これは東の民の奇術でしてな。技術はあるのに、頭は空っぽの奴らでしたから、業を盗むのは簡単でしたよ」
男はほくそ笑んで、腰にさした長い剣と、それの半分程の長さの剣を取り出し、驚いた拍子で掴む力を緩めた二人を斬る。
唖然とするユーティリア。飛龍よりも凶暴そうで、翼は退化したが、鋭い爪で壁に張り付く地竜が咆哮を轟かせ、跳躍すると、三人目の騎士を飲み込んだ。
「ついでに、奇術を応用して遺伝子も弄りましてな。いやはや、研究機関に入ってみるのも楽しいものでしたよ」
愉悦に浸る男。
聞いていると、胸糞悪い話だと、ユーティリアは思う。
その時、室にもう一人、別の騎士が現れる。
「逃げるぞ王女様、準備は良いよな? なら、とっとと来いや!」
「え? 貴方は……」
第十三地区の騎士だったラルフ。
王宮の騎士たちが警備に回る時、王宮内の警備に回されたのだ。
ユーティリア曰く、『城の中に敵が入ることが問題なのではなくて、国の中に敵がいる時点が大問題なのだ』、と。しかし、流石に入って間もない騎士を使うわけにもいかず、全地区で最も評価の高い者から、ユーティリアの身辺警護に務めるようになった。
竜の咆哮を聞きつけたラルフは、一番に室に駆けつけたのだった。
「逃がすな」
竜が一瞬にして、ラルフの後ろに回り込む。目は黄色く、霞がかっているような感じがする。もしかしたら、匂いで敵を判断しているのかもしれないと、ラルフは判断する。
そして、飛びかかってきた竜を剣で受ける。
長く伸びた牙に当たるように当て、噛みつけないことを理解したのか、壁に張り付き、どこかに逃げてしまった。
「やはり、野生では駄目だったか」
溜め息をつく男は、剣をラルフに向ける。構えは我流のようだが、隙を見つけようにも見つけられない。どこから斬りつけても、必ず、片方の剣で止められ、もう片方の剣で斬られるだろう。
万事休すとなりかけた時、
「おい、大丈夫か!?」
、数十名の騎士が遅れて来た。
やっとか、とラルフは舌を打つと、後は任せた、と先頭にいた一人に告げて、ユーティリアの手を引いて、室を出た。
昨日ぶりです。上雛平次です。
更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。外に出る用事があり、急ぎでの作成になっていますので、誤字脱字、駄文が目立つかもしれません。
もうすぐ、第二章も終わりを迎えそうなので、主要キャラクターの紹介に入ります。前回と同じキャラクターは紹介致しませんので、見たい方は「第七話 堕ちる城」の後書きをご覧下さい。
魔剣士 ディア・ヘイクテス
半年前に起きた北方の魔神との戦争によって魔人から発せられた瘴気を浴びてしまった少女。年にして、十六。
本来、土地の枯渇を潤すために魔力を全て消費してしまったはずだったが、魔力が無くなったことにより精神汚染は急激に早まり、言語能力に障害と多少の魔力を得ることになった。
魔法使い マイヤ・オリクス
半年前に起きた北方魔神戦争で、魔力を消費しなかった女。年にして十七。木々が失われた大地に当時の自然を取り戻させようと、森の中で生活をする。これは、大地に潤いがもたらされたために出来る事であり、マイヤは自分の力だけでは何もできなかったと思っている。
では、また明日。