第四話「仮想V世界」
「……何ィ……?」
彼女──氏神鈴奈──はその場に立ち尽くしたままつぶやいた。さまざまな考えが脳裏をめぐる。
「くそっ!! 訳わかんねぇ!!」
そうとだけ吐き捨ててその場から走り去った。
風が吹き抜ける。一面が荒野。一部砂地。奥に岩山。曇り空。どこか涼しい。遠雷が聞こえる。
「……ここは……?」
やっと声をしぼりだしたオレは気づく。
「そして何だこの格好はぁぁ!?」
制服を着ていたのに! 何だこのゲームとかマンガっぽい服装は! 待て、待て待て。
……もしかして、本当に異世界に来ちゃった……的な?
まさかな。
「でもここ……来た事あるような。こういうの何だっけ、デジャヴだ」
風が吹き抜ける。
「…………」
どうやって帰んの?
いや、氏神いつもここ来てるなら帰れるんだろうけど、一体どうやって? 氏神はここに来るのか? つかここどこだ? 氏神って、何だ?
オレは遂に叫びだす。
「わかんねえぇぇえ!! ……え?」
「ヴーヴヴー」
後ろからいやな気配がする。いやな唸り声が聞こえる。オレは後ろを見た。犬だ。犬だが、明らかに改造されているような雰囲気をかもし出している。オレは走り出した。
「何だこの犬うぅぅ……!!」
畜生! 近所の犬に追いかけられてるってレベルじゃねーぞ!
オレはまっすぐ走り続けていた。しかし。だめだ、これ以上いけない──そう思った瞬間、オレは盛大に躓いた。その上を犬が飛び越える。悪運強いな……オレ。犬は急停止し、オレのほうを向いた。
……どういうことだ? 何で……あの先は行けないってわかったんだ? 同じように荒野が見えてるのに。意味が分からん! やっぱオレ、ここに来たことあんじゃね? ……ないか。
そこまで一瞬で考えた時、犬が再びオレに向かって走り出した。それのリアクションをしている途中、オレは襟首をつかまれ、後ろへと投げ飛ばされた。
飛びながらオレは心の中で叫んだ。今度は何だ!
「ぐぅ……」
大きな音を立てて地面に叩きつけられるオレの体。オレはゆっくりと正面を見る。
「あっ。う、氏神ぃ!?」
間違いない。服装は制服じゃなくて全然違うが、氏神鈴奈その本人だ。彼女はオレをにらみつけていた。オレは口をあんぐりとあける。犬もいないぞ。オレはそのまま、氏神がこっちに歩み寄ってくるのを見ていた。
しかし、そのまま氏神はオレの胸倉を掴み、オレに罵声を浴びせかけた。
「このクソヤローがァァ!! さっさとあれを返せばこんな事ならなかったんだ!! ここは素人凡人が生きて帰れるような場所じゃねーんだよ!! それにテメーのせいであたしまで面倒な事になっちまったじゃねぇか! おい!!」
彼女はそこまで吐き捨てるとオレを地面に放り投げ、舌打ちをした。
「す、すまん……。とにかく、どういうことか教えてくれよ。……ここは何だ? お前は一体何だよ?」
氏神は大きく息を吐き出しつぶやいた。
「ドクソヤローが……」
「ここはソウル・サエティか? それともサイレン世界か?」
「なわけねぇだろ」
「…………」
その言い合いの後、一呼吸置いてから彼女は説明を始めた。
「ここは現実の異世界、バーチャル世界。人によって創り出された世界だ──」
バーチャル世界──仮想V世界は、政府によって創られたコンピューター上の世界。何を目的に創られたかは政府の一部の人間しか知らない。また、この世界の存在も、一般には知らされていない。
このV世界に出入りする事を許可されているのは"VR"と呼ばれる者のみだ。彼らに課せられた役割は大きく二つある。
「──まず一つはV世界の欠陥を探ること──」
V世界もプログラムされたものに過ぎないため、欠陥がおきる事が有り得る。なので実際にV世界の中に"VR"を送り込み、チェックしているのだ。V世界の欠陥は"VR"は本能的に分かるようになっている。──たとえば、さっきオレが本能的に「行けない」と理解したのはフィールドの設定がそこだけ抜け落ちていたからだった。ゲームなどで、キャラが見えない壁にぶつかるのと同じことである。
「──二つ目は、バグ(エラー)の処理──」
プログラムのバグは、V世界内ではモンスターとして実体化する。それを戦闘要員でもある"VR"が処理するのだ。
「──この二つがあたしの役目。"VR"の証明としてあの首飾を肌身離さず持ってねーといけねーんだがな……。何で持ってた?」
真顔で聞いていたオレは、いきなり質問され慌てて答える。
「え? あ、いや、お前がやっつけた二人のそばに落ちてて……」
「ちぃ……そういうことか。とにかく、あたしは非常用の首飾でこっちに来たんだ。バグに遭遇したら一週間も守れるか分かんねーぞ!」
「い、一週間?」
「"VR"は二ヶ月に一度、一週間任務に着くんだ。その間、現実世界では"行方不明"の扱いになる」
だから行方不明の噂があったのか……。
「それにお前はな!」
氏神はオレを指差した。思わず身構える。
「あたしの首飾でここにいるから、"認証エラー"として常にさっきみたいなパト犬に追われちまう──パト犬ってのは現実の警察みたいなやつだ」
「マジかよ……。あ、さっきの犬は?」
「斬った」
な……に? 氏神は当たり前のように続ける。
「斬ったら消えるからな」
「いや、良いのかよ? 警察だろ?」
「パト犬なんていくらでもコピペ出来るから大丈夫だ。ああ、そうだ」
氏神は改めてオレに向き直った。
「あたしたちもここで死んだら消える。現実からも、V世界からも」
「は……」
「もっと言えば、あたしたちは今、政府の奴らに命握られてんだよ」
「そ、そんな……」
そんなオレに、氏神が信じられない事を言う。
「大丈夫だ。安心しろ、あたしが死なせない」
そう言って、氏神はニッと笑った。氏神が……笑った……。"女帝"氏神が?
「氏神……お前、笑えんじゃん。それに良く喋るし、学校とは大違いだな」
オレがそう言った途端、彼女は顔を赤らめてもとの顔に戻る。
「なっ……んな事ねぇよ! だまれ!」
そんな氏神を見て、オレは小さく笑う。
「でも、何でオレを守ってくれるんだ? オレのせいなのに」
「誰でも目の前で人が死ぬのは嫌だろーが! それに、お前の家族もいる」
「お前って、ほんと優しいんだな」
オレは改めてそう言った。いや本当にそう思う。でも氏神は恥ずかしがり屋だから、
「うっさい!」
こう言ってしまうんだな。なんだか、氏神が無口なのも分かった気がしなくもない。
「でも何で政府に協力してんだ? こんな身の危険を冒してまで……」
オレの言葉に、少しだけ氏神の表情が硬くなる。
「協力……? 協力なんてしてるつもりはねぇよ!」
「えっ? でも──」
「あたしは……──秋山ァ! 後ろォ!!」
突如氏神が叫んだ。背後から機械音声が聞こえる。
「特別捕縛者検索完了。自動削除プログラムヲ実行シマス……」
何だ──?
「くそっ! 動くなよ秋山!!」
その声が聞こえたすぐ後、剣と鉄が交わる音が響く。
見ると、氏神が手持ちの剣で、振り下ろされていたその化け物の腕を受け止めていたのだ。その体勢のまま、氏神が口を開く。
「何だコイツ……!! 政府の奴……何しやがった!」
次回予告:二人の前に現れたものの正体は一体!?




