会社、休んでやる!!
朝。一日の始まりがやってくる。俺は布団から這い出ると、カーテンを開けて窓を全開した。
「ああ、だるい。会社、休みたいな……」
今日は月曜日。つまり、休み明け。またこれから長くてしんどい一週間が始まるかと思うと、気が滅入る。
会社倒産しないかな。いや、再就職するのがメンドイか。
ん? いや、待てよ。イイコト思いついたぞ。
「父さんの会社が倒産」
窓から冷たい風が吹き付けた。
自然にまでサムイんだよ、この底辺リーマン野郎!! と、嘲笑われた気がする。
まあ、いい。この芸術を理解できるのは、俺だけだ。そう、俺のギャグは自然すら超越しているのだ。
……なんてアホなこと考えてる暇があったら、さっさと会社行く用意しなきゃな。
そう、俺はしがないサラリーマン。名はタカヤマ ケンイチ。ぴちぴちの23歳。家族はヘルスクリームのようないびきをあげる親父と、呪詛のような寝言を呟く母親。さらに、クソ生意気な高校生の妹が1人。
大学を卒業して早半年……。同期で入社した同僚が次々とやめていく中、俺は1人奮闘していた。でも、俺も今の会社の現状に嫌気がさしている。
過酷な労働環境に加え、サービス残業。ろくな研修も無いまま現場に放り込まれ、日々客と先輩社員に怒鳴られる毎日……嫌になっちゃうよ。
会社自体の空気も悪い。ムダに体育会系で、汗臭くうるさい。ああ……考えただけで嫌になってきた。
だめだだめだ。いきなりこんなこと考えてどうする! とにかく、着替えだ。着替え。
カッターシャツとスラックスを装備し、ネクタイを結ぶ。そして、上着を羽織れば、なんともいえない、やる気のない企業戦士の誕生だ。
はあ。あー、マジだるい。いっそネクタイ頭に巻いて出勤してやろうか?
いや、それじゃただの二日酔いのおっさんだよ。これから飲み会かっちゅーの。
「ちょっと、ケンイチ!! あんたこれから会社でしょ、早くご飯食べてしっかり働いてきなさい!!」
「ああ、もう解ってるよ。うるせーな……」
洗面所でヒゲをそっていた俺は、母親に後ろから蹴りを入れられた。いてーな。
「兄ちゃんじゃまー。どっちかっていうと、存在自体が」
今度は左から妹の蹴りが飛んできた。だから、いてーよ。
「お前、朝一でこんなステキなお兄さんを存在否定? 悲しいね。俺の妹は、こんな風に捻じ曲がって育ってしまったのか。ゆとり教育の弊害だな。日本の未来は暗い。バラ色の年金生活は送れるのかね」
「それまでに死ぬんじゃね?」
容赦ないな、最近の若い子は。
「ん? お前、まだパジャマかよ」
「んだよ」
ちょっと生意気な妹に、兄の威厳を見せつけてやろうか。確か、財布に諭吉さんが3人くらいいたはずだ。これでほっぺたぺちぺちしてやろうかな。
ん? いや、待てよ。イイコト思いついたぞ。
「パジャマがお邪魔」
「母さん、うちって、子供は私1人だけだよね? お兄ちゃんなんかいないよね」
「ごめん、もう何も言わないから、はいどうぞ。洗面所空きました。使ってください、妹様」
「ありがとう、ステキなお兄さん」
感情がこもっていない、棒読みのセリフだ。
もういいや。会社行こう。
「行ってくるよ。たぶん、今日も残業だから」
「行ってらっしゃい。死ぬ気で働いてくるんだよ」
「逝ってらー」
母と妹は、まるで俺を戦地に送り出すかのようだ。
玄関を勢いよく飛び出すと、音楽プレイヤーを起動して駅まで歩く。
俺の魂に火を点ける、低いテンションを無理に底上げする麻薬と言ってもいい。その名は……アニソン!
