9:エナドリの容量は正しく守ろう
しかしウンデルトは、コルネリオがストーカー化した原因をお茶請け代わりに聞かせたかったわけではないらしい。
紅茶を一口飲んで喉を潤すと、更に続けた。
「――まあ、アレだ。そういうご家庭のクソ事情でクソ捻くれた結果、あいつは人間嫌いもこじらせてるんだわ。お前もその辺は、迫られてて分かるだろ?」
「あ、はい。たしかにそんな気はしてました」
リーアは考えるまでもなく、即答した。人が信じられないからこその、粘着ストーキングと言われれば納得だ。
「だろ? だってオレの婚約が決まった時に『お前は婚約しないのか?』って訊いてもあいつ、『どのご令嬢もその辺の石と大差ないようにしか思えませんので』って返しやがるんだぞ? 終わってんだろ、人間性」
「それはそれは……」
奴なら言いかねん、という感想は言う前に寸前で堪えた。リーアは公爵夫妻より自制心があるのだ。
名前も口癖も「クソ」なウンデルトだが、俺様でありながら兄貴肌でもある。
「もちろん殿下のことは、その辺の草花程度には認識しております。どうかご安心ください」
と無表情にほざく腹心にも、なんだかんだで情があるらしい。
彼は姿勢を正すと、リーアを真っすぐ見た。重たい感情が露骨なコルネリオとは違う、澄んだ眼差しだ。
「それなのに、だ。女と石の区別も付かなかった男にも、初めて粘着したい女が現れたわけだ」
「粘着……」
「あれを恋と呼ぶのはおこがましくねーか?」
「……まあ、そうですね」
「だろ? それで粘着男のクソ失言親父も、息子が結婚してくれるなら相手の身分は全然問わないとまで言ってんだよ。犯罪歴も、軽犯罪ならもみ消すつもりらしい」
「いや、それはやめましょうよ。別の犯罪が生まれちゃいますよ」
リーアの当然の指摘に、ウンデルトが豪快に笑いだす。
「いやー、あの公爵ならマジでやるぞ! コルネリオが兄貴より優秀だと分かった途端、手の平返してペコペコしだしたヘタレクソ野郎だからな!」
「ヘタレ、ですか……」
「うん、ヘタレのクソ野郎な。ってか、この前も酷かったんだよな」
彼によると公爵は、公の場においてもコルネリオを「コルちゃん」と呼んでは下手に出て、その度に無視されているらしい。
リーアがその光景をちょっと見てみたいな、などと呑気に思っていると、ウンデルトに肩を叩かれた。視線を合わせると、彼はにっかりと眩しい笑顔をキメる。
「幸いお前は貴族だし、犯罪歴も離婚歴もない。上出来だよ。だからあいつのこと貰ってやってくれよ、リーア嬢」
「うぇっ……」
押し付けられた厄介事に、思わずうめき声がこぼれ出る。しかし彼女が全力で拒否するよりも前に、生徒会室の両開きドアが外側から破壊された。
二人がギョッとなって、蝶番が中途半端に外れたドアを見る。片足を上げた中段蹴りの体勢のまま、コルネリオがそこに立っている。
今の彼は無表情で、顔から血の気が抜け落ちている。とんでもない美形なだけに、蝋人形めいていた。
その人形が、ハスキーボイスを更に低くして言った。
「……殿下が何故、リーア嬢に触れていらっしゃるんですか?」
触れると言っても、肩を叩かれただけである。リーアが軽く引いていると、ウンデルトは慌てて両手を上げ、首を真横にブンブンと振った。
「いやいやっ、落ち着けコルネリオ! オレは、リーア嬢にお前のことを――」
「横恋慕ですか? 横恋慕ですよね? 婚約者がいらっしゃるにもかかわらず、突如学園に現れた可憐な綿菓子の天使に、殿下は愚かにも横恋慕なさったというわけですね?」
