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夜空を縫う仕立屋と、お月さま

掲載日:2026/01/13

挿絵(By みてみん)

 夜空に月が生まれる前のおはなしをしましょう。


 西にある海辺の国の王さまが、世にも美しいむすめをきさきにむかえ結婚し、すばらしいうたげを開きました。おまつりは十日間もつづき、お后さまはまいにち新しいドレスに着がえました。国中の人々がかわるがわるかけつけ、王さまのりっぱさ、お后さまの美しさをたたえました。

 ですが、たのしい時間はやがて終わるもの。うたげの日々がすっかりおわると、お后さまはたちまちふさぎこんでしまいました。夜ごとしおさいに耳をかたむけ、消えゆく波うちぎわをながめてはため息をこぼすお后さまに、王さまはやさしく声をかけました。


「どうしてそんなに元気がないのかね? われわれは結ばれたばかりだというのに」

「だって、王さま」


 お后さまはかなしげに言いました。


「結婚のうたげが終わってしまったら、まいにち同じドレスですの。もうだれもあたくしを美しいとは言ってくれなくなったわ」

「あなたはいつも美しい。城のみんなからもひょうばんだぞ」

「いつも美しくたって、かわりばえがしなかったら見あきてしまうわ。そうしてお城の中で年をとっていくのだわ」

「年をかさねるごとに深まる美しさもあるよ」

「花にはさかりがあるものです。かれ落ちた花をめでるものはいません」


 そうしてお后さまはさめざめと泣くのです。

 きっと、ふるさとをはなれて心ぼそくなったのだろう。王さまはそうかんがえて、夜空にむかって手をひろげました。


「ほら、海ばかりのぞきこんでいないで、夜空を見あげてごらん。あの星々はいつもかわらずきれいだろう。私にとってあなたの美しさは、あの星空とおなじものなんだよ」


 目をまんまるにしたお后さまのほほを、ながれ星のようななみだがぽろりとつたいました。


「それはほんとう? あたくしの美しさは星空にならぶのかしら」

「もちろん、そうだとも」


 王さまが大きくうなずくと、お后さまはきこむように言いました。


「なら、あたくしに夜空のドレスをくださいな。夜空のドレスを着たあたくしが本当にきれいなら、あたくしの美しさもきっと永遠だわ」




 王さまはさっそく国でいちばんの仕立屋を呼びつけ、夜空のドレスを用意するよう言いつけました。仕立屋は大弱りです。


「さて、こまったぞ。今までいろんな布を縫ってきたが、夜空なんてさわったこともない。どうやって夜空をとってくればいいんだろう?」


 すると、星占いのおばあさんが言いました。


「夜空の果てに行けばいい。さいはての地なら、夜空に手がとどくから、ごじまんのはさみで断ち落とせるよ」

「このはさみで、夜空を切りとれるのかい?」


 おどろいた仕立屋が愛用のはさみを取りだすと、おばあさんははさみにまじないをかけました。するとはさみはぴかぴかとかがやきます。


「星のまじないが、あんたを東の賢者さまのところまでつれて行ってくれるよ」


 こうして仕立屋は、いままで取りあつかった布地の見本帳をせおい、あいぼうのはさみを腰にさげて、旅にでました。




 海峡かいきょうのむこうの町では、青銅のうつわからたちこめるけむりのにおいに、頭がいたくなってしまいました。仕立屋は見本帳の布をちょっと切りとり、口をおおって町をぬけました。


 天をつく柱のならぶ道を歩いていると、なつめやしのかごを頭にのせたむすめがいました。仕立屋は見本帳の布でバラの花かざりを作り、むすめにやりました。するとむすめはお礼になつめやしを分けてくれました。


 川ぞいの町には、丸屋根の図書館がありました。仕立屋は賢者さまを探しましたが、図書館のひとびとは「東の果てに賢者さまはおられる」と言うばかり。仕立屋は図書館をはなれ、大きな川をわたりました。


 山をのぼると、そこから先は見わたすかぎりの砂ばくです。砂ばくの入りぐちの町の市場は大にぎわいで、きれいなおり物も宝石もありました。おり物は気がとおくなるほど細やかなもようで、宝石は目がくらむばかりのかがやきです。

 仕立屋はつかのま、ここで仕入れたおり物に宝石を縫いつければ、夜空のドレスができあがるのではないかと考えましたが、やはりそれはにせものだと思い直しました。のこった見本帳の生地を縫いあわせて丈夫なマントを作り、砂ばくへ向かいました。




