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悪役令嬢でしょうか?いいえ、令息です。  作者: 依馬 亜連


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7/9

7:体が資本です

 リーアがコルネリオにべったり執着されつつ世話を焼かれながら、なんと一ヶ月が経過した。

 彼自ら「リーア嬢を(手段の合法・非合法を問わず)守ります」宣言をした甲斐もあって、彼女はいつの間にか穏やかな学園生活を送れるようになっていた。

 食堂での宣言以降も、しばらくは女生徒からの地味な嫌がらせは続いたものの、コルネリオが宣言通り全ての事案の主犯・共犯・実行犯を即座にあぶり出したらしい。

 気が付けば学園内から女生徒の数が減り、リーアに穏やかな日常が戻って来たのだ。


 公爵家、本当におっかない――リーアは前世も合わせて、今までで一番権力の恐ろしさを痛感した。これが上級国民の本気というものか。


 そして学園に無事残存している女生徒たちは、嫉妬心に駆られても勢い任せに行動しない慎重派が多いからか。

 それとも、リーアが露骨にビビりながらコルネリオに迫られている光景から、何か思うところがあるのか。

 むしろリーアに同情の目を注ぎ、応援する子が増えていた。


「本当に怖かったら、大声を出しながら教会に駆け込んだ方がよくってよ? 王家の方々も、軽々しく手が出せない場所ですもの」

「ええ。それに悪霊や悪魔は、教会に入れませんし」

「それから、叫ぶにしても『火事です!』と言うようになさいな。きっと周りの方も注目なさるわ」

「またはラッジ侯爵家に助けを求めなさいな。侯爵夫人がメリディアーニ公爵夫人と従妹同士なので、他家より強気に出られるのよ」

 といったアドバイスまで貰えたほどだ。またコルネリオ≒化け物という認識が、リーアだけのものではないと分かって何よりだ。


 なお、ざまぁ返しをされがちな、精神性がゲロ以下のヒロインにとっての天敵こと「言い寄った男性の婚約者」であるが。

 幸か不幸か、コルネリオは過去も現在も婚約者がいないらしい。王家にはウンデルト以外に王女もおわすのだが、何故かそちらとの婚約も結んでいないようだ。


 ただ彼の瞳孔全開の犯罪者スマイルを思い出すと、「それもそうか」という感想で終結する疑問だったりする。

(わたしが王女殿下なら、泣いてわめいて拒否するだろうし)

 なにせ誰よりも討伐対象に近い貴公子である。

 権力よりも王女の安全を選んだ王家のおかげで、リーアは彼の婚約者から狙われることもなく、そして今日も今日とてコルネリオに堂々と執着されていた。


 コルネリオは食堂の片隅に座る彼女の眼前を陣取り、テーブルにべったり貼りついている。

「リーア嬢は小食なのですね。本当に、一挙手一投足が小鳥のようで……嗚呼、可愛い」

 真正面で「嗚呼」と感嘆されてしまい、あやうくむせるところだった。リーアは咀嚼(そしゃく)中のサンドイッチを公爵令息に噴射する寸前でどうにか耐え、カモミールティーで喉を潤す。


