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第十話 「オタマジャクシと謎計画」

「こちらからも打って出たい……すまないが、潜ってくる。サポートを頼めるか」

 ティニー達の住む長屋から店に戻ってきたハリマは、開口一番そう言った。

「おい、おまえ……俺があっちで……! というか俺よりもお前の方がまずいだろう!」

 先に 「水晶なんてまっぴら」 と言ったマスターに、あえてサポートを頼むのには、ハリマなりにも訳がある。

彼らは潜り方を知る、人間には数少ない存在であり、潜ることをが出来なくなったとは言え、サポートを頼める数少ない存在だった。

「他に手がない、やるだけやって駄目なら直ぐに引き返す。今回で最後だ」

「くそっ、どうなっても知らないからな……だが、水晶はウチにもねえぞ? 今から入手してたんじゃ、調整も何も間にあわねえぜ?」

「それは大丈夫だ」

 懐から、ちいさな布袋を取り出す。錦の刺繍を施した、お守り袋のような小袋だ。

「いざというときのために、一個だけ残して置いた。全てが終わったら――こいつを売り飛ばしてツケと店の修理代にあててやってくれ」

 ころり、とカウンターに飴玉ほどの水晶玉が転がり出た。

「サイズは今ひとつだが――性能は姉貴の折り紙付きだ。真球率はこのサイズではほぼ最高値の99999クラス。今でもまず間違いなく、一線で通用する逸品だよ」


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「……どうだった」

 ハリマが返事の代わりに首にかけていた端末水晶の首飾りを外し、マスターに戻した。

「駄目だな、心当たりは一通り検索したが、どうにもならん。もともと情報も少ないし、結局……メインで絞れず、あても無しじゃ探しようもない」

 検索ワードも画像もなく、仮想情報空間をゆくのは、ただ漫然と辞書を眺める行為に近い。

「まぁ、期待してた訳じゃないだろう。そのペンダントの出所は洗ったのか」

 マスターが小袋に端末水晶をしまいながら言う。

「古いものらしいことは分かる。だがな、安物のガラス玉の眼に素人の手慰みとしか思えん造り、売り物ですらないかもしれんな、コレは」

 背もたれに体重をかけて体を伸ばすと、先の騒動でどこかが痛んでいたか、もともとボロだったのか椅子がギシギシと嫌な音をたてた。

「俺が行こう。サポートを頼む」

 マスターがいったんしまったハリマの手から水晶を取り出し、自分用の椅子を引き出そうとした。

「どこへ? あてはあるのか」

「気になる事があるんだ、色々。あまり帰りたくはない所なんだが」

 顔には、明らかにためらいが浮かんでいた。昼間、ヒカリに見せたものと同じ表情だ。

「おい、まさか」

「ああ、今度は……俺も潜る……ちょいと真剣にやらなきゃあならんがな。何せ俺らの古巣とは言え、改築されてないともかぎらんからな」

 マスターが笑いながら水晶を自分の首にかけようとし、ほんの一瞬躊躇したところで、ハリマの手に奪われてしまった。

「おい」

「いいよ、無理すんな……一度耳も目もやっちまったあんたじゃ、潜るのは危なすぎる」 

 水晶を袋に戻し、「この話はもうここまでだ」 と、袋の口をきつく締める。

「……すまない」

「あんたが謝ることじゃねえよ……謝るのは本来、俺と、姉貴の始末なんだからな」

 研究室にいたハリマの姉はともかく、当時まだ配属されたての下級士官だった二人に、始末を取れるような肩書きはなかったのだが、彼は身内なりの責務として、姪のヒカリと、周りの人間達に対して彼なりの責を負うつもりでいた。景気が悪い悪いと愚痴りながらもこのマルレラを離れなかったのも、不器用だからと小賢しく飾った理屈をつけて便利屋紛いの探偵業を営んでいるのも、どちらも彼なりの正義感と義務感があったればこそ、であった。


