夜空を縫う仕立屋と、お月さま
夜空に月が生まれる前のおはなしをしましょう。
西にある海辺の国の王さまが、世にも美しいむすめを后にむかえ結婚し、すばらしいうたげを開きました。おまつりは十日間もつづき、お后さまはまいにち新しいドレスに着がえました。国中の人々がかわるがわるかけつけ、王さまのりっぱさ、お后さまの美しさをたたえました。
ですが、たのしい時間はやがて終わるもの。うたげの日々がすっかりおわると、お后さまはたちまちふさぎこんでしまいました。夜ごとしおさいに耳をかたむけ、消えゆく波うちぎわをながめてはため息をこぼすお后さまに、王さまはやさしく声をかけました。
「どうしてそんなに元気がないのかね? われわれは結ばれたばかりだというのに」
「だって、王さま」
お后さまはかなしげに言いました。
「結婚のうたげが終わってしまったら、まいにち同じドレスですの。もうだれもあたくしを美しいとは言ってくれなくなったわ」
「あなたはいつも美しい。城のみんなからもひょうばんだぞ」
「いつも美しくたって、かわりばえがしなかったら見あきてしまうわ。そうしてお城の中で年をとっていくのだわ」
「年をかさねるごとに深まる美しさもあるよ」
「花にはさかりがあるものです。かれ落ちた花をめでるものはいません」
そうしてお后さまはさめざめと泣くのです。
きっと、ふるさとをはなれて心ぼそくなったのだろう。王さまはそうかんがえて、夜空にむかって手をひろげました。
「ほら、海ばかりのぞきこんでいないで、夜空を見あげてごらん。あの星々はいつもかわらずきれいだろう。私にとってあなたの美しさは、あの星空とおなじものなんだよ」
目をまんまるにしたお后さまのほほを、ながれ星のようななみだがぽろりとつたいました。
「それはほんとう? あたくしの美しさは星空にならぶのかしら」
「もちろん、そうだとも」
王さまが大きくうなずくと、お后さまは急きこむように言いました。
「なら、あたくしに夜空のドレスをくださいな。夜空のドレスを着たあたくしが本当にきれいなら、あたくしの美しさもきっと永遠だわ」
王さまはさっそく国でいちばんの仕立屋を呼びつけ、夜空のドレスを用意するよう言いつけました。仕立屋は大弱りです。
「さて、こまったぞ。今までいろんな布を縫ってきたが、夜空なんてさわったこともない。どうやって夜空をとってくればいいんだろう?」
すると、星占いのおばあさんが言いました。
「夜空の果てに行けばいい。さいはての地なら、夜空に手がとどくから、ごじまんのはさみで断ち落とせるよ」
「このはさみで、夜空を切りとれるのかい?」
おどろいた仕立屋が愛用のはさみを取りだすと、おばあさんははさみにまじないをかけました。するとはさみはぴかぴかとかがやきます。
「星のまじないが、あんたを東の賢者さまのところまでつれて行ってくれるよ」
こうして仕立屋は、いままで取りあつかった布地の見本帳をせおい、あいぼうのはさみを腰にさげて、旅にでました。
海峡のむこうの町では、青銅のうつわからたちこめるけむりのにおいに、頭がいたくなってしまいました。仕立屋は見本帳の布をちょっと切りとり、口をおおって町をぬけました。
天をつく柱のならぶ道を歩いていると、なつめやしのかごを頭にのせたむすめがいました。仕立屋は見本帳の布でバラの花かざりを作り、むすめにやりました。するとむすめはお礼になつめやしを分けてくれました。
川ぞいの町には、丸屋根の図書館がありました。仕立屋は賢者さまを探しましたが、図書館のひとびとは「東の果てに賢者さまはおられる」と言うばかり。仕立屋は図書館をはなれ、大きな川をわたりました。
山をのぼると、そこから先は見わたすかぎりの砂ばくです。砂ばくの入りぐちの町の市場は大にぎわいで、きれいなおり物も宝石もありました。おり物は気がとおくなるほど細やかなもようで、宝石は目がくらむばかりのかがやきです。
仕立屋はつかのま、ここで仕入れたおり物に宝石を縫いつければ、夜空のドレスができあがるのではないかと考えましたが、やはりそれはにせものだと思い直しました。のこった見本帳の生地を縫いあわせて丈夫なマントを作り、砂ばくへ向かいました。