燃えるぜ。燃えてきたぜ。待ってろ、会社。待ってろ、上司。今日こそ俺の右手に宿った竜皇の牙が、お前等を噛み砕く!
って、俺は中二病患者か。テンション上がりすぎだろ、これ。竜皇の牙って何だよ。恥ずかしいわ!
まあ、せいぜい俺の必殺技と言えば、土下座と土下座と土下座くらいなもんだ。あとは……愛想笑い?
ん? いや、待てよ。イイコト思いついたぞ。
「中二病を患ったので、病欠にしてください」
労災おりたらいいな。貯まってた有休消化できれば……まあ、とりあえず。そんなアホなこと考えてないで今日一日真面目に働こう。
さて、と。
駅に着いた。あとは、ここから1時間。電車に揺られて、立ちながら寝て、両手バンザイして痴漢冤罪対策して……。
そんなことを考えながら階段を下りていると、いくつもの視線を感じた。
「ん?」
何気なく下を見ると、目が合った。女子高生だ。それも、かなり可愛い。
けれど、目が合ったのは一瞬で、すぐに頬を桜色に染めてうつむいてしまった。ん?
なんとなく、右を見る。今度は、スーツ姿のOLが俺を見ていた。今度は視線を逸らさずに俺をじっと見つめてくる。んん?
恥ずかしくなった俺は、向かいのホームを見た。すると、そこにも女子高生がいて、俺に熱い視線を向けてくる。もしかして、これって……。
俺、モテキ!?
一体、何があったんだ、俺。
混乱しながら歩き続けると、目の前に女子大生らしき女の子がやってきた。そして、俺を見て微笑む。
「あの」
「え?」
駅のホームで、知らない女の子に突然呼び止められた。
何だ?
一体、何だ?
「その、ずっと……気になってたんです」
「え? 俺の、ことを?」
「はい。でも、ちょっと勇気が無くって」
うつむいた彼女は、吹けば飛んでしまうような、そんな、儚くて脆い笑顔を見せる。
まさか、この子は俺の事を? いや、まさか! でも……もしかして?
「何かな、言ってみて。俺、逃げも隠れもしないから」
ちょっと爽やかに、気持ち高めの声で、気取ってみせる。さあ、こい! 俺はここだ!! 君の言葉を受け止めてやる!!
「あの、チャック、開いてますよ……」
「へ?」
おそるおそる視線を下にやると……確かに、俺のトランクスがコンニチハしていた。いや、今は朝だから、オハヨウゴザイマス、か。
いや。いやいやいや。
も、もしかして!?
俺は振り返った。向かいのホームにいる女子高生は腹を抱えて笑っている。OLも、ニヤケながらこっちを見ていた。階段下の女子高生は、俺に携帯を向けてパシャパシャと写メを撮っている。
う、うわああああああああ。
俺は駆け出した。あまりの恥ずかしさに。
もう、いやだ。会社休む! こんな精神状態じゃ、仕事なんてできないよー!
俺は駅を抜け出すと、一目散に走り続けた。そして、ケイタイを取り出して上司に電話を入れる。
『なんだ、タカヤマ? そういえば昨日の件、あれからどうなった? ちゃんと作業報告書上げろって、言ってるだろうが、こら!!』
「あ、あああ。すみません。その、私、ちょっと今日はお休みさせていただきたくて……えっと、その」
『何だ、体でも悪いのか? 俺も鬼じゃない。ちゃんと病院行って休息をとれ。で、何の病気だ?』
あれ? チャック開いてたの女の子達に見られて指摘されましたから、だなんて言えない。
『おい? まさか仮病か!? こら、タカヤマ!!』
「あ、いえ。ほんと、病気なんです。えっと、病名は――」
ああ、あれしかないや、もう。しょうがない。
「中二病です。俺の右手に宿った竜皇の牙が、お前等を噛み砕く!」
『……そうか、お大事にな』
納得された。