5:顔はいいんだよなぁ
原作でのヤンデレ公爵令嬢コルネリアは、剣の乙女に選ばれたリーアに表面上はとても友好的なのだ。特に冒頭では、掛け値なしに優しい。
つい数日前の出来事同様に、原作のウンデルトもすっ転んだリーアを助けようと身をかがめてくれる。だが――
「んもう、殿下ったら! わたくし以外のご令嬢に、跪かないで下さいまし!」
彼の婚約者候補であったコルネリアがぷりぷりと文句を言いながら、彼の代わりにリーアを助け起こして怪我の手当てまでしてくれるのだ。
「淑女はどんな時も、つま先にまで注意を払って優雅でいなくてはいけませんわ。そして恋い慕う殿方の抜け毛や食べ残しを収集出来るよう、いつだって油断をせず――それにしても貴女、ずいぶんお可愛らしいのね。小柄でまるで、小鳥ちゃんですわ」
と、リーアの儚げな綿菓子フェイスも笑顔で褒めながら。
そしてリーアが剣の乙女に選ばれた後も、表向きは彼女やウンデルトのサポートを続けてくれる。
サブイベントなどで見事なストーキングとコメディリリーフぶりを披露しながらも、邪神討伐の戦いを支えてくれている――と思いきや、実は邪神と内通していたことが終盤で明かされるのだ。
曰く、自分以外が剣の乙女という「王妃様よりも尊くて、そして誰よりもウンデルト殿下に相応しい女性」に選ばれたため、全てがどうでもよくなったらしい。
とんでもない「ゼロか百」理論をぶちかますものである。容姿端麗・文武両道でありながらメンタルが豆腐過ぎる。
そんな絹ごし豆腐(※おとこのすがた)は現在、リーアの真正面に居座っていた。ギラついた目で、ハァハァと呼吸音も荒々しく彼女をガン見している。
他生徒の会話や陰口の内容によれば、彼はウンデルトの幼馴染かつ腹心でもあるらしい。
つまり学生の分際で、とってもご多忙なお方のはず。
にもかかわらず、こうしてリーアにべったりなのだ。
「リーア嬢、本日のランチのお味はいかがですか?」
リーアがテラス席も用意された学生食堂(彼女の感覚では、食堂というよりもオシャンティーでちょっとラグジュアリーなカフェレストランだが)の、陽の差さない不人気な隅っこ席を選ぼうとも。
コルネリオは決して彼女を見逃さなかった。
そもそも毎日、リーアが校門をくぐると音もなく真横まで這い寄って来るのだ。彼女は出来るだけ息と気配を押し殺し、人混みに紛れて歩いているというのに。
コルネリオはいつの間にか今と同様に目をかっぴらいたまま、リーアにピタリと寄り添っている。
もはや、そういう化け物としか思えない。たぶん目を反らした瞬間、こちらの首をへし折りに来るのだろう。
彼女は悪霊退散と叫ぶ寸前で、どうにか歪な愛想笑いを作った。
「あー……お……お野菜が、美味しいんじゃないかなーと……」
リーアの前に置かれたトレイには、白身魚のバターソテーとラタトゥイユ、そしてクロワッサンが並んでいる。ちなみにどれも冷めた作り置きではなく、ホカホカと湯気を立ちのぼらせていた。
なお、コルネリオの麗しいがイッちゃった顔面を眺めながらの食事なので、味は一切分からない。
リーアの最高潮にぎこちない声での回答にも、コルネリオはガンギマリの血走った目を輝かせた。少しかすれ気味の声も跳ねさせて、はしゃぐ。
「そうでしたか! 私もこの、夏野菜のラタトゥイユが好きなんです。ふふっ、気が合いますね?」
ガンギマリから一転し、見惚れずにはいられない艶やかな微笑みが向けられた。普段の憂い顔やイカれ顔が嘘のような眩しさに、リーアの頭が一瞬真っ白になる。急にいい男過ぎるだろう。
「は、はぁ、そうっすかね……」
そしてぼんやりと、思いっきりの素のまま、雑な相槌を打ってしまったのだ。敬語すら怪しい。
まずい、とリーアは慌てて唇を引き結んだが、もう遅い。彼女たちのやり取りに聞き耳を立てていた女生徒たちから、一斉に軽蔑や憎悪の目を向けられた。
皆の憧れの公爵令息様にナメた口を利きやがって、と殺意ビンビンな周囲の視線がリーアを責める。
しかし、責める前に自己弁護をさせて欲しい。
彼女はヤンデレ化の可能性大な格上令息を刺激しないよう、しかしこれ以上深入りしないよう、コルネリオとの接触を出来る限り避けているのだ。その努力だけは買って欲しい。
毎朝這い寄られた時も、すぐさま「わたし、お花摘みに行きますので」とその場を逃げていた。頻尿令嬢というあだ名を付けられても辞さない覚悟だ。
また今日だって昼前の授業が終わった後に、クラスメイトの淑女からのビンタを受けて
「ありがとうございますぅぅぅー!」
と大声で感謝しているイケメン騎士に恐怖の目を注ぎながらも、一目散に教室を出た。
もちろん、コルネリオからの声かけを避けるためだ。
そして食堂へ向かう生徒たちの間を、ちょこまかと縫って進みながら素早く横道に逸れ、一度図書室に入った。これも、コルネリオを撒くためだ。
お貴族様たちの昼食は優雅だからか、昼休憩は長い。一方で、前世だけでなく今世も庶民ライクな生活を送って来たリーアは、食べるのもまあ早い。
少し遅れて食堂へ行ったところで、昼食を食べ損ねる心配はないのだ。
人気のメニューは売り切れる危険性があるものの、飯よりも未来の方が大事である。そもそもこの学園は、不人気メニューすら美味しい。
リーアは自腹で買うには高い蔵書をしばらく立ち読みしてから、悠々と食堂へ向かった。今までは、この作戦でコルネリオを撒けていたのだ。
食堂に彼女の姿が見えないので、昨日までの彼はそこで諦めてくれていたらしい。なにせお貴族様の昼食は実に優雅なため、花々が咲き乱れる校庭の四阿で食べる生徒もいる。
そう、この学園の校庭は花園なのだ。グラウンドなどという野暮な設備は「演習場」なる名目で別に造られているのだ。バブリーである。
また学園の敷地外まで飛び出し、気に入ったレストランへ通う生徒も多いらしい。そのためコルネリオも、リーアが食堂以外で昼食を摂っていると考えていたのだろう。
だが、今日の彼は違った。
リーアが余り物のメニューを頼み、薄暗い壁際の端っこ席に座った瞬間。
昼食作りに励むコックたちの間から、彼はヌルリと現れたのだ。コルネリオは叫び声を上げそうになるリーアを真正面からロックしたまま、満面の笑みでカサカサと彼女に接近し、そのまま小さなテーブルにかじりついた。
そして、現在に至っている。
公爵家の跡取りともあろうお方が、コックに混じって何をしていたのだろうか。絶対にロクなことをしていない気がする。
――などとコルネリオの一連の挙動を振り返ってみても、やはり討伐対象である気がした。リーアは騎士団に通報しようか、と一瞬本気で考える。
(ここのお嬢さんたちは、これの何がいいんだ……あ、顔か。顔はね……うん、すごくいい。悔しい)
顔がいいのは、リーアも否定できない。今もコルネリオへ視線を下げると嬉しそうに笑いかけられ、思わず照れてしまったほどだ。
悲しいかなリーアは、いわゆる面食いだった。幸先は悪い。




