第十五話 心無き者の幸せ
地面に落ちた竜。
ディアが竜の頭から降りると、避難したはずの村人たちがディアの元へと集まった。
「助けてくれて、ありがとう」
何を言ったら良いのか分からず、戸惑っていた村人たちの中から、一声。
一人の声がきっかけとなり、次々とディアに感謝の言葉が投げかけられていく。
初めての経験であろう。
ずっと、一人で村を守ってきたディアにとって、守っていた者たちから感謝されるなんて。
遠くでその様子を見守るハイルは、ディアが嬉しそうに笑っていたことを、一生忘れないだろう。
村にいた人々は、もういない。あるのは焦げ跡が残った家々と荒れ果てた地面ばかり。
村が完全に崩壊してしまったことも原因しているが、北の地域が争いの場になると知らせると、村長はすぐに村を放棄することを決定し、中央国への移動が始められた。
ハイルたちは、村からそれを見送ると、落ちた竜の元へと向かう。
「ディア、お前は村の人たちと一緒に行って良いんだぞ?」
理由は分からないが、ディアがハイルたちと同じ方向へ歩いていることにハイルは疑問を抱き、尋ねる。
するとディアは、ハイルの手を取りながら答えた。
「私、ハイルお父さん、手助け、する」
前よりも、確かな気合に満ちた声。
しかし、歓迎しない者たちがすぐ近くにいるものだから困る。
「ねぇ、この旅は遊びじゃないの、分かったら村人たちと一緒に城に行きなよ」
「そ、そうです! 危ない旅になるのです!」
心が弱い者であれば、すぐに逃げてしまうような単語を口にし続ける非道な騎士たちに対し、ディアはより決心を固めたようだ。
「尚さら、助けたい」
諦めろ、と二人の肩にハイルは自分の手を置くと、何故か拳で腹部に強打を受けた。
「――人の子、お前たちは、自分が何をしているのか分かるのか?」
男としても、女としても受け取れるような中性的な声。
地面にうずくまるハイルを含め、竜の周囲にいた四人には聞こえていた。
「竜。君の方こそ、何を、したか、分かる?」
槍の剣先を竜に向けているディア。いつでも刺せると言わんばかりに、竜を見る。
「人の子、自分の心に聞いてみなさい」
リーナとミュエルとディアの三人が思考する中、ハイルには別の声が聞こえていたのだ。
『魔の子、お前は何故人の子と共にいる?』
腹部を摩りながら立ち上がる瞬間、竜と目が合った。
不純物が一切無い宝石のような、綺麗な青い瞳。
竜は、ハイルの頭の中に直接、言葉を送り込んでいた。それは、かなり異様なもので、耳に直接聞こえているわけではないのに、伝えたいことを理解しているような感覚だ。
『……俺は、武器もまともに造れない武器屋の主人だ。そんな俺でも、支えてくれた人たちのおかげで生きてこれた。そして、沢山の約束をしてきたんだ。色んな奴らと。みんなの、願いを叶えたいんだ』
ハイルの回答に竜は、ただ、『魔の子、いや、お前はどうやら人の子らしい』、と答え、ハイルに向けた会話は終わる。
流石、百人の人生を合算しても足りないくらいに長生きしている竜だけはあって、見ただけでその人間が何なのか分かってしまうようだ。
更に、声に出さなかったということは、ハイルが魔神に成れることを隠していることを知っての判断か。
「人の子、我が子の卵を盗んでいったのはお前たちか?」
「え、卵です?」
驚いたリーナに、ミュエルとディアも知らないと首を横に振る。
あたかも、四人が何も知らないことを知っていたかのように、竜は話を進める。
「人の子、最近の人間たちはおかしい。事あるごとに竜の雛を狙い、さらって行く。理由を聞いても、口を開こうとしない。不愉快で、禍々しい悪意を感じたが、攻撃はしなかった。しかし、我が子が盗まれたと言えば、話は別。正直、自分でも止められない程に怒り狂っていた。反省する」
目を閉じて謝る竜。
四人は顔を見合わせ合うと、こちらは頭を下げて謝った。
「人間の代表なんて言ってしまうと、姫様に申し訳が立たないからね。でも、ここではあたしたちが謝る。後、竜をさらった人間たちを見つけたら、懲らしめちゃうから安心して」
口は悪いが、ミュエルの内面を見て悟ったのだろう。竜は、「ありがとう」、と答えた。
すると、リーナが竜に近付き、頭を撫でた。
「絶対に、助けて戻りますから」
竜に誓いを立てるリーナ。
しばらくすると、翼を広げた。
「人の子、まだ我らはお前たちに希望を持っている」
飛翔する竜に手を振ると、剣を掲げた。
きっと、竜に強い思い入れがあるのかもしれない。今のハイルには、リーナの心境の変化に気付かずにいた。
村人たちからの贈り物は、温もりに満ちあふれたものだった。
次の村まで保つであろう食料に、二り用の二つのテント。また、寒さも防げるようにと毛布まで。
自分たちも辛いはずなのに、とハイルは口にしたが、それはあなた方も同じです、と返された時、ハイルは何としてでも目的を果たすと決めた。
今は、一夜を過ごすためにテントを設置し終え、焚き火を四人で囲んでいた。
「おっと、すまない。ところで、精霊はどう数えればいいんだ? 匹か? 頭か?」
炎の精霊が、焚き火の中から飛び出す。火が全ての村に燃え移らなかったのは、この精霊が竜の炎を吸っていたから、と自分で言っている。
そして、今度は三人に変な目で見られた。
「ハイルお父さん、私の、前、良いけど、他の人、前、駄目」
「そうそう、変だよね、やっぱり」
「はい、です」
ハイルへの文句が相次ぎ、終われば、女子三人で話を始めてしまう。
横目でハイルを見ながら、踏み込み辛い話題(身体的特徴など)に持っていくミュエルに、ハイルは慌ててテントの中に戻った。
「……」
テントに入るなり、手の甲を見つめるハイル。
模様が、少し伸びている。
今は手首にまで侵食していた。
「力を使わなくても、少しでも使いたいと欲求が出てしまうと駄目なのか」
一応、と持ってきた、工場で使うための手袋を着ける。
自分が人間として生きられる時間は、いつまでなのか。
ハイルはテントの中を吹き抜ける冷たい風に、身を震わせた。
昨日ぶりです。上雛平次です。
書く事が……ありません。
では、また明日。