なおもブツブツと言いながら、コルネリオは二人の間にある猫足テーブルに乗り上げる。そこで正座をして、王太子へガンガンと詰め寄った。
両者は額がくっつきそうな距離感になっているが、BのL的ご褒美風景というよりも、ヤクザと借金返済を迫られている闇金利用者の絵図に近い。つまり、あまりかかわりたくない光景だ。
リーアも気付かれない内にさっさと逃げよう、というゲスい結論に至った。
しかし彼女が腰を少し浮かした途端、こちらに背を向けたままのコルネリオに手首を掴まれた。何故分かったんだろう、怖い。
リーアがコルネリオの謎の反応速度にゾッとしていると、ウンデルトが彼の顔を突っぱねながら叫んだ。
「近いッ! ってか横恋慕するわけねーだろ! この新入生がお前と仲がいいって聞いたから、これからも仲良くしてやってくれと頼んだだけだ!」
「それだけでしたら、わざわざ秘密裏にリーア嬢を呼び出さずともよろしいのでは? こうしてご自身と縁が薄い生徒会室を密会場所に選ばれている時点で、なんらかの疾しい目論見があったと邪推して然るべきなのですよ」
「ハァッ!? 疾しい目論見とかねーよ! お前の性格がクソ面倒だから、コソコソ呼んだだけだろがい!」
ウンデルトが叫びきると同時に、コルネリオの顔と言わず体を押し返した。
コルネリオはしばし黙ってウンデルトのうんざり顔を眺めていたようだが、ややあってグルリと真後ろのリーアへ振り返った。首が百八十度回った気がするが――気のせいだろう。気のせいだといいなぁ。
「リーア嬢? 先程の殿下の供述は真実でしょうか?」
ガーネットのような鮮やかな瞳は、エナジードリンクをダース単位でキメながら完徹したかのように血走っている。ここで下手にコルネリオの兄のことや、あるいは彼との婚約のことを口走れば命がないかもしれない。
そこでリーアは慌てて何度も頷きながら、ウンデルトのお呼びだし行為のフォローだけを入れる。
「きっと殿下も、人目があるところでわたしに声をかければ、あらぬ疑いを持たれると心配されての、ここでのお話だったと思いますよ」
言外に「わたしと殿下がラヴだと疑われちゃ困るでしょ?」と匂わせると、コルネリオの眼力が和らいだ。
「そうですね。貴女の周りで殿下が蠢いていらっしゃるだなんて、噂話でも聞きたくありません」
「オレは……魔物か何かなのか?」
しかも不定形の魔物感がある表現だ。だがウンデルトの、この嘆きは無視された。
コルネリオは握ったままだったリーアの手首を解放すると、改めて彼女の手を両手で包み込む。そして顔と言わず全身を、彼女へ傾けた。
「殿下に触れられたのは肩だけですか? 何か不埒なことはされていませんか?」
「肩だけですって、ほんとに。それにポンって軽ーく叩かれた、超健全な接触ですから」
「本当に?」
「はいっ。ウンk――デルト殿下とは、向かい合って数分面談してただけですので。それにほら、メイドさんたちもいましたし」
焦りのあまり「ウンコ」と呼びかけてしまいそうになったが、やや引きつった笑顔を貫いて無罪を証言する。
コルネリオは不格好なリーアの笑みを、そのまま数十秒ほど無言で凝視した。
そして舐め回すように眺めた後で、とろけるような甘ったるい吐息を漏らす。麗しい美貌も、思い切りほころばせた。傾国の笑みである。
「嗚呼……困っていらっしゃる貴女も、とてもいい……もっともっと、貴女を困らせたいものです」
「……アッ、ハイ。恐縮デス」
後半は聞こえなかったことにしようと、リーアは無心でロボットのように相槌を打った。ひとまずヤンデレの「ヤン」でなく、「デレ」を活性化させることには成功したので何よりだ。




