第六話 「冷凍メイドを融かすオタマジャクシ」
六話目です
●解凍メイド
夜が明けた。いつも通りに凍えそうに冷え込む街と安宿の薄壁だが、昨日三太郎と玄海が空けた大穴から階下が吹き抜けに改築されてしまったせいでより一層部屋の温度は下がっている。
だが、ヒカリの寝床はいつもよりも温かく、寝覚めも普段より良い心地だった。何より、久し振りに優しく暖かな夢を見た気がする。――誰かと一緒に寝るのって、起きたときに誰かがそこに居るのって、案外悪くない――そんな風に思った。
「……大丈夫……かな?」
ヒカリのそばでシーツと毛布でくるまれた少女――の頬に触れ、撫でるように首筋へと手を滑らせる。どんなびろうど生地よりも滑らかで温かみを感じる、母の形見の着物の肌触りに勝るとも劣らぬ、そのきめの細やかさに、同じ女の子としてほんの少し嫉妬した。昨日の夜さんざん堪能?した身体ではあるが、まだ性欲らしい性欲にも冗談以上の同性愛にも興味のないヒカリにとっては、人の肌の温もり、というただその純粋な、果実の香りを味わったに過ぎない。
もう一度、今度はシーツの下、肌と毛布の隙間に手を差し込んで一糸まとわぬ少女に触れ、体温が通常になっていることを確認する。静かだが、呼吸にも乱れはない
ようだ……もう大丈夫だろう。
「そろそろ起きなきゃなー……でも寒みー……」
もそもそ、とベッドの毛布を半分、もう一枚にくるまったまま、素足を床におろしてその冷たさに飛び上がる。その後、三度同じ事を繰り返し、最後の五回目にようやくベッドから部屋へと進出した。
実はヒカリも彼女と同じく、毛布の下には何も着ていない。昨晩、玄海の持ち込んだトラブル――仕事からとんでもない事態になり、すわ殺人事件か――となったその時、かすかに彼女がうめき声を上げなかったならば、そのわずかな音に三太郎が気付かなければ、誰も彼女の中にわずかに残っていた命の灯火に気付かぬまま、彼女を然るべき手続きの元、冷たく暗い穴の中へ埋めてしまっていたのかもしれない。
それも――生きたままで。
そう思うと、今こうして彼女を助けられたことは、奇跡と言っていい、喜ばしい話だった。冷たく氷のように冷え切った彼女を、その場にいた全員でてんやわんやに大騒ぎして、必死に温めて蘇生させた甲斐があるというものだ。
「……もうちょっと寝よ!」
だから、このくらいの役得はあっても、許されても良いと思うのだ。ヒカリはそう自分に言い聞かせ、少女の懐に子猫のように潜り込み、もうしばしの二度寝と、彼女の柔肌のぬくもりを享受する権利を自分に与えることにした。
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「で、玄海……これは何……? 申し開きは? なんなら今すぐここで介錯したげるから、ちゃっちゃと自殺か自首しようか?」
冷え切った目で、玄海を見るヒカリ。彼女の嫌いな便所コオロギであっても、もう少し優しい視線で見つめてもらえたに違いない。
「いや、俺の店でやるのはやめてくれ、もうどうでもいいからさっさと突き出しちまえよこの屑」
投げやり度に加速がついて、全てを丸投げしたくてたまらない様子のマスター。
「おまえはいつかやらかすと思っていたよ……」
さらりと諦めた、一番付き合いの長いはずのハリマ。
「船長……自首してください」
被雇用者のはずの三太郎。
昨日の夜、ブイに偽装されたケースの中から、とんでもない物が出てきたその時、それぞれの反応である。元々の信用が低かった――人によっては最低値を記録していた――こともあって、散々な言われようになっていた。
「ちょ……ま、まておまえら、戒名代も埋葬料ももらわずに、わしがこんな仕事を引き受けるわけがないじゃろうが!?」
弁明になっているのかなっていないのか分かりにくい言い訳でしどろもどろの玄海、流石の彼も同様がありありと見え、禿頭から滝のような脂汗が流れ出していた。
「まあ、おまえがやったにせよそうでないにしろ、片棒担いだのは間違いねえんだ、長い付き合いだったが、せめて俺達の手で突き出してやるよ」
「おぬしそれでもワシの友かハリマ!?」
「すまん、それもさっきまでだった……な。良い思い出だよ、せめて抵抗しないでくれると、元友人として助かるかな……ヒカリ、そっち押さえろ」
