7:体が資本です
リーアがコルネリオにべったり執着されつつ世話を焼かれながら、なんと一ヶ月が経過した。
彼自ら「リーア嬢を(手段の合法・非合法を問わず)守ります」宣言をした甲斐もあって、彼女はいつの間にか穏やかな学園生活を送れるようになっていた。
食堂での宣言以降も、しばらくは女生徒からの地味な嫌がらせは続いたものの、コルネリオが宣言通り全ての事案の主犯・共犯・実行犯を即座にあぶり出したらしい。
気が付けば学園内から女生徒の数が減り、リーアに穏やかな日常が戻って来たのだ。
公爵家、本当におっかない――リーアは前世も合わせて、今までで一番権力の恐ろしさを痛感した。これが上級国民の本気というものか。
そして学園に無事残存している女生徒たちは、嫉妬心に駆られても勢い任せに行動しない慎重派が多いからか。
それとも、リーアが露骨にビビりながらコルネリオに迫られている光景から、何か思うところがあるのか。
むしろリーアに同情の目を注ぎ、応援する子が増えていた。
「本当に怖かったら、大声を出しながら教会に駆け込んだ方がよくってよ? 王家の方々も、軽々しく手が出せない場所ですもの」
「ええ。それに悪霊や悪魔は、教会に入れませんし」
「それから、叫ぶにしても『火事です!』と言うようになさいな。きっと周りの方も注目なさるわ」
「またはラッジ侯爵家に助けを求めなさいな。侯爵夫人がメリディアーニ公爵夫人と従妹同士なので、他家より強気に出られるのよ」
といったアドバイスまで貰えたほどだ。またコルネリオ≒化け物という認識が、リーアだけのものではないと分かって何よりだ。
なお、ざまぁ返しをされがちな、精神性がゲロ以下のヒロインにとっての天敵こと「言い寄った男性の婚約者」であるが。
幸か不幸か、コルネリオは過去も現在も婚約者がいないらしい。王家にはウンデルト以外に王女もおわすのだが、何故かそちらとの婚約も結んでいないようだ。
ただ彼の瞳孔全開の犯罪者スマイルを思い出すと、「それもそうか」という感想で終結する疑問だったりする。
(わたしが王女殿下なら、泣いてわめいて拒否するだろうし)
なにせ誰よりも討伐対象に近い貴公子である。
権力よりも王女の安全を選んだ王家のおかげで、リーアは彼の婚約者から狙われることもなく、そして今日も今日とてコルネリオに堂々と執着されていた。
コルネリオは食堂の片隅に座る彼女の眼前を陣取り、テーブルにべったり貼りついている。
「リーア嬢は小食なのですね。本当に、一挙手一投足が小鳥のようで……嗚呼、可愛い」
真正面で「嗚呼」と感嘆されてしまい、あやうくむせるところだった。リーアは咀嚼中のサンドイッチを公爵令息に噴射する寸前でどうにか耐え、カモミールティーで喉を潤す。
「小鳥だなんて、恐縮です……ですが、ご令嬢の皆さまはもっと少ない食事量だと思いますよ。それに皆さまは、わたしとは比べようもないぐらい高貴で美しいですし」
ヒロインなだけあり、リーアの顔面力はそりゃあもう高い。今も寝起きで鏡を見るたびに「うぉっ、なんだこの美少女!」とビックリしている。
しかしその顔面力は愛らしさに全振りされており、美しさや妖艶さはほぼ皆無だ。尻以外のパーツも、ムチムチさに乏しい。
よってリーアの謙遜は嫌味でもなんでもなく、当然の事実を言っているに過ぎないのだ。
コルネリオも視線はリーアから一瞬も外さないまま、彼女の言葉に同意する。せめて瞬きをしてほしい。
「そうですね。どのご令嬢も皆美しいのでしょうが――」
コルネリオは一度言葉を切ると、ティーカップを持つリーアの手を取った。そして親指の腹で、彼女の手の甲を撫でさする。
「ですが私は、貴女という愛らしい小鳥だけを守り慈しみたいのです」
「Oh……」
なんだってこの男は、吐息すら甘い香りが漂っているのか。やはり人を騙して食べる、魔物的な何かに違いない。助けてエクソシスト。
一方のリーアも軽やかに「おほほっ。恐悦至極に存じますわー」などと、気のない棒読みで返せればいいのだろうが。
あいにく彼女の心に、そんな余裕はない。
とんでもなく顔のいい男に日々迫られて正直嬉しい反面、彼(彼女)のヤンデレぶりと鬼みたいな強さも知っている。そのためリーアはほぼ毎日、「キュンッ♪」と「ギャッ!」の交互浴に晒されていた。
そしてこの感情の板挟みから、胃痛も患っているのだ。医務室の薬とカモミールティーで、どうにかやり過ごしているぐらいだったりする。
普段のリーアならばこのまま、コルネリオのゲロ甘ワードの波状攻撃で黙らされて終わりなのだが、今日は少し違った。
彼女は思わず英語の感嘆詞を漏らしながらも、前々から気になっていたことに初めて切り込む。
「ところでというか……すっごい今更なんですが。コルネリオ様はお昼、ちゃんと食べてますか?」
「えっ?」
いきなりの話題転換に、コルネリオが束の間アホ面になって固まった。年相応とも言える気の抜けた表情に、リーアも内心でほっこりしながら続ける。
「だっていつもわたしにストーキン――じゃなくて、目をかけてくれてますし。お昼、食べているのか心配で……」
昼休憩中のコルネリオは、まるでリーアの従者または彼女に取り憑く呪縛霊のように、ずっとそばにいるのだ。
当初リーアも、公爵家令息権限でも使って、午後の授業の合間に昼食を摂っているものかと思っていた。しかし、リーアが絡まないと常識人なのか、彼は平然と午後の授業も受けているのだ。
コルネリオの天然ストーカー気質に悩まされるリーアとて、その状態が数日も続くとさすがに心配になった。既に縦方向には仕上がっているけれど、彼はまだまだ成長期。そんな時期に一食抜いて大丈夫なのだろうか、と。
ただ下手に口を出すと彼にますます粘着されそうで、訊くに訊けぬままもう二週間以上が過ぎているのだが。
現にリーアから昼食のことを指摘されたコルネリオの頬が、じんわりと赤らんでいる。同時に口元も緩んでいた。
「……いえ、私は、貴女を眺めていればそれで満足ですし……」
少し言い淀んでいるものの、語尾からも声音からも嬉しさが駄々洩れである。
(やっぱ訊くんじゃなかったかなー……でもこれで倒れられたら、なんか可哀想だし。あと公爵家とか王家の恨みも買いそうで嫌。無理、怖い)
リーアは半笑いの裏で、そんなことを考えていた。平凡を目指す彼女は今も昔も庶民派なので、コルネリオを切り捨てるという選択肢は選べなかった。
ついでにちょっと前に見せつけられた上級国民パワーが、かなり尾を引いているのだけれど。
リーアはぎこちない半笑いのまま、隣の席を手で示した。コルネリオが粘着するおかげで、そこはいつも空席だった。
「ほら、お互い育ち盛りなんですし。コルネリオ様も食べましょうよ」
この瞬間、コルネリオの目が思い切り潤んだ。涙に覆われてキラキラ輝く赤い瞳は、さながらもぎたてのザクロの果実のようだ。
そして顔も赤いまま無言で何度も頷く彼を見ていると、思わずにはいられない。
(こんな顔がいいのに、なんでここまで拗らせたヤンデレなんだろう……もったいないなぁ)
世の中、上手くいかないものである。