 砂ばくの旅はかこくでした。昼はあつく、夜はさむく、皮ぶくろのみずはあっというまになくなります。あるかどうかも分からないオアシスをたどり、仕立屋は砂ばくを東へ東へとすすみます。

 日がしずんでしまうと、あたりは真っくらになります。前もうしろも、右も左も、一面の砂の世界です。仕立屋は、自分がどこから来て、どこへ向かうのか、分からなくなりました。とうとう砂の中にたおれた仕立屋は、目をつむってつぶやきます。


「ぼくはなんのためにここに来たんだろう」


 のどはからから、足は棒のよう。からだ中がいたみます。ふるさとは遠く、仕立屋はひとりぼっちでした。こんなに苦しい目にあうのは、いったいどうしてでしょうか。


「王さまにたのまれたからだろうか。お后さまが着かざりたがるからだろうか。占いばあさんにでたらめを吹きこまれたからだろうか」


 しかし、仕立屋はふしぎと彼らをにくむ気分になれませんでした。砂にごろりところがり、目をあければ、空には満天の星。星の並びは、すすむべき東の方向を教えてくれました。あいぼうのはさみを星空にかざせば、星に負けないくらいきらきらとかがやきます。

 仕立屋はつかれきった体をふるいたたせ、立ち上がりました。とにかく、東に進むしかありません。マントの前をしっかり合わせて、仕立屋はふたたび歩き出しました。


 とうとう東のみやこが見えたとき、西の海辺の国を出てから、何年もたっていました。




 東に住む人々は、言葉も服も、なにもかもが西とはちがっていました。仕立屋は賢者さまをさがしますが、なかなか見つかりません。

 みやこを過ぎてさらに進むと、海に行きあたりました。仕立屋はがっかりしました。東の果てまで来ましたが、夜空のはしっこは海の上にありました。どうやら断ち落とすことはできなさそうです。

 仕立屋はとぼとぼと海辺を歩きました。打ちよせる波は、ふるさとの西の海とおなじ色で、おなじ音をたてます。しゃがんで指をひたし、なめてみると、やっぱり塩からい味がしました。


 ふと磯のほうを見ると、大きな岩の上で老人が釣り糸をたらしていました。ひとりきり、なんとなくさびしそうに見えます。仕立屋はおじいさんに近づいてみました。とはいっても、東のあいさつの言葉がわからなかったので、岩のそばに寄るだけでしたが。ところが老人が「こんにちは」と言ったではありませんか。仕立屋はびっくりしました。


「おじいさんは、西の言葉が分かるのですか」

「すこしだけ」


 そうしておじいさんはくしゃみをしました。はな水がたれて、さむそうです。仕立屋は、すっかりかるくなった見本帳を取りだしました。わかいころ、はじめて縫った布地が一枚のこったきりでした。仕立屋はそのさいごの一枚を切り取って老人に差し出しました。


「これで鼻をかんでください」


 老人は布地を受けとって、おもいきり鼻をかみました。


「ああ、すっきりした。ありがとう」


 ちょうど折よく、釣り糸がぐんっと動きました。魚がかかったのです。魚を釣りあげると、老人は上きげんで言いました。


「きみのおかげで調子がよいようだ。なにかお礼をしなくてはな」

「それなら、賢者さまがどこにいるか教えてもらえませんか」


 老人は仕立屋をしげしげとながめ、大岩から下りてきました。


「どうして賢者とやらを探しているのかね」


 仕立屋が、旅の目的をすっかり話すと、老人はじっと考えこんでから「ついてきなさい」と言って、海辺を歩きだしました。




 磯に足をすべらせないように、ふたりはゆっくりと歩きました。カニがあちこちを歩き、磯だまりには小魚のかげがちろちろと銀色に光っています。丘に上がると、なだらかに広がる水平線がよく見えました。老人はのんびりとした足取りのまま、森に入りました。葉かげのあいまから日のもれる、あかるい森でした。やがて池のほとりの開けたところに出ると、老人はおもむろに口を開きました。


「わしは賢者というのは知らないが、夜空を切りとる方法なら知っておる」

「本当ですか」


 おどろく仕立屋に、老人は池のほとりの桃の木を指さして見せました。


「あの木になる桃をとってきたら、夜空をとってこよう」

「おやすいご用です」


 仕立屋が桃の木へかけよろうとするのを、老人は手を引いてとめました。


「まあ、さいごまで聞きなさい」


 いさみ足の仕立屋がくるりと老人に向きなおると、老人は仕立屋の両肩をがっしとつかんでたずねます。


「きみにとって夜空を手にいれるというのは、命をかけるほどたいせつなことなのかね」

「命をかけるというのなら、ここまで来るのだって命がけでした。王さまの命令だからってだけでない。お后さまのためだけでもない。ぼくじしんの誇りのために、仕事をやりとげたいのです」