「まあ……どちらにしろ連続で潜るなんざ生身じゃ無理だ。ちょいと考え方を変えてアプローチしてみようぜ……」

 マスターが、いつもなら酒を注ぐ器に煎茶を入れながら次々湯飲みを並べる。

「どこもかしこも、今時は情報の山になって、かえって探しにくくなってるってのもあるが……逆に言ってみりゃ、誰でも知ってるようなもんがひっかかってこねえ、ってのは妙じゃねえか? ……そうだな……下町にお貴族様がいねえのはいつものこととして、人っ子一人いなかったら、おまえはどう思うね」

 マスターの迂遠な例えに、どうも素直に返事を続けかねる。

「つまりだ、『ファルシオン』 は存在しないってか?」

「間違いではないが、全くの正解という訳ではないみたいだな」

 そこで一旦言葉を切って、汗を拭う。そして、マスターの注いだ湯冷ましを飲み干す。冷えているとは言いがたいそれが、今は喉に優しく心地よい。


=====================================================================



「じ……人造水晶ですか?」

 思わず声を荒らげる。だが、当の艦長は涼しげな顔で玉露をすする。

「ああ、そうだ。そんなに驚くような事か」

「そう言うな、ホフレン。それって軍事機密になるんじゃないか、一応」

「うむ、まぁそうだな、だが、少し考えれば、別に驚く程の事でもあるまい。軍用艦の性能を格段に向上させる記憶水晶……だがその需要に対して、供給量はあまりに少ない……お茶、お代わり」

 艦長が空の湯飲みをドーノットに渡す。ドーノットはお茶を注ぐ代わりに、大きな保温ポツトを渡してよこした。

「考えないほうが不思議というものだ、もともと記憶水晶自体、超古代文明の遺産という説が有力だったんだからな。まぁつまり、人が造った物に変わりはないという事だったんだが」

 そこまで聞いて副長はある事実に思い当たった。それは常々彼が疑問に思っていた事だ。これまで幾度となく尋ね、そしてその都度 「趣味だ」 の一言ではぐらかされて来た疑問。今問えば、艦長の話の腰を折ってしまう、それは分かっていた。だが、彼は自分の気持ちを押し留どめることは出来なかった。


「それは……この艦に 水晶が搭載されていないこと と何か関係があるのですか?」


 だが、艦長はその問いを予想していたかの様に平然と、ポツトから副長の湯飲みに、次いでドーノットの湯飲みに残りをつぎ足し、最後に自分の分を終えて、一息おいて、答えた。


「……ある」


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「……ないって?」

「そう。つまり、導かれる推論の中で、最も可能性の高いものは、それだ。『ファルシオン』 は確かに存在する。それは疑いようもない。同時に 『ファルシオン』 に水晶から接触出来ない事も確認済みだ」

「……要するに 『ファルシオン』 には記憶水晶が搭載されていない……何故だ?」


「確かに 『ファルシオン』 は軍のデータ内部に情報を有し……いや、残していない。勿論、記憶水晶との接続もない。要するに 『ファルシオン』 は公式には軍に所属していない事になる。そして同時に、駆逐艦以上のサイズの軍用艦で記憶水晶を搭載していない艦船は存在しないはずだ」


「だが 『ファルシオン』 は確かに存在していた、それは誰もが知っている事だ。何より、俺達が動かしてた船なんだからな……もし仮に 『ファルシオン』 が何らかの原因で沈んだとしても、情報そのものが抹消される必要は無い。特務行動に従事した大戦中でさえ、それは例外ではなかったのだから」

 

 客のいない店内に、外の喧噪だけが静かに響く。その音に混じって、巡視艇のエンジン音が彼らの頭上を過ぎて行く。ハリマはマスターの言葉を聞き流し、視線を店の屋根にそらした。玄海の壊した屋根と壁は未だに直らず、美しくも紛い物の夜空を映している。二人は、無意識の内に結論へと至ることを拒んでいた。そして、それは確実に彼らの判断を鈍らせていた。