砂ばくの旅はかこくでした。昼はあつく、夜はさむく、皮ぶくろのみずはあっというまになくなります。あるかどうかも分からないオアシスをたどり、仕立屋は砂ばくを東へ東へとすすみます。
日がしずんでしまうと、あたりは真っくらになります。前もうしろも、右も左も、一面の砂の世界です。仕立屋は、自分がどこから来て、どこへ向かうのか、分からなくなりました。とうとう砂の中にたおれた仕立屋は、目をつむってつぶやきます。
「ぼくはなんのためにここに来たんだろう」
のどはからから、足は棒のよう。からだ中がいたみます。ふるさとは遠く、仕立屋はひとりぼっちでした。こんなに苦しい目にあうのは、いったいどうしてでしょうか。
「王さまにたのまれたからだろうか。お后さまが着かざりたがるからだろうか。占いばあさんにでたらめを吹きこまれたからだろうか」
しかし、仕立屋はふしぎと彼らをにくむ気分になれませんでした。砂にごろりところがり、目をあければ、空には満天の星。星の並びは、すすむべき東の方向を教えてくれました。あいぼうのはさみを星空にかざせば、星に負けないくらいきらきらとかがやきます。
仕立屋はつかれきった体をふるいたたせ、立ち上がりました。とにかく、東に進むしかありません。マントの前をしっかり合わせて、仕立屋はふたたび歩き出しました。
とうとう東のみやこが見えたとき、西の海辺の国を出てから、何年もたっていました。
東に住む人々は、言葉も服も、なにもかもが西とはちがっていました。仕立屋は賢者さまをさがしますが、なかなか見つかりません。
みやこを過ぎてさらに進むと、海に行きあたりました。仕立屋はがっかりしました。東の果てまで来ましたが、夜空のはしっこは海の上にありました。どうやら断ち落とすことはできなさそうです。
仕立屋はとぼとぼと海辺を歩きました。打ちよせる波は、ふるさとの西の海とおなじ色で、おなじ音をたてます。しゃがんで指をひたし、なめてみると、やっぱり塩からい味がしました。
ふと磯のほうを見ると、大きな岩の上で老人が釣り糸をたらしていました。ひとりきり、なんとなくさびしそうに見えます。仕立屋はおじいさんに近づいてみました。とはいっても、東のあいさつの言葉がわからなかったので、岩のそばに寄るだけでしたが。ところが老人が「こんにちは」と言ったではありませんか。仕立屋はびっくりしました。
「おじいさんは、西の言葉が分かるのですか」
「すこしだけ」
そうしておじいさんはくしゃみをしました。はな水がたれて、さむそうです。仕立屋は、すっかりかるくなった見本帳を取りだしました。わかいころ、はじめて縫った布地が一枚のこったきりでした。仕立屋はそのさいごの一枚を切り取って老人に差し出しました。
「これで鼻をかんでください」
老人は布地を受けとって、おもいきり鼻をかみました。
「ああ、すっきりした。ありがとう」
ちょうど折よく、釣り糸がぐんっと動きました。魚がかかったのです。魚を釣りあげると、老人は上きげんで言いました。
「きみのおかげで調子がよいようだ。なにかお礼をしなくてはな」
「それなら、賢者さまがどこにいるか教えてもらえませんか」
老人は仕立屋をしげしげとながめ、大岩から下りてきました。
「どうして賢者とやらを探しているのかね」
仕立屋が、旅の目的をすっかり話すと、老人はじっと考えこんでから「ついてきなさい」と言って、海辺を歩きだしました。
磯に足をすべらせないように、ふたりはゆっくりと歩きました。カニがあちこちを歩き、磯だまりには小魚のかげがちろちろと銀色に光っています。丘に上がると、なだらかに広がる水平線がよく見えました。老人はのんびりとした足取りのまま、森に入りました。葉かげのあいまから日のもれる、あかるい森でした。やがて池のほとりの開けたところに出ると、老人はおもむろに口を開きました。
「わしは賢者というのは知らないが、夜空を切りとる方法なら知っておる」
「本当ですか」
おどろく仕立屋に、老人は池のほとりの桃の木を指さして見せました。
「あの木になる桃をとってきたら、夜空をとってこよう」
「おやすいご用です」
仕立屋が桃の木へかけよろうとするのを、老人は手を引いてとめました。