「りょーかい」
ハリマの目配せに合わせ、ヒカリがかっきりと出入り口を押さえる。
「だーーーーっっっっっ!! だっーーーからワシじゃねーってばよっ!」
「言い訳は番所でしろや玄海、坊主が生き汚いのはみっともないぜ? まあせめて……三太郎は俺がいい持ち主を探してやるから」
マスターも、店の修理代だけは何とかしないと、との算段は忘れない。
「ん、まて……やはりちょっと気が引けるな……ここは俺に免じて逃がしてやっちゃどうかな」
「はぁ!?」
「えっ」
「なんだとおいこら正気か? いまさらコイツに情けをかけてもタメにならねえぜ……事と次第によっちゃ、お前でも容赦し……」
ハリマの突然の提案に驚く一同。マスターなどは、頭から湯気を噴き出さんばかりだ。
「ああいやそうじゃなくてだな……? とりあえずこいつを逃がしておいて……賞金がかかってから縛り上げて突き出す、という手を考えたんだが。何せこのままじゃ俺達も災難に遭っただけで、多分大損ブッこく話だぞと」
「あ、なるほど」
「わー」
納得してポンと手を打つヒカリ、そして引き気味の三太郎。二人の性格がよく分かる反応である。
「……まあ、それで良いんなら俺は別に」
「いいわけないじゃろーーー!? おまえら友達甲斐とかないの? 友情とか! 努力とか! 冒険とか勝利とか一緒に過ごした思い出の日々とか!」
「今、子供の頃からのそれを思い出したんだが……碌なもんがない」
むしろ彼の悪戯や、素行の悪い玄海のおかげで損ばかりしていた記憶が思い起こされてしまう。
「あたしセクハラされたのしか記憶ないー」
「倍くらいに言い返してたじゃろうが小娘ぇっ!」
「俺はそもそもこんなクソ坊主と組んでた記憶がねえ」
「だー! 貴様等それでも仲…」
「静かに!」
半以上本気で、後は縛り上げてから突き出すか、賞金がかかってから突き出すかの二択に追い込まれた玄海が叫んだその瞬間、突然、三太郎がこれまでにない大音量の声で全員を押さえ込む。
「 静 か に し て く だ さ い 」
しん、と静まりかえったところに、再度念を押し、生きているセンサーをフル稼働させ、『死体』 と見えた少女に向けて振り向ける。どれだけのセンサーが生きているかは分からないが、ひょっとしたら……という思いが彼を突き動かす。
「……ん? どうした、三の字。主人を庇い立てる気持ちは分からなくもないが……」
珍しい剣幕に、マスターも言葉の勢いが鈍る。
「いえ、こんなハゲに情けをかけたわけではまったくこれっぽっちもありませんが」
「わー、主人思いのナビだと信じたワシ、馬鹿みたい」
「 ハ ゲ は 黙 っ て い て く だ さ い 」
今はそれどころではない。
「あ、はいすみませんです」
「……タマちゃん、どうか……したの?」
「もう少し、待ってください。あと……失礼します」
「?」
センサーの一部をいったんヒカリに向け、心音、呼吸振動、体温等の基準値を強引に調整する。初期設定となっている標準時の平均値にピッタリ同じ、ということはまずあり得ないが、信用がおけるか怪しい今の自分の基準よりはマシだろう。
微弱ながらの心音と胸部の上下動、四肢の表層部や皮膚下こそブルーに染まっているが、体幹部とその奥には、まだ赤み差す熱量が存在している。
――間違いない――
「彼女、生きてます――マスター、ハリマさん、すぐに毛布とストーブを」
跳ねるようにハリマとマスターが動く。状況と、なすべき事を把握すれば身体が反射的に動く、そういう風に叩き込まれ、そのおかげで生き延びた身体だ。
「ハゲは今すぐ蘇生治癒符を一枚残らず出してください。もし、一枚でもケチったら――あなたを私の生涯と人格に賭けて――軽蔑し抜くと誓います」
「む……お、応さ、応……!」
「タマちゃん! 私は、何をしたら良い?」
「ヒカリ、あなたは……」
それからの数分間と数時間は大わらわだった。次々と出される三太郎の指示と、強制的にラジエーターをオーバーヒートさせて瞬間的に沸かしたお湯を使い(そのせいで三太郎の機能とエンジンが一部焼き付きかけた)彼女を温め、心臓マッサージと治癒療術式をフルに使って……そしてなんとか、止まりかけていた心臓を再び動かしたのだ。 肌に色が戻る頃には、既に日を跨いで数時間が経過していたが、あまりにバタバタとしていたため、皆そのことにも気付かないくらい、時間の経過をほとんど感じなかったほどである。
