第十二話 北の大地
古びた木製のベッドが軋みをあげる。
そのベッドから起き上がったハイルは軽い朝食を済ませると、剣だけを持ち、外に出た。
他にも持たなければいけないものはあるような気がしているが、北の森に行くまでに二つ程、村々を経由しなければいけなかったため、そこで必要な物を揃えれば良いかとハイルの中で考えがまとまった。
外には、普段と変わらない装備を着けるリーナとミュエルがいた。
太陽は、まだ昇っていない。日の出前の方が、魔物と遭遇する可能性が極めて低く、夜までには次の村に入ることを考慮しての出発時刻である。
三人は一言も口を聞かずに、遠くに見える正門に向かう。
人通りが無い街の中を、ただ歩く。
「……」
重たい空気が三人の間で流れている。
歩いていると警備が気付いたのか、門が開く音が聞こえた。
「ねぇ、おかしくない?」
最初に口を開いたのは、ミュエルである。その顔は妙に深刻そうな面持ちで、これから旅に出る者の顔には到底見えない。
リーナとハイルは返答せず、門の下に差し掛かったところで、リーナも我慢ならなかったのか、「私だって、そう思います」、と声に出す。
そして、ハイルがとどめを刺すかのように、叫ぶ。
「何で、お金が一銭も無いんだよぉー!」
――この旅にかかる資金は『0』だからね。
ユーティリアが発した言葉に、三人は不満が募り過ぎてならなかったが、北にある村で仕事をして金を得ると同時に、この国の知名度を上げて、避難をしてもらうように促す、という理由があった。
いずれ、北は戦場になる。
魔神の出現云々の話では無い。これは――人同士の争い。領土獲得の為に北と南で戦争をしていたのだ。その間にある中央国、ハイルたちの住む国は、東西南北と中立的な立ち位置で、その近辺で争いをするものなら、他の国と共闘して潰しにかかる、と大々的に宣言していた。その甲斐あってか、未だ、どこも戦争には発展しておらず、ぎくしゃくした関係でありながら、五十数年と続く平和を築き上げてきた。
それも、前の話。つい先日、精霊を用いた情報交換が北の民と行われた。
『いずれ、お前たちを潰す』
短い文で、魔神の攻撃から数時間が経った後の連絡であったとユーティリアは言っていた。それを見たとき、本当に辛かった、とも言っていた。
だから、ユーティリアの、無関係な人々の被害を最小限に抑えようとしての行いに、ハイルたちはそれ以上、何かを言う事は出来なかった。
――過酷な旅になる。
周りの人々は、我知らぬと気分が悪くなりそうな言葉ばかりを吐き出していた。
うんざりする。
口ばかりで、何もしない奴の言葉を聞いているのは。
以前の自分も、同じような人間だったせいだろうか。
門が閉じられて、ハイルは一つ深呼吸をする。
金が無いと言っても、希望が無い訳ではない。
目の前に広がる大地を見て、そう確信した。
武器の試験として、何回か外に出たことはあるが、北に行くのは初めてだ。
魔物もろくに出ず、奥地には奇妙な神殿の跡地しか無い北。半年前は、魔法使いたちが神殿を守るために城を築いていたそうだが、その影すら残っていないそうだ。
連ねる山々に雪が降り積もり、下には平原が広がっている。
あの山の手前に広がる森。あそこに、人類最後の魔法使いがいるのだ。
「ハイル? 早く行きましょう」
考えていたら、足が止まっていたらしい。リーナに呼ばれると、ハイルは後を追って走る。
道中、魔物を数匹倒したが、ミュエル一人でほぼ足りてしまう戦況に、ハイルとリーナは虚しさを感じていた。
「強くなろうな」
「……はい」
落ち込むリーナの頭に自分の手を乗せて、ハイルは励ました。
それを見たミュエルは、指をさしながら、二人の間に入る。
「な、なんだか、申し訳ない気持ちになってくるじゃないの! ほら! 町に着いたよ!」
ハイルとリーナはミュエルが示した方を見て、少し安心する。
日が沈む前に到着できたこともあるが、北の民たちの元気そうな姿を見られたことが、一番の理由だろうか。