「まあ、さいごまで聞きなさい」
いさみ足の仕立屋がくるりと老人に向きなおると、老人は仕立屋の両肩をがっしとつかんでたずねます。
「きみにとって夜空を手にいれるというのは、命をかけるほどたいせつなことなのかね」
「命をかけるというのなら、ここまで来るのだって命がけでした。王さまの命令だからってだけでない。お后さまのためだけでもない。ぼくじしんの誇りのために、仕事をやりとげたいのです」
老人はおおきくうなずき、仕立屋の肩から手をはなしました。
「よろしい」
桃の木のてっぺんに、ひとつだけ実がなっています。やけに背の高い木でした。仕立屋はマントをぬぎ、そでをまくって、枝に手をかけます。
下の枝から次の枝へ、そしてまたその上へ……のぼるごとに体が重くなります。仕立屋は息を切らしながら、てっぺんの桃をもいで老人に投げました。
木から下りてみると、どうしたことでしょう。仕立屋の手はしわくちゃになっていました。あわてて池をのぞきこむと、水面にうつっていたのは、さっきの老人とそう変わらない年のおじいさんでした。仕立屋は、桃の木をのぼっておりるうちに、すっかりおじいさんになってしまったのです。
「これはいったい、どういうことですか」
仕立屋が老人につめよると、老人はぺろりと桃を食べて言いました。
「これは珍しい桃で、食べると寿命がのびるんだ。木のまわりの時間の流れがふつうとちがっていて、一枝のぼるごとに十年がすぎる。そのくせ、のぼったものしか実を取ることができないときた。だからきみに取ってきてもらったというわけだよ」
仕立屋はがくぜんとしてくずおれました。手も足も枯れ木のよう。あたりを見まわせば、ほんのすこし前にはなかった木がしげっていて、池のほとりはせせこましくなっていました。
「ぼくは三枝のぼりました。ここは三十年後の世界なのですか」
「そういうことだ」
絶望した仕立屋はすわりこんで動けないまま、とうとう夜がやってきました。池の上に星がまたたき、池の水面にうつってさざめいています。夜空は刻一刻と闇をふかめ、そのぶんだけ星々が輝くのです。木々は増えましたが、夜空も池もあまり変わらず、わずかのうちに三十年の時間がたったとは信じられません。
「はさみを貸してもらおうか」
老人に言われるままにあいぼうのはさみを差し出すと、老人はふわりと天にまいあがり、夜空のはしっこをまるく切りとりました。仕立屋はぎょうてんしました。
老人は断ちおとした夜空を羽衣のように肩にひっかけ、仕立屋の前におりたちました。
「ほれ、ほしがっていた夜空だよ。用尺は足りるかね」
仕立屋の手の中にすべすべと軽い布がありました。東の人々のつかう墨よりもなお黒く、しかし、あまたの星がきらきらと輝く、まさに星空そのままでした。
「あなたは飛べるのですか」
「修行をしたのでね。世の人々には仙人と呼ばれておるが、それゆえあの桃をとることができない」
仕立屋が首をかしげると、老人はむずかしい顔で言いました。
「わしはとほうもなく長い時間を生きておる。そんなわしがたかだか三十年をささげたところで、桃の木にとってはあまり価値はないのだよ。桃の木をまんぞくさせるには、人の時間がひつようなのだ」
仕立屋は、手の中の星空と老人の顔とを見くらべました。老人はちっとも悪びれていません。それもそのはず、命をかけるのかと念をおしたうえで、こうして夜空を切りとるという、だれにもまねできない芸当をやってのけたのですから。
夜空の切れはしを持つ手に、じんわりとぬくもりが感じられました。
「まるで生きているみたいです」
ふしぎに思った仕立屋がつぶやくと、老人は深くうなずきました。
「さよう。生きているうちに、西の王へ届けてさしあげるのがよかろう。どれ、送ってあげよう」
そう言って老人はうでをひとふり。すると仕立屋はたちまち空へうかび上がり、ぴゅうっと風に飛ばされてしまいました。
ごうごうと耳をつんざく風の音がおそろしくて、仕立屋はかたく目をつむっていましたが、こわごわ下を見ると、どこまでも暗闇が広がっています。これまでの旅でとおりぬけてきたはずの、山も、谷も、森も、砂ばくも、川も、海も、何も見わけることができません。時おりビュンとすぎていく光は、町あかりでしょうか。