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そして……念のため、とヒカリが一晩中自分の肌で彼女を温め続け、夜が明けて今にいたる、という訳なのだった。
あまりに色々な事がありすぎたせいで、皆疲労困憊して、マスターとハリマの部屋で折り重なるようにして、毛布を奪い合いながら絡まり、斃れるように眠り込んでいる。
素性も分からない女のためになんとかする、と申し出たヒカリを心配したハリマが 「俺も一緒に温める!」 と譲らず全員から袋だたきにされて部屋から叩き出されたり、生還を祝うと称した玄海が酒を勝手に開けようとしてやはり袋だたきにされたり……とまあその後にもまだ色々な事があったが、とにもかくにも一人の少女と、生臭坊主の人生がすんでの所で繋がったのは事実であり、三太郎にとっても、心地の良い疲労感のある一夜だったと、記憶の上の方に刻み込まれたのだった。
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●誰が彼女を箱に入れたのか?
次に目覚めたとき、ヒカリの目に入ってきたのは、先まで観賞していた少女の笑顔ではなく、いそいそと部屋の片付けをしているメイド服の少女の姿だった。真っ直ぐに伸びた紫色の髪と同系色の服が溶け合い、白いエプロンドレスを映えさせていた。
寝る前、元々乱雑に散らかっていた部屋だったものが、昨日の騒ぎでますます酷くなっていたところ、起きてみれば部屋はスッキリと片付き、なにやら爽やかな風でも吹き抜けていきそうな様子に変わっていた。
「お……その、おはようござい……ます」
目覚めたヒカリに気付き、メイド服の少女が恭しく頭を垂れ、手を前に揃えている。
「あの……何か?」
「いやうんごめん、まだ夢でも見てるのかな? 私、いつからこんな立派な屋敷に住んでたっけ? って」
「す、すみません、私ったら勝手に! 何をしたら良いか分からなかったものですから」
こちらこそ、申し訳ない……色々と、と言いかけてその続きを飲み込む。戸惑う事情は、ヒカリも彼女も同じだった。とにかく、色々と話を聞かなければ……。それにしても凄い美人だ、とヒカリは再度感嘆する。一糸まとわぬ先の姿も良かったが、この立ち姿もこれまた見事な姿勢である。小さな細面に綺麗に並ぶ真紅の瞳はまるでルビーのよう。同性であるヒカリがこれほど思うのであるから、他の野郎陣はさらに高い評価をつけるかもしれない。
「よいしょ」
「あ」
まだぬくもりの残るベッドが後ろ髪を引くが、そうそういつまでも転がり続けていくわけにもいかない。勢いをつけて毛布から外へと下りて立つ。
寒い。メイドは手で顔を覆い、後ろを振り向いた。その時初めて、ヒカリは自分が何も着ていない状態だったことを思い出す。
「あはは、ごめんごめん、うっかりしてた……ごめんね、貧相なものを見せちゃって」
「いえ、その……よく締まっていて、かっこいいです!」
「その褒め言葉は嬉しくなかった……」
「かえすがえす申し訳が」
「あ、いい、いい気にしないで」
手を振って彼女の謝罪を止めさせる。このままではいつまでたっても話が進まないばかりか、彼女が水飲み鳥の人形になってしまいかねない。そんなシュールなオブジェを部屋に飾っても困るばかりだ。
「アタシは、ヒカリ とりあえず……あなたの名前を聞かせてくれると嬉しいかな」
「あ、はい、私は……」
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●姉弟
メイド服で箱に閉じ込められていた少女は、ティニーと名乗った。そしてそれから半日が過ぎた。結局、昨日深夜までてんてこ舞いを演じていた一同は、連日の仕事疲れと三太郎の事故の後始末や店と艇の応急処置にも追われ――大半は玄海のせいだったが――くたくたに疲れ切り、昼過ぎまで起きられずにいたのだった。二度寝から起きたヒカリが、ティニーを除けば最初に目が覚めており、残りの連中をとなりの部屋でたたき起こす。普段は朝に強いマスターも、流石に昨日の騒動が堪えたと見えて、何よりも一番の痛手を受けたこともあってか、未だに部屋でぐったりと寝こんだままでいる。
