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第十三話 「オタマジャクシと捕物帖」

●戦場跡


 ハリマとマスターの二人が夜の通りを駈けていた。ハリマが先行し、マスターが得物を手に続く。彼らが、通りの遥か向こうに見たものは、燃え盛る炎の柱。そして、それを取り囲むように展開する三隻の飛行巡視艇。ちょうど、ティニーの家の辺りだ。その円陣の斜め上方から、遠目には小さな、漆黒のオタマジャクシが割り込んだ。「あれは……タッドポール号……玄海の船だ」

「とにかく、急ごう」

 パラパラと乾いた破裂音がリズムを添えている。そして、三たび響く爆発音。それを合図に二人が走る。そして、彼らがたどり着いた時、そこには地獄しか残されてはいなかった。


 まだ、燃え続けている家がある。完全に沈黙した飛空巡視艇が一隻。二つに折れてガレキに埋もれて煙を吹きあげていた。

その巡視艇と火災現場の周囲には、兵士達が群がり、救助活動に懸命だ。

「……玄海か?」

「いや、違う……あの旧型と玄海にこんな真似は無理だ。火力が違い過ぎる。そう、特攻でもしない限りな」

 ハリマがたばこを取り出し、残り火にくすぶる柱を、マッチの代わりにして火を点けた。

「タバコは、やめたんじゃなかったのか?」

「今はヒカリもいないからな、吸うか」

 マスターがタバコを吸わないのは、ハリマも知っている。ただ、何となく聞いただけのことだ。

「いや、いい……心配じゃないのか」

 自然と視線が足元に落ちる。何かを引きずったらしい跡。まだ赤い汚れと、泥の混じる筋。

「分からん、だが無事だと思う。玄海の首が転がっていないなら、大丈夫だろう」

「あの船……タッドポール号か、不細工な割にいい動きだ」

「脳味噌が違うらしい、ガラス瓶入りだそうだ、……ん?」

「何だ? ……装甲歩兵の胸部装甲か」

 ハリマの拾いあげた鉄の板は、大きくへこみ、それが「中身」のたどったであろう道を暗示していた。

「ひどいな……耐7の前面装甲部だろう? 巡視艇と同士討ちでもしたってのか」

「いや……よく見てくれ、何かに似ていないか、この跡は」

 それは、どことなく、握り拳に似ていなくもない。それも小さく、子供か女性のものに近く思えた。

「……さぁ?」

「そうだな、考え過ぎだ。さて、俺はあいつらを捜しにいく、どうする?」

装甲板を投げ捨て、ハリマは歩き出す。

「俺はいったん、店に戻るよ、あのままあまり長く開けてもおけないしな」

 鍵らしい鍵がかからない状態、というよりもほぼ開けっ放し同然の状態だ。この上火事場泥棒にでも入られては目も当てられない。

「わかった、じゃあ後で」

「おう」

 そこでいったん二人は別れた。


●夜を走る


 走る。ただ走っていた。夜の闇に紛れて、アスコットを背負ったヒカリとティニーが駆ける。ただ彼女達自身の足音が、彼女達に追いすがる。

「玄海……」

 ヒカリが肩越しに振り返る。背後で玄海の潜航艇と、軍の巡視艇が、激しく撃ち合っていた。……というより、一方的に撃たれているといった方がいい。かなり重装備の巡視艇に比べて、三太郎に搭載されている武装で、魚雷以外の装備は7・7ミリ砲の一門だけである。はっきり言って、何も積んでいないのと同じことだ。

「無事だといいけど……まぁあれが、腕の二本や三本とんだって、死にゃあしないと思うけどね」

 落ち合う場所は、決めてある。半刻待っても来なければ、そのときは……あまり考えない事にした。

「ヒカリさん」

 ティニーがヒカリの手を引き、狭い路地に滑り込む。彼女の意図を察して、息を潜める。思ったとおり、一足遅れて、巡回兵士の一団がすぐ傍を走り抜ける。

「……行くよ」

 一団が完全に通り過ぎたことを確かめて、静かにそこを離れた。

 そのすぐ後、彼女たちの潜んだ路地の陰から、一人の男が現れ、彼女たちのいた辺りで立ち止まった。その様子は、何かを捜している様にもみてとれが、それもほんの数瞬の事だった。懐から取り出した小さな機械に何かをつぶやくと、ヒカリたちの後を追って、闇に溶けていった。


 どれくらい走ったろう。ヒカリとティニーは既に街のはずれまで来ていた。この細い路地を抜ければ約束の場所はすぐだ。しかし、二人は歩みを緩めざるを得なかった。先客がいたからだ。

「……」

 とりあえず、害はない。暗がりで湯気を上げながら用を足している男の後ろを、足早に通り過ぎる。

 お互い、後ろめたさを抱える者同士、ヒカリは勝手に妙な連帯感を感じていた。しかし、その連帯感は彼女の一方的なものだったらしく、男の方がヒカリを呼びとめた。

「おい、そこの二人……おい」

「はっ!? はい?」

 完全に無防備だったヒカリは、あろうことか立ち止まり、振り返り、トドメに、男と目を合わせてしまった。その事で彼女を責めるのは酷というものだ。気まずい沈黙が両者の間に流れる。

「あはは……どーも……」

 よりにもよって……。ヒカリは自分の迂闊さを呪った。マニヒッチと出会うとは……臭うほどに腐りきって糸を引いているとは言え、彼もれっきとした銃持ちだ、見逃してはくれないだろう。だが、相手は一人、しかもマニヒッチだ。「まだ運は尽きてはいない」そう自分に言い聞かせる。