 老人はおおきくうなずき、仕立屋の肩から手をはなしました。


「よろしい」


 桃の木のてっぺんに、ひとつだけ実がなっています。やけに背の高い木でした。仕立屋はマントをぬぎ、そでをまくって、枝に手をかけます。

 下の枝から次の枝へ、そしてまたその上へ……のぼるごとに体が重くなります。仕立屋は息を切らしながら、てっぺんの桃をもいで老人に投げました。


 木から下りてみると、どうしたことでしょう。仕立屋の手はしわくちゃになっていました。あわてて池をのぞきこむと、水面にうつっていたのは、さっきの老人とそう変わらない年のおじいさんでした。仕立屋は、桃の木をのぼっておりるうちに、すっかりおじいさんになってしまったのです。


「これはいったい、どういうことですか」


 仕立屋が老人につめよると、老人はぺろりと桃を食べて言いました。


「これは珍しい桃で、食べると寿命がのびるんだ。木のまわりの時間の流れがふつうとちがっていて、一枝のぼるごとに十年がすぎる。そのくせ、のぼったものしか実を取ることができないときた。だからきみに取ってきてもらったというわけだよ」


 仕立屋はがくぜんとしてくずおれました。手も足も枯れ木のよう。あたりを見まわせば、ほんのすこし前にはなかった木がしげっていて、池のほとりはせせこましくなっていました。


「ぼくは三枝のぼりました。ここは三十年後の世界なのですか」

「そういうことだ」


 絶望した仕立屋はすわりこんで動けないまま、とうとう夜がやってきました。池の上に星がまたたき、池の水面にうつってさざめいています。夜空は刻一刻こくいっこくと闇をふかめ、そのぶんだけ星々が輝くのです。木々は増えましたが、夜空も池もあまり変わらず、わずかのうちに三十年の時間がたったとは信じられません。


「はさみを貸してもらおうか」


 老人に言われるままにあいぼうのはさみを差し出すと、老人はふわりと天にまいあがり、夜空のはしっこをまるく切りとりました。仕立屋はぎょうてんしました。

 老人は断ちおとした夜空を羽衣はごろものように肩にひっかけ、仕立屋の前におりたちました。


「ほれ、ほしがっていた夜空だよ。用尺ようじゃくは足りるかね」


 仕立屋の手の中にすべすべと軽い布がありました。東の人々のつかう墨よりもなお黒く、しかし、あまたの星がきらきらと輝く、まさに星空そのままでした。


「あなたは飛べるのですか」

「修行をしたのでね。世の人々には仙人と呼ばれておるが、それゆえあの桃をとることができない」


 仕立屋が首をかしげると、老人はむずかしい顔で言いました。


「わしはとほうもなく長い時間を生きておる。そんなわしがたかだか三十年をささげたところで、桃の木にとってはあまり価値はないのだよ。桃の木をまんぞくさせるには、人の時間がひつようなのだ」


 仕立屋は、手の中の星空と老人の顔とを見くらべました。老人はちっとも悪びれていません。それもそのはず、命をかけるのかと念をおしたうえで、こうして夜空を切りとるという、だれにもまねできない芸当をやってのけたのですから。

 夜空の切れはしを持つ手に、じんわりとぬくもりが感じられました。


「まるで生きているみたいです」


 ふしぎに思った仕立屋がつぶやくと、老人は深くうなずきました。


「さよう。生きているうちに、西の王へ届けてさしあげるのがよかろう。どれ、送ってあげよう」


 そう言って老人はうでをひとふり。すると仕立屋はたちまち空へうかび上がり、ぴゅうっと風に飛ばされてしまいました。




 ごうごうと耳をつんざく風の音がおそろしくて、仕立屋はかたく目をつむっていましたが、こわごわ下を見ると、どこまでも暗闇が広がっています。これまでの旅でとおりぬけてきたはずの、山も、谷も、森も、砂ばくも、川も、海も、何も見わけることができません。時おりビュンとすぎていく光は、町あかりでしょうか。


