第十一話 旅立ちより、一日前
――魔神の力を使う度に、気付くことがある。
自分の心というものが、徐々に壊れていっていることに。
夕暮れ時。
次第に日が沈む時刻が早くなったと実感する今日。別の地区であれば、もっと日の沈みが遅かったのかもしれない。だが、城のおかげで日は早くに見えなくなってしまうし、洗濯物の乾きが遅いことにも、多少の文句があった。
そんな、立地条件が全く宜しくないモンキー武器屋の前には、大声で騒ぎ立てる主人と、困り果てる二人の女騎士がいた。
「え? 馬は出ないの!? え、旅は徒歩で行くの? こ、この馬は使えないの?」
銀色の、癖っ毛が目立つ髪に、小さい頃からほぼ変わっていない見た目にコンプレックスを若干抱いている武器屋の主人――ハイル・ライクスは城から戻ると、旅立ちのための準備を整えていて、荷物を積むための馬を頼もうとしていた。
その目の前に、赤い髪を結び、馬の尾のように垂らし、ハイルと同じくらいの背丈があって、背には巨大なハンマーを背負っている、第十三地区の騎士団長――ミュエル・ガーランド。
と、二人に比べて小さく且つ幼い、黒髪で透き通るような青い瞳が特徴的で、腰には刺突用の剣が収められた鞘をかけている、第十三地区の騎士―リーナ・ミュードが立つ。
慌てるハイルに向けて二人が言うには、「馬は警備強化のために配備されていて、住民に渡せる分が無い」、ということだ。待つとなると二、三週間と間が開いてしまうとも言った。
「少しは住民のことを考えてやれよ。俺らだって、お前たちのために頑張っているんだからな」
「もちろんよ。だから、住民が欲しい物は住民たちに仕入れさせるんじゃなくて、あたしたちが仕入れることになったの。ま、あたしはハイルに付いて行くんだけどね」
「わ、私もです! 忘れないでください!」
何故か、腕にくっついてきたミュエルに対抗意識を燃やしたのか、リーナまで身を寄せてくる始末。
人通りが減ったとは言え、無くなったわけではないのだから、少しは人目を気にしてもらいたい。
じゃなくて、離れてもらわないと。
「ほらほら離れて……だとすると、大荷物は運べないな。俺は、自分が使える武器だけ揃えるか」
無くなってしまったショートソードの代わりは何にしようか考えるハイル。
最近では、第十三地区の騎士団だけではなく、旅人が護身用にと武器を買いに立ち寄ってくれていた。数を重ねた結果かは分からないが、次第に、先代から譲り受けた腕と誇りを取り戻してきたのかもしれない。
それなのに、現国の女王――ユーティリア・クロムハーツのおかげで、人類最後の魔法使いとやらを探しに行かなければならなくなってしまった。
しまった、とは語弊がある。何せ、ハイル自身が自分で決めたことなのだから。
「私たちに手伝えることはありますか?」
「うん、じゃあ、離れて?」
素直に離れてくれたミュエルとは違い、何故かリーナは離れるどころかより密着してくるのだ。
ミュエルと違って露出は少ないためか、弾力は無いにしても、女の子がこんなに至近距離に近付いている状況、男として見過ごすわけにはいかない。
「騎士へのセクハラは、国家への反逆と受け取るけど、どうするのかなー?」
スイッチが入ったミュエル。それじゃあ、また明日と冷や汗をかきながら、ハイルは急いでモンキー武器屋に戻った。
ハイルの姉であり、奈落に堕ちた魔神――シエル・ライクスに、情けない自分との過去の決別として刺したショートソードがハイルにとって、最高の武器であった。それも、姉に突き刺したまま奈落に堕ちてしまい、もう無い。
「さ、今日は徹夜かな?」
作業着をつけて、工場に入る。お爺さんから、ハイルにと託された物だ。これを着られるのも、もうしばらく先になる。
続いて、年代物になってきた大釜の上に浮く、赤色の、ふわふわとした毛玉を釜に入れ、火を起こさせる。これは、炎の精霊。ハイルが百二十七代目の主人に対し、この炎の精霊は一代前の百二十六代目。本来なら、ハイルの父が百二十六代目としてここに立つはずだった。その父も、魔神の母と一緒に旅に出てしまった。
そして、ハイルも、明日には旅に出る。父と違うのは、目的があることだろうか。
工場には、鉄を叩く音と炎が弾ける音、ハイルの独り言が響いていた。
「やはり、含有量を増やすべきだろうか。でも、俺が使うのはもっと軽い方が……?」
頭を抱えるハイルの視界に、ある物が映る。
方手、両手両用の剣――バスターソード。
先代が残していき、これが『武器』として造れた時、初めて先代の名を継ぎ、後代として名を残すことが出来る伝統がモンキー武器屋にはあった。
しかしその伝統は、ハイルの代で絶たれてしまったのだ。
(なら、これを造らなきゃな)
その日、モンキー武器屋から灯りが消えることは無かった。
――思えば、あれから数時間が経ち、昨日目覚めてから一日が経っていた。
体が動いているのも不思議だったし、別に前と同じショートソードでも造っていれば良かったのだ。
いや、違う。
「やったよ、お爺さん。俺が――百二十七代目のモンキー武器屋の主人だ」
ハイルの手に握られたバスターソードが、太陽の光を受けて、眩いばかりに輝いた。
昨日ぶりです。上雛平次です。
遅くなり、申し訳ありません。第二章ということもあり、第一章との主人公の心境変化を繊細にしようと奮闘していたら、時間の経過が著しく進んでしまいました。
明日はもっと早くに更新できるよう、努めます。
続いて、誤字脱字、文章の誤った表現等がありましたら、報告をお願いします。
では、明日の更新をお待ち下さい。