第十三話 追放
――つい、本気になってしまった。
そうか、自分の国を基準にして考えてはいけなかったのか。
こんなに強い相手に出会えるなんて。
「……!」
剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。
長い時間、戦いは続いた。少女は、まるでハイルの次の行動が分かっているかのように、武器を駆使していたため、決定打が生まれない。
もうじき、日が昇る。連ねる山々から垣間見える太陽が、それを暗示していた。
「っち!」
少女は、ハイルと僅差であるが背が低く、暗かったことも原因しているが、よく見るとまだ子供なのかもしれない。
顔は多少大人っぽいにしても、身体的に見れば、やはり子供だ。けれど、体力や筋肉のつきを見るからに、日々の努力は成果として現れている。
後は、目を見れば分かる。あれは、ただ魔物を狩ることだけを信念に生きているような目だ。
年が幾つかは知らないが、相当に辛い日々を送っていたのだろう。
などと気後れしたせいもあり、ハイルの振るった剣の勢いが弱まった瞬間。
ハイルの剣が、少女の剣に弾かれ、手から離れ、地面に転んでしまう。
空中を回る剣は、ハイルよりも遠くにある地面に突き刺さった。
あまりにも、無様だ。
「勝負、あり」
「……とどめはささないのか?」
目を瞑り、一撃を待つ。
待つ。
待つが、何も来ない。
目を開くと、少女は鞘に剣をしまって、ハイルを見ていた。
「あなた、強い。だから、殺さない。でも、私よりは弱い」
「はは、うるさい」
片言で、違和感のある話し方をする少女。
本当に知っている単語だけを連ねて話をしているような、そういう話し方だ。
立ち上がり、ハイルは少女にまた会おう、と手を振ると、剣を回収して仲間の元へと戻ろうとする。
ろうとする、つまりこの言葉の意味することとは、戻れなかったということだ。
少女がハイルの腰に手を回し、抱きついて離れなかったのだ。
「あ、あの? 離してもらえませんかね?」
「……お父さん」
「へ? 今、なんと?」
「お父さん」
「ふーん。で、もう一回」
「私の、お父さん」
突然のことでわけも分からず、お父さん、と呼んできた少女を見る。つい二回も呼ばせてしまったが、娘ができたらこういう気持ちになるのか、とイメージを膨らまそうとした。
その前に、ハイルは現在の状況をまじまじと見つめているリーナとミュエルにどう言い訳をしたら良いのかを考えなくてはいけなくなった。
朝から、どうしてあんなに怖い顔をしているのだろう。全く離れようとしない少女に、武器を手に持ち迫る二人。
この状況は、絶望的だった。
あれから(何が起きたかと聞かれれば、とても酷いことだと言っておく)、少女の家に連れて来られた。
木製の家。一階しか無いが、他の家々も同じような作りであるから、ハイルは気にしない。
ただ、どうして村から少し離れた場所に位置しているのか分からない。
少女が戸を開き、中に三人を招き入れる。
どうしようか、と少女に聞こえないように小声で相談する三人。
知らない人の家に勝手にお邪魔するのもどうか、と意見を述べるハイルに対し、二人は全力で却下するのだ。いや、そもそも相談になっていなかった。まだ、根に持っているのだろうか。
「お父さんからどうぞ?」
「そうね、家主のお父さんが先に入るのは当然よね?」
「……もう勘弁してください」
体の前に、精神が駄目になってしまわないかと心配になったハイル。
玄関を通り、中に入ると、部屋が一つと洗い場、風呂場しか確認できなかった。また、脱いであった靴の数を見るに、親は村にいるのか、最悪のケースもありそうだ。
問題は、少女一人、どうしてこんなところで村の警備など行っているのか、という点だ。
「これ、お父さん」
「いや、俺はお父さんじゃないからな」
『……』
部屋に通され、少女がちゃぶ台にお茶を置いていく。
隣に座って微笑む少女に対し、二人の目線や形相の変化が著しい。
そろそろ、はっきりさせておこう。
「まず、君の名前は?」
「ディア・ヘイクテス」
ディアと自身を呼ぶ少女は、ぺこりと頭を下げる。行儀の良い娘だ。本当に自分の娘にしてしまってもいいような錯覚に陥りそうになるが、向こう側の二人に怖い目に遭わされそうであったため、控える。
「じゃあ、ディア。どうして俺をお父さん、なんて勘違いされそうな名称で呼ぶんだ? 俺の名前はハイル・ライクス。これからはハイルと呼んでくれ」
「ハイルお父さん」
「おい」
お父さんが余計である。いい加減にしてくれないと、ほら、またリーナとミュエルが武器を構え始めた。
「お父さんは、とても強い騎士。私では、勝てない。ハイルとの戦いから、お父さんの懐かしい感じ、した。だから、お父さん」
「その、本物のお父さんは?」
分かっていても、聞いておかなければならない。
ハイルの抱いた最悪のケースが、誠であるかどうか。
「村で、眠っている」
良かった。まだ生きているのか。
しかし、浮かない表情のディア。これは、眠っているという言葉の意味がその通りの意味では無いのかもしれない。
「村にある、墓でか?」
「……うん」
ディアの父も、魔神との戦いに巻き込まれた犠牲者であった。
きっと、勇敢に戦ったのだろう。
「なら、どうしてディアは村から離れた場所に家を?」
ハイルの質問に、答えにくそうにしていたディア。
まずいことを聞いてしまったのかもしれない。慌てて、無理に答えることは無いと付け加えようとした時、ディアは既に口を開いていた。
「私、精神汚染、してる。人や魔物、心の中が、読める」
それから、村からの追放、とディアの言葉は続いた。
昨日ぶりです。上雛平次です。
また書く事がありません……。
では、また明日。