6:ぶっとい実家が火を吹くぜ
自分にべったりと粘着してくるコルネリオだが、意外にも彼から「私は真実の愛に目覚めました」や「どうか私と、政略と利益度外視の恋愛結婚をしてください」などといった、IQ低めの口説き文句は出て来ていない。
彼は代わりに、リーアの王都での生活を何かにつけて案じてくれていた。
「リーア嬢は以前の学校で、古代竜の召喚に成功なさったと聞き及んでいます。当校での授業はいかがでしょうか? 退屈はしていませんか? それとも、不安はありませんか?」
血のように真っ赤な瞳に憂いを重ねて、キラキラ美貌でじっとリーアを見つめて来る。
それだけなら大変眼福でありがたいのかもしれないが、尋ねながら彼女の手を取ってエンドレス頬ずりをしているので色々台無しである。このまま舐められそうで、すごく怖い。
「いっ、いえいえ、不安だなんてそんな。先生方の授業は、どれもとても楽しくて有意義です。感謝はしても、不安や不満なんて一つもありませんから。なので、メリディアーニ公爵令息も――」
リーアが表面上は可憐にしおらしく、つらつらとそう返していると途中で手をギュッと握られた。
「どうか、コルネリオと呼んでくれませんか? 貴女のその小鳥のような可憐な声で、私の名前を呼んで欲しいんだ」
コルネリオは熱い吐息まじりにそう懇願しながら、握りしめているリーアの手の平に唇を落とした。
たちまち、二人というかリーアを監視していた淑女たちから悲鳴が上がる。いや、悲鳴というより断末魔の叫びに近い。
(終わった。わたしの命日、今日か明日辺りかも。さよなら転生、セカンドライフ)
その瞬間、リーアは悟った。これはざまぁ返しを待たずして、怨恨という日本でもよくある動機で殺されちゃうパターンだろう、と。
しかし同時に脳裏に蘇るのは、原作ゲームでのコルネリアのとある奇行だった。
いつまで経っても名前を呼び捨てにしてくれないウンデルトに焦れた彼女が、「恋のおまじない」と称して自分の髪の毛入りパイを彼に食わせようとするのだ。
その時のコルネリアは草間 彌生または、コシノジュンコもかくやの見事なおかっぱ頭になっており、リボンが巻かれたままのおさげがパイ生地からニョッキと生えている光景と併せて非常にシュールなのだが。それはともかく。
上級変態向けスターゲイジーパイのような、髪の毛入りパイを食わされてはたまらんし、草間 彌生に迫られるのも困る、とリーアは顔を青ざめさせながらも
「あー……コルネリオ様は、王太子殿下の側近でもあるんですよね?」
「ええ、そうですね。私に関心を持っていただけて幸いです」
「いえ、その……関心というか、なんというか……忙しいんだろうなとは思いまして……なのでどうか、わたしのような、吹けば飛ぶような末端も末端の木っ端貧乏貴族の娘なんて、捨て置いていただければと」
大人しく名前を呼びつつ、同時に自分を下げに下げた。地面を掘って埋まる勢いでの下げっぷりに、さすがの殺気立った淑女たちも困惑している。
「……自分で貧乏って言っちゃうのね」
「思い切りが良すぎるわ。謙遜にも限度がありましてよ」
「これはもはや、卑屈の領域ですわ……!」
という、外野からのお声も聞こえた。
だがリーアが下手を打てば、眼前のヤンデレボーイがラスボスの片割れになりかねないのだ。貧乏であることも、ちょっと大きめのお尻がコンプレックスであることも、必要とあれば声高に言おうではないか。平和で平凡な人生のためにも。
しかしさすがはヤンデレボーイ。
粘着対象者が繰り出して来た下げ下げ謙遜を前にしても、不動の精神を見せつける。
コルネリオは波打つ黒髪を揺らして首を一つ振ると、切なげに微笑んだ。
「リーア嬢。貴女の日々の在り様をつぶさに見ていれば、貴女のご両親も素晴らしい人格者なのだと分かります。家格がなんだと言うのです。貴女の胸の中にも宿るその清らかな心根は、どのような宝にも換えられないほどに美しく、そして尊い財産ですよ?」
重い。フォローすらも重い。
そしてリーアは地味で野暮な陰キャに見えるよう生きているだけで、慈善活動に精を出したりもしていない。胸に宿るものは保身一択だ。
「……そう、なんでしょうか?」
(まあ、うちは人の好さで代々貧乏らしいけど)
声に出さず言い添えながら、ぎこちなく首をわずかに傾げた。コルネリオも同じ方向にこてりと小首をかしげ、妖艶に微笑む。お値段にして、百万はくだらないスマイルだ。
「それに公衆の面前で突き飛ばされ、怪我を負わされても痛みにじっと耐える貴女の姿を見た時、私は運命を感じたのです」
「う、運命……ですか?」
天性のヤンデレが運命などという、随分とヘヴィでディープな単語をぶち込んできた。これはまずい流れだ。しかも気が付けば、コルネリオの瞳孔がまた全開だ。
リーアはひやりとした危機感を覚える。
「ええ。あらゆる困難から、貴女を守るという運命です――もちろん、貴女を突き飛ばしたご令嬢のこともご安心下さいね?」
そういえば。あれからリーアは、彼女を一度も見ていないし絡まれてもいない。ついでに彼女の子分っぽい、凸凹令嬢コンビとも遭遇していない。
ハッとしたリーアは、コルネリオの陶然とした笑顔を見る。今までは腰が引け気味だったのだが、心持ち前のめりになって尋ねた。
「あの、コルネリオ様……あの時のご令嬢は、今、どちらにいるんでしょうか?」
まだ生きていますよね、とは怖くて訊けなかった。「いいえ」と答えられたら、たぶん泣いちゃう。
現にコルネリオは、顔を寄せてくれたリーアに頬を赤らめて喜びながらも、声に冷淡さを混ぜていた。
「リーア嬢が気に病むようなことではありませんので、重ねてご安心ください。それに彼女が今も貴族令嬢でいるのかは、私にも分かりかねますから」
「は?」
「メリディアーニ家から、ご令嬢のご実家へ書簡を送りましたので」
「書簡……ですか?」
「ええ。私の大事なご学友に、ご息女が一体何をなさったのか、を懇切丁寧に説明する書簡ですね」
――世界じゃ書簡を、脅しと呼ぶんだぜ!
リーアの心の中のサンボマスターが、そう声高に歌っていた。リーアも一緒になって歌いたかったが、再びじっとりと彼女の手へ頬ずりするコルネリオの眼光が怖すぎて、呼吸をするのがやっとだ。
彼は完全に捕食者の目をしているのに、それでも完璧でどエロい美貌は、微塵も損ねていないのだから本当にずるい。
ここを書くにあたって、サンボマスターさんの「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」を聴き直しました。
いい曲ですね。




