―冬来たりなば春遠からじ―
これにて完結です……ありがとうございました!
「艦長! ナマズが……引いていきます」
「……どういうことだ?」
「分かりません……ですが、一つ言えることは……今は確実にチャンスです」
「仕留めるのは、今回も無理だったか」
帽子を脱いで、膝に落とす。三日間近く戦い続けたとあって、流石に帽子のみならず、体中が汗と汚れで
じっとりとベタついているのも分かった。
今回は――ここらが潮時か、と警戒態勢を順次下げるように指示を出し、麾下の全艦隊に帰還命令を下す。
「何、生きていればお互いまた会えるだろう……なあ、『イワトコ』 よ?」
そしてその半時ほど後、今度はまた別の問題が持ち上がった。街に残していたわずかな諜報網から、各種機密――特に 『ノートゥング』 に関する深刻な流出と、それをアラクシアに向けて密輸しようとしていたと思しき艦船と、黒幕の正体が全て判明したのである。
安堵が広がりかけた艦橋には再び緊張が広がり、シャワーを浴びかけていたホフレンも、石鹸の匂いをさせながら艦長発令所に駆け込んだ。
「追加の報告です、艦隊を造反した 『ツルギ』 並びに 『セトカ丸』 は、ともに当艦対の追跡中であった鯰の群れと遭遇、二隻共に爆沈を確認したものの、小型艇の脱出推進音を確認し、これを警備艇群によって追撃中、とのことです。方向が予定通りであれば……本艦対ももう一仕事、しなければならんようですが」
さて、どうしますか艦長? という態度で、副長が命令を待っている。
「装填六本、撃滅、密通スパイ容疑の例と、両国における休戦協定に基づき、事項違反艦船並びに実行犯、関係者の完全な撃滅を行う」
「了解! 弾頭は……」
「全て通常、2本ずつラグ90秒で三連射だ……使いすぎ、かね?」
「いいえ、妥当、かと」
「よろしい! では……各員遭遇接敵に備え、本艦以外は第二種警戒、本艦を予定最重要区にて、第一種戦闘態勢とする! 発令復唱!」
そしてその三十分後、果たして予定通りの深度に、小型艇の新興が確認された。
距離が四千に入ったところで、相手が進路をやや西寄り――すなわちアラクシア側だ――に転針し、深度もさらに100圧以上沈降した。
「撃て」
艦長の命令通り、魚雷が次々と発射され――目標へと殺到する。そのさらに外側には、僚艦による二重三重のさらなる網が張られていた。
「目標に命中……! 着弾数不明」
このサイズの小型艇――駆逐艦の脱出、または庫内に収容可能なものであれば、直撃がなくとも、至近弾複数での爆沈、または行動不能はほぼ確実だ。
万一行動不能となった場合は、ほぼ例外なく徐々に沈降し、最終的には雪の重みに食われて圧壊する運命である。
「本艦定位からの観測難! なれど僚艦端末水晶群システム並びにその間接報告より、移動体一のゆるやかな西走を確認とのこと……いかがいたしましょう?」
ファルシオンには水晶はないが、それ以外の通常連絡を介した、ワンテンポ遅れる疑似リンクは十分に可能である。そのおかげで、またも沈没偽装を企図したコソ泥の逃走を確認出来たというわけだ。場合によっては、この時間の西へと流れる潮に乗った残骸かもしれないが、だからといって放置するわけにはいかない。
「トドメを刺せ」
「はっ、五番、六番……目標 乙 ……てーっ!」
この日、「ツルギ」 「セトカ丸」 その量感から辛くも離れ―― 西へ移動しようとしたものは、全てが海の藻屑と消えた。
「艦長――! 緊急……? 連絡?」
「何事だ」
「は、その……どうやら、族どもの仲間が何かを仕掛けていたらしく……『マルレラの街に、春が来た』 と」
「なんだと? いえ、それは適正分子の残したらしき暗号か声明文のようなのですが……街の環境維持システムの中枢部――これを管理していたものの多くが今回の件に荷担していたことが理由と思われますが、い実に一週間分ものエネルギー総量を半日で浪費してしまい――街中が伝説国家 『春』 の容器に溢れ、古代世界のようになってしまっているとか――スカイシートのカラーチャートがハッキングを受け、これまた気味の悪い青と白のストライプに染まったとか――様々な事件が発生しているとのことです」