「低いな」

 通常、巡視艇は街の天井にあたるスカイシートぎりぎりを航行するよう規定に定められているが、天井に衝突する危険を嫌う新米や、怠け癖のある飛航士が中層を航行することは別に珍しいことではない。

「そうだな」

 だが、この巡視艇――実は先行偵察を兼ね、それもまさかヒカリ達の元へ向かっていたとは、神ならぬ身の、彼らの知る由も無かった。


「もう少し、範囲を広げてみようじゃないか……もう一つ、俺達が探って、やっぱり引っかからなかった 『第七研究所』 はどうだった?」

 マスターが湯飲みを一つ、施設に見立ててか離した位置に置く。

「べらぼうに有名な都市伝説級の秘密施設様ではあるがな、建前としても伏せてるのはまあ、おかしなことじゃないだろうさ」

 事実、ガル・タイトの有する諜報機関ル・ミノタイト・アインも、極秘機関として世界一有名になりながら、検索結果には決して引っかからないという――敵対国、現休戦中のアラクシア連邦の方で潜ってすら検索不能な、それゆえにまた有名になるという、珍妙な存在になっていた。


「計画は頓挫した筈だ」

「そう、もともと悪魔が盗みだし、人に下賜した神の技だ。人が手にして御しきれるものか、だが……」

 結論は恐らく一つ。だが、二人ともその結論に至る扉の前で悩んでいた。踏み出すべきかと。

 だが、退くべき道はもうなく、そして同時に、扉の向こうに何があるかを二人は知っていた。

「……人造水晶移植計画……? それがどんだけくだらない馬鹿な都市伝説か、それは俺達が一番よく知ってるだろ?」

「『ノートゥング』 なんてご大層な名前を冠しちゃいたが、結局のところは最終的に、既存の巡洋艦と戦艦を片っ端からかき集めて、とろくさいだけの戦列艦のケツを吹っ飛ばした――ただそれだけのことだ」

 ハリマが吐き捨てるように言う。

「…… 『ノートゥング』 とは単なる神話の固有名詞ではない。いや、むしろ呪われた名だ」

 天だが井の穴から迷い込んで来たホタルクラゲを、うるさそうに手で追い払いながらマスターが言った。

「勿論、一般戦史に言う大戦最後の作戦という評価も間違いではない。だが、『ノートゥング』 の真の意味を語るものでもない、おまえの言うとおり、力押しでデブ介どものケツを蹴っ飛ばして、こっちもボッコボコに殴り返されたっていう、心底くだらねえ喧嘩に終わった話だ……信じられんくらいの金と命を、裏路地のドブからそのまま海に流す勢いで垂れ流してな……ま、調べるだけ無駄だ」

「何が言いたいかよく分からんぞ」

 拗ねたようにぼやくハリマ。

「でだ、その素晴らしく有名な大型の粗大ゴミこと研究施設様だが――今じゃどうなってるかというと」

「知ってるさ、あれ以降大半ほったらかし、首都からも離れて、元々士官様の居住区だったところと領主様が良い所から先に押さえて、高級アパートに変えちまったからな。もっとも、お偉いさん向けの居住性なんざ無視して作ったところも多いから、隅の方なんか俺達が勝手に巣を作ったこともあったけどな」

 雪風亭のある港と違い、元々街の制御区や動力の中心を要する一体である。主動力供給からも近い分、ガスが途絶えたり熱のロスも少なく、比較的温暖なところもある一等地だ。こちらは、逆に港から吹き込む風と冷気で、天然の冷蔵庫といった風情だ。早々と街をゆく喧噪もまばらになり、ホタルクラゲも、自分達のねぐらへと帰って行く。

「じゃあ、そっちから探っててみようじゃないか? ってことさ」


「私も、手伝いましょう――身体を動かすことが出来なくて、暇を持て余していたところなのです」


 突然、眠っていたとばかり思っていた三太郎が声を発し、カウンターに小さなオタマジャクシを立体に投影する。

「き、器用なもんだなお前」

「たいして高度な技術じゃありませんよ、何千年も前から、幻灯機や映写機を複数、置き、角度を変えるだけで出来るようなことです……あまりに私のことを皆さんが無視し続けるので、ちょっと悪戯に照らしてみただけです」