 仕立屋は老いていたむ体をくねらせ、上を向きました。こんなにはやく飛んでいるのに、満天の星はすこしも動かないのが、ふしぎでなりません。じっと仕立屋を見つめる星々をながめるうち、仕立屋はとろんとねむくなってきました。目をつむっても、まぶたのうらには星が見えました。やがてねむってしまっても、仕立屋はうでの中にしっかりと夜空の切れはしを抱いていました。それはほんのりとあたたかく、みずから仕立屋のむねにしがみついているかのようでした。




 仙人の風はやさしく仕立屋をおろしました。西の海辺の国についたのだと、しおさいが教えてくれました。きれいな庭にはあかあかと灯がともり、夜だというのにバラを照らしています。どうやら、お城の庭のようです。

 灯をたどっていくと、庭のすみに小屋がありました。小さいけれどもりっぱな小屋です。仕立屋はとびらをたたきました。


「だれかいませんか。王さまにさしあげたい宝ものがございます」


 とびらがひらき、中から美しいご婦人があらわれました。かざりけのない灰色のドレスを着て、ぼうっと立つご婦人は、たいそう疲れているようです。


「だれかしら」

「この国いちばんの仕立屋です。王さまのめいれいで、お后さまのドレスのための夜空をご用意しました」


 仕立屋がこたえると、ご婦人はわっと泣き出し、うしろの石の箱にとりすがりました。仕立屋はせまいへやに目をはしらせました。石の箱はかんおけ。ここはどうやらもがりの宮のようです。

 声をあげて泣くご婦人に、仕立屋はたずねました。


「どなたが亡くなったのですか」


 ご婦人はかんおけから顔をあげ、仕立屋をふりかえりました。おどろいているようでしたが、やがてちいさな声でこたえました。


「王さまが亡くなりました」


 こんどは仕立屋がおどろくばんでした。仕立屋が長い長い旅をしているあいだに、王さまは死んでしまったのです。そして、目の前でかなしむご婦人がお后さまであるとさとりました。

「いっこくも早く、この夜空で喪服をつくらなくては」というかんがえで、仕立屋のあたまはいっぱいになりました。




 仕立屋は、大いそぎでじぶんの店にもどりました。なん十年ぶりでしょうか。お店をなつかしむこともせず、おどろきよろこぶ弟子たちの出むかえにもかまわず、仕立屋はしごとにとりかかります。すこし前までしっかりと感じられた夜空の布きれのぬくもりは、だんだんよわくなっていきました。夜空が死んでしまうまえに、なんとしてもお后さまに喪服を着てもらわねばなりません。長旅のあとだというのに、仕立屋は休まずしごとをつづけました。


 やっと喪服がしあがったとき、星の光は消えかけていましたが、仕立屋はやせおとろえた足ではしって、お城に届けました。


「ああ」


 夜空の喪服を手にしたお后さまはためいきをつきました。せっかくの星々が死にかけていたからでしょうか。いいえ、ちがいます。


「星も王さまの死をかなしんでいるのね」


 お后さまはさっそく夜空の喪服にきがえて、王さまのかんおけを抱きしめました。夜空の星の光がすっかり消えてしまうまで、お后さまはずっとかんおけを抱きつづけました。仕立屋もお后さまを見まもりました。

 夜空の喪服は、やがて星の光をうしないました。星々が死んでしまったのです。まっ黒になった喪服は、お后さまのかなしみをうつしているかのようでした。お后さまの流したなみだがしんじゅになって、星々のかわりに喪服をかざりました。




 その夜、仙人が切りとってぽっかりとあいた夜空の穴から、まるくてやさしい光がふりそそぎました。まるで、しんじゅのようでした。死んでしまった王さまと星々を、神さまがとむらおうとしたのでしょうか。やさしい光は、かなしむお后さまと、つかれはてた仕立屋にもとどきました。

 その光は朝な夕なにかたちをかえては、人々を照らしました。今では月とよばれている、あのやさしい光です。


 月のうつくしさにふるえたことはありませんか。それは、お后さまの美しさがあなたのむねによみがえるからでしょう。


 月をみると元気づけられることがありませんか。それは、仕立屋の誇りがあなたをふるいたたせるからでしょう。

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― 新着の感想 ―
月の秘密を教えてもらった気持ちです。 とても静かに胸に染み渡りました……とても好き……。
星々がきらきら輝くような筆致で紡がれた素敵な童話を堪能いたしました。 あれほど仕立て屋が誇りのために旅をして、桃をとって手に入れたのに。夜空は容赦なく時間の流れによって、輝かしく美しい思いでを忍ぶ喪服…
まさにゆりさん節。 ゆりさんならではの、悲しいのに温かさのある不思議なお話でした。
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