少女はティニーと名乗り、自分が記憶のある範囲では、この街の領主である男爵家の館で、使用人として働いていたと語った。ブイに詰められ、すんでのところで冷凍刑にされかかった事情についても何も知らないとのことだった。それから、ヒカリとハリマで玄海の愚考を洗いざらい白状させて頭を下げさせたが、とんと覚えがないというティニーは戸惑うばかりで、やはり有用な情報を得るには至らない。
「弱ったわね……これじゃ何が何だか、まさか自分で鍵をかけて閉じ込められるような物好きな人もいないだろうし」
「どんなイリュージョンショーだよ、いくらなんでもそのまま海に縛り付けられるとか洒落にならなすぎる」
ヒカリとハリマがああでもないこうでもない、と話をぶつけても、結局のところ何一つ新しい話も見付からなかった。
「あの、すみません」
珍しく、しばらくの開いた背質問攻めにあっていたティニーの方が、手を挙げて問いかけてきた。
「ん、何?」
「今日は……何月の、何日なのでしょうか?」
「何日だっけ、ハリマ」
「螢月の4日だが、それが何か」
壁に掛かったカレンダーをめくりながらハリマが答える。ヒカリは、部屋のカレンダーをめくり忘れたままでいることがよくあったが、今月もまた同様だったようだ。
「たいへん! すぐ……家に戻らなきゃ」
「え、何か、急ぎの御用でもおありですか?」
「今日、ではないのですが……明明後日のお休みから、弟が家にもどってくることになっていて……」
「ははあ、なるほど」
目新しい、というか差し迫ってしなければならない用事、というのはそのくらいのことらしかった。実は彼女はその足で屋敷に報告に戻ろうとしたのだが、それはいくらなんでも危ないだろう。と三人がかり(玄海はあまりやる気がなかったので実質二人)で止めたのだ。「せめて事情がはっきりするまでは、屋敷には戻らない方がいい」 と、詳細は分からないが、彼女の様子――屋敷で仕事中に着ていた恰好のままであったことや、最後に残っていた記憶――三日前には館で月初めの使用人のミーティングに参加していたこと、等から何かがあったとすれば屋敷のはず、または仕事に絡んでのことであろう。と、おおまかながら予想できたからだ。
結局、なぜ彼女があんなものに閉じ込められることになり、海に捨てられかける羽目になったかは分からずじまいだったが、当面はティニーと彼女の弟の身の安全を確保するのが先決だろう、という結論に達し、そのための手はずを整えにかかる。彼女の両親は既に他界しているとのことで、弟以外に身寄りはいるか? というハリマの問いに、首都で暮らす祖父の存在を聞き出せたのは、唯一の成果と言って良いだろう。
季節ごとに相応の生活費、姉弟が慎ましく食べていく分には十分な額であり、そのおかげで彼女は弟を修道院に預け、自らは半ば丁稚ながら、メイドとして屋敷奉公に励むことができていた、という話だった。なんとか連絡を取り、早めに首都へ向かう方向で話をつける。という方針も定まった。あとは順序と筋道を立て、物事を道理に沿って進めていくだけの、まったく分かりやすい話である。
だが、ハリマから見ると 「こういうのっていかにも探偵っぽいよね!」 と少し興奮気味に浮き足立つヒカリが心配でならない。「ヒカリにはティニーの護衛を頼む、年の近い同性の方が都合も良いだろう」 と言いくるめ、二人を共に店にの二階に待機させた。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」
ハリマはティニーとヒカリに見送られ、ティニーから修道院のアスコットにあてた手紙を持って店を出た。まだほったらかしのままの階下の店舗部分は営業できる状態になく、たまに物珍しげに事故現場を覗きに来る野次馬の他は、目立つ人影もない様子である。
「この調子じゃ、いつ店が再開できるか分からんなあ……」
他に飯を入れる場所も、早いところ確保しておきたいところだが、懐の寂しい身には、ツケの効く店がないことが恨めしい。
「ま、なんとかなる……さ」
そう自分に言い聞かせ、まずは一仕事……と、雪の街へと歩き出した。