 意外に寂しがりというか、人間くさいところの強いナビだな、と苦笑せざるを得ない。

「まあ、もしおまえが潜れるっていうんなら百人力だ、頼むぜ三太郎」

「お任せください」


 それからの調査は――色々なことが馬鹿馬鹿しくなるほどに圧倒的で、一瞬。というより、仮にそれに気付いていればハリマ達でも直ぐに見付けられル場所に転がっていた。ぶっちゃけ、せっかくの三太郎の助力も、その百人力の一部も発揮しないうちに終わってしまったのだ。

 サボりついでに手を出してきた玄海が、彼らと水晶のフィールドににひょいと触れた拍子に画像認識が乱れ、それを戻してふと、何気なく目をやったそこに、「それ」 は掲げられていた。潜った先だが――あまりに浅い位置にあるため、まさか? と思うことすらなくスルーしてしまっていた。

 おそらく、場所としては――研究所か領主の作業場どころか――その作業員か使用人すら溜まり、気軽に触れられそうな場にあった。


 それは、ある新聞社が、『明後日』 発行することになっている 『号外』 という珍妙な代物だった。

重大な事件が起きることが予見されている場合には、そういうことま希にはあるのだろうが……。

しかし、そこに記されている内容はそうした性格の物ではなかった、むしろ突然に起こる事件――いや、起きる事が決定している事件だ。

「おい、これは」

「……くそっ! なんてこった。まさかこんな場所にデカデカと載ってるのにも気が付かないとは!」

 ハリマが歯がみして悔しがる。

「玄海! 今暇だな!? ……三太郎は動くか?」

「まぁ、暇と言えばな……三太郎の修理も応急処置は一通り、ってとこだ……んっ? 」

 その時、ハリマの他に客の居ない店内が、微かに震えた。ガラスの器たちが小気味よい音をたててそれを伝える。 付近の家々のドアが、続けて開く気配がする。

「地震か? ……まああと10分もあれば、エンジンと浮遊機関の試運転だって出来るだろうよ……祝いに一杯奢ってくれる、というんなら喜んで付き合うが?」

「いや……違う……それどころじゃ……」

 忘れかけていた、彼らには懐かしい音の響き。そして、再び届く震動。間違いようもない。

「こいつぁ……三太郎のご同輩どもだな、回しが高いぞ?」

「……しまった!……とにかく話は後だ! 今すぐそっちもエンジン回して……ヒカリ達のもとへ向かって三人を連れてきてくれ。俺は、先にいってる!」

 言うがはやいか、自らの得物とコートをひっつかんで走り出す。

「待て、俺も行く」

 マスターも、慌てて彼に続いて店を飛び出す、が 「……っと玄海、出るときに店にぶつけんなよ?」 と、釘を刺すことは忘れない。

残された玄海は


「いかんと、本気で怒るだろうなあ……」

 と、あまり乗り気でない様子で、やれやれと酒を注いでいる。だが、それを無視して、三太郎が自発的にエンジンを入れてしまった。

ドドドドッ、ドドドドドド……と、気持ちのいい音を立ててシリンダーが律動する。

「快調です、油が新しいと良いですね、船長。暖気はなしでやれそうです……3分でいけますから、その一杯だけにしてくださいね」

「ほんと、優等生だのうお前は……」

 皮肉を言いつつも乗り込む玄海、なんだかんだと言って腐れ縁の長い付き合いだ……


「ま、見捨てて生き残られたら、あとで面倒だからな。行こうかの、三――おまえにちなんで、今回のお布施も、それでよかろ」

 誰も居なくなった店のカウンターに右手を振り、ゆん手で酒瓶をみっつほど掴み――そのままゆるりと艇によじ登った。


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