仕立屋は老いていたむ体をくねらせ、上を向きました。こんなにはやく飛んでいるのに、満天の星はすこしも動かないのが、ふしぎでなりません。じっと仕立屋を見つめる星々をながめるうち、仕立屋はとろんとねむくなってきました。目をつむっても、まぶたのうらには星が見えました。やがてねむってしまっても、仕立屋はうでの中にしっかりと夜空の切れはしを抱いていました。それはほんのりとあたたかく、みずから仕立屋のむねにしがみついているかのようでした。
仙人の風はやさしく仕立屋をおろしました。西の海辺の国についたのだと、しおさいが教えてくれました。きれいな庭にはあかあかと灯がともり、夜だというのにバラを照らしています。どうやら、お城の庭のようです。
灯をたどっていくと、庭のすみに小屋がありました。小さいけれどもりっぱな小屋です。仕立屋はとびらをたたきました。
「だれかいませんか。王さまにさしあげたい宝ものがございます」
とびらがひらき、中から美しいご婦人があらわれました。かざりけのない灰色のドレスを着て、ぼうっと立つご婦人は、たいそう疲れているようです。
「だれかしら」
「この国いちばんの仕立屋です。王さまのめいれいで、お后さまのドレスのための夜空をご用意しました」
仕立屋がこたえると、ご婦人はわっと泣き出し、うしろの石の箱にとりすがりました。仕立屋はせまいへやに目をはしらせました。石の箱はかんおけ。ここはどうやらもがりの宮のようです。
声をあげて泣くご婦人に、仕立屋はたずねました。
「どなたが亡くなったのですか」
ご婦人はかんおけから顔をあげ、仕立屋をふりかえりました。おどろいているようでしたが、やがてちいさな声でこたえました。
「王さまが亡くなりました」
こんどは仕立屋がおどろくばんでした。仕立屋が長い長い旅をしているあいだに、王さまは死んでしまったのです。そして、目の前でかなしむご婦人がお后さまであるとさとりました。
「いっこくも早く、この夜空で喪服をつくらなくては」というかんがえで、仕立屋のあたまはいっぱいになりました。
仕立屋は、大いそぎでじぶんの店にもどりました。なん十年ぶりでしょうか。お店をなつかしむこともせず、おどろきよろこぶ弟子たちの出むかえにもかまわず、仕立屋はしごとにとりかかります。すこし前までしっかりと感じられた夜空の布きれのぬくもりは、だんだんよわくなっていきました。夜空が死んでしまうまえに、なんとしてもお后さまに喪服を着てもらわねばなりません。長旅のあとだというのに、仕立屋は休まずしごとをつづけました。
やっと喪服がしあがったとき、星の光は消えかけていましたが、仕立屋はやせおとろえた足ではしって、お城に届けました。
「ああ」
夜空の喪服を手にしたお后さまはためいきをつきました。せっかくの星々が死にかけていたからでしょうか。いいえ、ちがいます。
「星も王さまの死をかなしんでいるのね」
お后さまはさっそく夜空の喪服にきがえて、王さまのかんおけを抱きしめました。夜空の星の光がすっかり消えてしまうまで、お后さまはずっとかんおけを抱きつづけました。仕立屋もお后さまを見まもりました。
夜空の喪服は、やがて星の光をうしないました。星々が死んでしまったのです。まっ黒になった喪服は、お后さまのかなしみをうつしているかのようでした。お后さまの流したなみだがしんじゅになって、星々のかわりに喪服をかざりました。
その夜、仙人が切りとってぽっかりとあいた夜空の穴から、まるくてやさしい光がふりそそぎました。まるで、しんじゅのようでした。死んでしまった王さまと星々を、神さまがとむらおうとしたのでしょうか。やさしい光は、かなしむお后さまと、つかれはてた仕立屋にもとどきました。
その光は朝な夕なにかたちをかえては、人々を照らしました。今では月とよばれている、あのやさしい光です。
月のうつくしさにふるえたことはありませんか。それは、お后さまの美しさがあなたのむねによみがえるからでしょう。
月をみると元気づけられることがありませんか。それは、仕立屋の誇りがあなたをふるいたたせるからでしょう。