「きっ……貴様ら……」

「親分さん……念のため尋ねるけど、ここはの私の顔に免じて、許してくれない?」

「だっ……誰が許すか!」

 当たり前と言えば当たり前の罵声。

「さあっ! 大人しくティニーさんを解放しろっ!」「……は?」

 何か、大きな誤解があるようである。この場合、どちらがより正しいとか、そういう比較評価は、あまり意味をもたない。

「卑怯者め……女子供を人質に取るとは、外道が……よし、分かった、こうしようじゃねえか、俺が身代わりになる! だから彼女を離せ!」

「いやあのね」

「ぬう……はやり外道は外道ということか……だが外道なりに頭は切れるらしいな……確かに、有能かつ勇敢な俺を人質にするよりは無力な彼女を人質にするほうが賢明というもの……」

「もしもし?」

「あの……親分さん、これはその」

 ずれたタイミングながらも、ティニーが消え入りそうな声で解説を試みる。

「いえっ! ティニーさん、何も言わずとも……あっしが、必ずお助けします! このあっしの命に代えましても」

「人の話しは聞きなさいよおおおっ!」

 これは……しかたがない、ヒカリはティニーを抱き寄せ、「ちょっとだけごめん」小声でそう囁き、同時に首筋に刃をあてがった。無論、マニヒッチを落ち着かせるための演技である。

「わっ……分かった、話くらいは聞いてやる!」

 あからさまに動揺するマニヒッチ。だが、これでやっと会話が成立する。ヒカリはそう信じて疑わなかった。「……いい? 多分知ってると思うけど……ティニーが手配されて軍に追われているのは知っているわね?」「……当然だ、だが、私は『君のような有能な人材が、こんな小物の相手をする事はない』と、今日は休暇を頂いたのだ」

「……大変ね……でも賢明な判断……」

 この場合の判断とは、彼を捕物から外した彼の上司の判断に、他ならない。

「続き、いい? でね、ティニーが極悪非道の『黒サソリ』って事にされてる訳よ。でもそれは濡れ衣なの、分かる?」

「当然だ! 私を誰だと思っている? マルレラの街で、知らぬ者は無いと言われたミノワーノ・マニヒッチ様だぞ? ティニーさんがそんな極悪犯罪人なわけがねぇっ!」

「そう、そうなの、分かってるじゃない。でね? 私は彼女を助けるために一緒に居るの、つまり、悪いのは軍で私達は仲間で、無実の罪で追われているの」

「この期に及んでまだそんな戯れ言を……」

「本当なんです、親分さん、ヒカリさんは私を助けるために」

「……んっ? そうか……貴様の背中に背負っているのは弟さんじゃ? なるほど……分かりました、ティニーさん、そんな見え透いた嘘をつく必要はありません、あっしはすべて承知しております、そう言わなければ弟さんが殺される……なんて卑怯な」

 ヒカリは頭を抱えてうずくまりたい衝動に駆られた。だが、往々にしてこうした不運は重なり合い、繁殖を繰り返すものだ。そういった所は害虫たちに似ていなくもない。

「動くな! 賊ども!」

 軍の新手だ。よくよく考えれば、今までこれだけ騒いで気付かれなかったのが不思議と言うものだろう。「無事か? マニヒッチ!」

「せ……センの字か? いいところに来てくれた! 見ての通りだ、賊め……女子供を人質に」

「違うって言ってるでしょう!?」

 新手は十数人。遠巻きに見守りつつ、何故か近寄ろうとはして来ない。

「……じゃあその手に持っているのは何だ?……」

 冷静かつ適確な指摘を受けて硬直するヒカリ、軽率、迂闊、ここに極まった事を呪う、数瞬前の自らを。

「セントーレ……悪いが犯人を刺激したくない、皆を退かせてくれ」

「勝手に話を進めないでっての!」

 ヒカリの怒声にざわめく兵士達。逆効果だったかもしれないとは思ったが、後の祭りだ。

「……分かった、言うとおりにする。だから人質には手を出すな」

「じゃ、マニヒッチ親分さんの言うとおりにして」

 まともに会話の通じる相手が居なくなるのは惜しいが、こうなっては引き下がる術はない。成り行き、という奴だ。

「すまん、セントーレ。もしまた生きて会えたら……飲みに行こう。俺がおごる」

 一人、自分に酔いしれるマニヒッチ。歩く端迷惑、ヒカリはそう断じた。

「おめぇさんのおごりか……期待してるぜ……言っとくがてめえにくれてやる香典なんざ、びた一文ねぇぜ」「ああ……」

「死ぬなよ」

 奇妙な疎外感に悩むヒカリ。どうしてこうこの男どもは勝手に世界をつくりたがるのか。

 兵士達の目には涙すら浮かび、嗚咽を漏らす者もいる。そして一人、また一人と離れていく。最後に残ったのは、マニヒッチただ一人。

「……冷静に聞いてくれる?」

 マニヒッチはそれに答える代わりに、腰の拳銃を、投げてよこした。

「何?」

「決まっているだろう。こういうとき犯罪者は相手の得物を要求するものと相場は決まっている。それを予測した私の思考を、お前のような外道が読めないのは当然だが」

「……」

 いささか頭痛を覚えながらも、ヒカリは手を伸ばした。この男に物事を説くのは無駄と悟ったからだ。拳銃に手が届きかけたとき、予想だにしなかった、地面を蹴る音がした。

「……!」

 こんな初歩的な手にかかるなんて……得物に手を伸ばした一瞬の隙、油断という言葉では済まされない、あまりにも稚拙なミス。

「もらった!」 

 目前に迫ったマニヒッチ。その渾身の一撃をかわす術は、無かった。

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