見た目は、中央国と比べれば、非常に貧しい村だろう。
家の造りもほぼ木で、着ている服も寒さに耐えられるかどうか分からない恰好ばかり。村を守っているのは、どうやら一般人らしく、若い男性が交代で守衛しているようだ。魔物も、夜になると数は減るが、出ない訳ではない。気が付いたら、自分以外の村人全員が屍になっていてもおかしくないのだ。
だから、民を守る騎士という存在は必要不可欠なのだ。
「宿探しは無理そうだな。そもそも金が無いし、野宿するか?」
既に地面に座っていたハイル。ミュエルも同じように座ったが、リーナだけは首を傾げていた。
「野宿は別に構わないのですが……それよりもハイル、後ろのそれは何です?」
後ろ、と言われて振り返る。
工場に居るはずの、炎の精霊がハイルの後ろで浮遊していた。
どうやら、付いて来てしまったらしい。
「おいおい、お前はお留守番って言っただろ? 光の精霊は? ……あー、まぁ、あいつなら埃とか食べて生き抜いていくだろ」
精霊と会話するハイルに、リーナとミュエルは悲しそうな目を向ける。
その視線に気が付いたのか、ハイルは二人に話を振った。
「お前らも言ってやれよ。こいつ、炎の精霊なのに水が飲みたいって言ってくるんだ。矛盾してるよな?」
「いえ、そもそも私には精霊の声など聞こえません」
「あたしも」
食い違う一人の武器屋と二人の騎士。
ハイルには、精霊の声が聞こえていた。それが、魔神の力の影響であることに気が付かないわけが無いが、咄嗟に出てしまった本当の言葉に対し、また、嘘をつく。
「じょ、冗談だから。うん、俺が勝手に話を作っているだけだからな! 気にするな!」
「あ、またなの? 近所の野良猫でも同じことしていたよね?」
ミュエルが昔を懐かしんで話を始める。それに同調して、ハイルも話をする。
不服そうにリーナはしていたが、しばらくすると興味を無くし、マントを毛布代わりにして眠ってしまった。
深夜。
慣れない寒さにやられたのか、喉が痛む。しかし、目が覚めた原因はそれではない。
妙な足音。普通の人ではとても聞けるような音では無いけれど、応じないわけにもいかなかった。
ハイルの傍で、寝息を立てるミュエルとリーナを起こさないように立ち上がり、剣を持ったハイル。
(まだ、魔物が残っていたか)
魔神によって生み出された生物を魔獣と呼ぶのに対し、自然より生まれた魔獣を魔物と呼ぶ。基本的には全く同義だが、生まれによって名前が変わると学び舎では教わった。
闇の中に動く赤い瞳。夜間でも目が使えるように、独自の進化を遂げたのだろう。その進化も、正しく使えなければ意味は無い。
つまり、狩られる側になってしまう。
(あれは……?)
見えていた瞳の数は十であった。
しかし、ハイルが一歩、また一歩と近付く度に、瞳の数は減っていくと、最後には気配さえ無くなっていた。
月が、雲の切れ目から瞬く。
その光が魔物たちを切り裂いた剣を照らした。
刃幅が大きいわけではないのに、大きく見える刃。
最長2メートルもあるグレートソードより、一回り小さくしたそれを自分の手足のように振り回す青髪の少女は、ハイルを見た。
「あなたから、魔物の匂い、する」
ぎこちない喋り。
服装はよく見えないが、歩くたびに鉄が擦れる音が聞こえることから、鎧を着けているのだろう。
その少女は、剣についた魔物の体液を剣を振ることによって払うと――ハイルに向かってきた。
昨日ぶりです。上雛平次です。
嘘とは、一度でもばれてしまうと、次から本当のことを言っても信じてもらえなくなってしまうものです。嘘をつかないことが一番ではありますが、このネットという世界では、嘘をつく、つかないことよりも、嘘を見破る力が最も重要視されるのだと、私は思います。
そんな話はさておき、誤字脱字、誤った表現がありましたら、報告をお願いします。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
では、また明日。