「小鳥だなんて、恐縮です……ですが、ご令嬢の皆さまはもっと少ない食事量だと思いますよ。それに皆さまは、わたしとは比べようもないぐらい高貴で美しいですし」

 ヒロインなだけあり、リーアの顔面力はそりゃあもう高い。今も寝起きで鏡を見るたびに「うぉっ、なんだこの美少女!」とビックリしている。

 しかしその顔面力は愛らしさに全振りされており、美しさや妖艶さはほぼ皆無だ。尻以外のパーツも、ムチムチさに乏しい。

 よってリーアの謙遜(けんそん)は嫌味でもなんでもなく、当然の事実を言っているに過ぎないのだ。


 コルネリオも視線はリーアから一瞬も外さないまま、彼女の言葉に同意する。せめて瞬きをしてほしい。

「そうですね。どのご令嬢も皆美しいのでしょうが――」

 コルネリオは一度言葉を切ると、ティーカップを持つリーアの手を取った。そして親指の腹で、彼女の手の甲を撫でさする。

「ですが私は、貴女という愛らしい小鳥だけを守り慈しみたいのです」

「Oh……」


 なんだってこの男は、吐息すら甘い香りが漂っているのか。やはり人を(だま)して食べる、魔物的な何かに違いない。助けてエクソシスト。

 一方のリーアも軽やかに「おほほっ。恐悦至極(きょうえつしごく)に存じますわー」などと、気のない棒読みで返せればいいのだろうが。

 あいにく彼女の心に、そんな余裕はない。


 とんでもなく顔のいい男に日々迫られて正直嬉しい反面、彼(彼女)のヤンデレぶりと鬼みたいな強さも知っている。そのためリーアはほぼ毎日、「キュンッ♪」と「ギャッ!」の交互浴に晒されていた。

 そしてこの感情の板挟みから、胃痛も患っているのだ。医務室の薬とカモミールティーで、どうにかやり過ごしているぐらいだったりする。


 普段のリーアならばこのまま、コルネリオのゲロ甘ワードの波状攻撃で黙らされて終わりなのだが、今日は少し違った。

 彼女は思わず英語の感嘆詞を漏らしながらも、前々から気になっていたことに初めて切り込む。


「ところでというか……すっごい今更なんですが。コルネリオ様はお昼、ちゃんと食べてますか?」

「えっ?」

 いきなりの話題転換に、コルネリオが束の間アホ面になって固まった。年相応とも言える気の抜けた表情に、リーアも内心でほっこりしながら続ける。


「だっていつもわたしにストーキン――じゃなくて、目をかけてくれてますし。お昼、食べているのか心配で……」

 昼休憩中のコルネリオは、まるでリーアの従者または彼女に取り憑く呪縛霊のように、ずっとそばにいるのだ。

 当初リーアも、公爵家令息権限でも使って、午後の授業の合間に昼食を摂っているものかと思っていた。しかし、リーアが絡まないと常識人なのか、彼は平然と午後の授業も受けているのだ。


 コルネリオの天然ストーカー気質に悩まされるリーアとて、その状態が数日も続くとさすがに心配になった。既に縦方向には仕上がっているけれど、彼はまだまだ成長期。そんな時期に一食抜いて大丈夫なのだろうか、と。

 ただ下手に口を出すと彼にますます粘着されそうで、訊くに訊けぬままもう二週間以上が過ぎているのだが。


 現にリーアから昼食のことを指摘されたコルネリオの頬が、じんわりと赤らんでいる。同時に口元も緩んでいた。

「……いえ、私は、貴女を眺めていればそれで満足ですし……」

 少し言い淀んでいるものの、語尾からも声音からも嬉しさが駄々洩れである。


(やっぱ訊くんじゃなかったかなー……でもこれで倒れられたら、なんか可哀想だし。あと公爵家とか王家の恨みも買いそうで嫌。無理、怖い)

 リーアは半笑いの裏で、そんなことを考えていた。平凡を目指す彼女は今も昔も庶民派なので、コルネリオを切り捨てるという選択肢は選べなかった。

 ついでにちょっと前に見せつけられた上級国民パワーが、かなり尾を引いているのだけれど。


 リーアはぎこちない半笑いのまま、隣の席を手で示した。コルネリオが粘着するおかげで、そこはいつも空席だった。

「ほら、お互い育ち盛りなんですし。コルネリオ様も食べましょうよ」


 この瞬間、コルネリオの目が思い切り潤んだ。涙に覆われてキラキラ輝く赤い瞳は、さながらもぎたてのザクロの果実のようだ。

 そして顔も赤いまま無言で何度も頷く彼を見ていると、思わずにはいられない。

(こんな顔がいいのに、なんでここまで(こじ)らせたヤンデレなんだろう……もったいないなぁ)

 世の中、上手くいかないものである。

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