「要は悪フザケか悪戯だな……治安の悪化もここまで来たか」
それはまあ、街の治安維持機構と、統治者がまとまって敵と通じて逃走したのだから、むべなる話でもあった。戻ってからは、艦隊の治安憲兵隊はもちろん、下士官や水兵に至るまで総動員して、首都本省のお役人の増派まで耐えねばならぬことになりそうで、少々うんざりした気持ちになってしまった。
まあそうは言っても、起きてしまったことはしかたがない、せめて――無駄を少なくするのが、彼の任務であり、また矜持でもあった。
「全巻全速前進、最大巡航速度にて帰還する」
「は、しかし……それほど急ぐ必要が?」
「何を言っとるか副長、そりゃあ君のご実家は多少ご裕福であられたろうから、我らのような庶民の生活は及びもつくまいが――つまりは物事は単純だ」
「沸かしてしまった風呂は、さっさと入らないともったいないだけさ」
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「ちょっと、もったいなかったね……」
「うむ……あの新型魚雷を売れば……店の弁償どころかお釣りでもう一店、建てられたかもしれんのにのう」
「足がつくような商売はやめてくださいと何度言えば分かってくださるんですか船長――」
「ああそっち? わたしはもう少し、春を味わいたいな、って思ってた」
「だな、三の字の言うとおりだぜ、玄海。人間地道が一番だ」
「じゃがの、ブイのスクラップだって流せばちゃんと1週間分の酒代にはだな」
四人は、息も絶え絶え辿り着いた街でオタマジャクシの再度の応急修理とマスターとの別れを済ませると、即座に街を離れていた。
彼らが罪を犯したわけではないのだが、そうせざるを得ない事情が、彼らの一言から発生してしまったからである。
艦隊司令や街の残存治安機関からは腹いせと認定された破壊活動であったが――実のところそれはまったくただの無邪気な実験であり、ヒカリと三太郎の語った 「春」 を再現しようとしたティルの茶目っ気であったのだ。
ほんの数時間ほどではあったが、春もなかなか悪いものではない、と皆も思ったし、これからほぼ一日はあの陽気に街も賑わうだろう。
「楽しいことはと美味い飯は、少しもの足りないくらいがちょうど良いんだ」
ハリマがまた、説教を垂れてヒカリに嫌がられる。
「やっぱ一本くらいがめておけばなあ」
と、玄海がくだらない欲を出して皆を引きずり回す。
「……楽しい、ですね」
相変わらずメイド服を着たままのティニーが楽しそうに笑う。買い物をする暇くらいはあったのだが、結局これが一番馴染んでいて、動きやすいのだそうだ。
お洒落については、エプロンで拘りを出していくそうである。
「もったいなかったなあ……」
玄海はまだ諦めきれない様子だ
「アタシも、ちょっと物足りないかな……」
「じゃろ? なんならいまからでもとって返して」
「ううん、そっちじゃなくてね……春、温かくて、楽しかったから」
「ああ、それの、そっちの」
「何、また機会がどこかにあるかもだぜ」
「……よし、決めた」
ぐっと拳を握り、ハリマに向き合う。
「行こう、ハリマ」
「どこへだよ」
「決まってるでしょ……春だよ」
「だって、オタマジャクシは ――春の海を泳ぐために生まれてきた存在なんだから――! 」
おたまじゃくし航海日誌 ―冬来たりなば春遠からじ― 彼女にしっぽが生えたわけ 完
おつきあい、本当にありがとうございました。
よかったら、もう一本の拙作。
夏の始まる秘密基地
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も楽しんでやってください……こっちはまだ終わってませんけどw