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第十二話 「坊主と化生とオタマジャクシ」

バトル編ですが、おっさんしかいません

「ティニー……?」

 もう一度、その名を呼ぶ。ついさっきまで、二人で一緒にお茶を飲んで、お話をして――なのに――


「正気にー……返れっ!」

 ごばしっ! と玄海の分厚い平手打ちがヒカリの頬を打つ。ヒカリの生まれ持った膂力とは違い、鍛え上げられたそれは無骨で、掌と言うよりも拳のような重みがあった。

「あ、玄海、ティニーが、ティごっ」

「飲め」

 懐から酒瓶を一本取り出し、乱暴に口を切って栓を抜いて押し込む。

「気付けになったか? 落ち着いてようみい、メイド娘ならばそこにほれ、ひっかかって無事よ……はよう行ってやれい」

 錫杖の指し示す先に、アスコットらしい人影を抱えた少女が、先の恰好のままで倒れかかっていた。だが、半壊した建物はいかにも心許なく、あちこちから伸びる火の手もあって、いつどうなってもおかしくない状態となっていた。

「任せた」

 ダン、と気合いを入れてヒカリが跳ぶ。助走もなく、不安定な足場からの、下半身だけの振りで、10メートルは離れた位置に――気絶しているティニー達のそばに着地する。

「んのっ!? ちょ」

「任されたで、船長!」

 いやに気合いの入った三太郎が、マニュピレーターで腕まくりでもしそうな歓声を上げて玄海の真上に定位する。

「さ、どないしよか!」

「どないって……相手も化生やしなあ……わしの専門とちゃうで、あれ」


「ま、礼儀のないおじゅっさん」

 瞬間移動――と見まがうほどの一瞬の移動。目の前に、血染めの美女が迫り来る。

「しゃあないな……ちいとわしの説法でも……聞いてくか?」

 轟 と物凄い風切り音を立て、両の手に力を込めた錫杖を真横になぐ。間合い一閃、当たれば幸い――だが玄海には確信があった。こいつは避けない、と。力のある、またはありすぎる物の怪に多くあることだが、我が身の力を過信するあまりに、常に余裕の姿勢を崩すことが出来ない。それこそ赤子の拳を避ける必要がないかのように。

「ん、ええね、よう練っとる」

 反動がない――受け止めたならば、止めた分の反動が、相手を薙いだならば、その重みの分が手元に戻るが道理の一撃だった。

「……面妖な……」

「あなたも十分、人離れおしとおよ? 遊んどお行きい」

 左の手で、軽く添えるように錫杖――金棒と言って良いほどの太さの棍の一撃を停止させていた。「止めた」 とは言えない方法で。

そして、その言葉の終わらぬうちに、返す右手が玄海の頭部を狙って突き出されるが、それをすんでのところで躱し、右手に金輪をからめて捻り返す。テコの原理で押さえ込めば――

「あがっ!」

 自らの力で、込めた全力が逆に回転し、背中から屋根に叩き付けられる。砕けた瓦が、ミシ、ギシと背中に食い込む。合気道の要領をで、余すところなく返されたような食らい方だ。

「ちえすとぉぉーーーーーっ!」

 叫び声と共に、上からヒカリが振ってくる。ティニーは既に避難させたのか、一瞬の間に三太郎の上にまで駆け上っていたらしい。

「行儀悪い子らやねえ」

 「克!」「っ!?」「どっせーい!」

 再び、手をかざして受け止めようとしその刹那、玄海の術が錫杖から弾ける。右手にかかったままの輪が凄まじい閃光を発し、右の手首を切り落とした。そこへ、ヒカリの位置エネルギーを加えたドロップキックが炸裂し、そして予想以上にあっさりとはじき飛ばされた。30メートルは跳んだだろうか、そしてそのまま走って逃げ出した。

「え、手伝っていくんちゃうんか」

「こら驚いた」

 彼女も驚いた様子で、自らの右手を見つめている。そこへ頭上から、三太郎の操る七・七ミリ機関砲弾が降り注ぎ、先と同じ様に白煙と破片をまき散らすが、予想に反して半斉射も続かず、代わりに玄海の棍が再度斜めに打ち下ろされた。

 今度は、左肩から腕を叩き落とし、ちぎれ飛んだそれが地べたを跳ね飛ぶ。

「これで仕舞いじゃ!」と左から袈裟に叩きおろした攻撃が、今度は力に受け止められた。

「ぬっ!」

「やるじゃない……少し、驚かされたわ」

「女郎蜘蛛が、役の作りを忘れとるぞよ」

 引いても、押し込んでも、錫杖がびくともしない。背中に肩から二の腕にから盛り上がる筋肉が、僧服と袈裟をパンパンに張るほどの打ち込みも、彼女の右手の平――恐ろしいことに、先に切り落とした分がもう生えている。そして、掴んだ錫杖がぐにゃり、とオレンジ色に明るく染まり照り――そこから融けてぼたぼたと鑞のように指の隙間をすり抜けた。

「あなたたちとも遊んであげたいけど、私はあの子――私を追わなきゃいけないから、そろそろお開きにしても良い?」

「もう一席、もし何なら一献、付き合わぬか?」

「よくわかんないけど、邪魔するって言うんだ……」

「ま、そうさの」

 不敵に笑う玄海。サングラス越しでその眼差しこそ窺えないが、口元は見事笑みを保っている。


 「じゃ 死ぬかもよ?」

 「いや、そうでもないさ」 

「――?――」

 次の瞬間、玄海の姿が、上半身から闇にかき消えた。

「はや?」

 黒染めの呪符が、三太郎の下から大量にバラ撒かれたのだ。


――そして――


 「主、名は?」

「玄海坊伊予入道……そちは?」

 「蝶……いや、許す。ティルでいい」 

「逝け」

 「お見事」


 符が一度に燃え上がり……彼女を一瞬で食らい尽くした。



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