3:出会っちゃいました
リーアとて、薄っすら気付いていたのだ。自分の才能、天井知らずだなぁと。
日本の義務教育とさして変わらぬ内容を教える女学校でも、魔術学の授業はあった。
魔術学の教師曰く、魔力を使わずに溜め込み過ぎるのは体に悪いらしい。国名が国名なだけに、ウンコ並びに便秘のメタファーにしか思えない。
そして便秘を回避するため、リーアも魔術は積極的に覚えて使った。使えば使うほど、彼女の内なる魔力量は右肩上がりで増えていった。
これが面白くて、更に難しい魔術を学んではまた使った。
そして遂には、伝説の青い目をした真っ白な竜を召喚してしまうほどに成長したのだ。咆哮する竜を目にした教師が、腰を抜かしていたのはつい半年前のことだ。
しかしそれでも、彼女は自分が素敵な凡骨ロードを歩けると信じて疑わなかった。だってこの世界には、ありがたくも忌々しいインターネットやSNSが存在しないのだ。
だから自重を知らない魔力を抱えた逸材がいたところで、自分から国に売り込まなければ大丈夫――と信じていたのだ。
こんな世の中にも、噂や他薦という概念はあるのに。
彼女が口止めをうっかり忘れていたばかりに、腰を抜かした教師と校長が王都に報告したのだ。
「うちにとんでもない魔術師の卵がいますぜよ!」
と。報連相並びに根回しは、たとえ異世界でも重要らしい。
そんなこんなで彼女は、割と自業自得での編入学だったりする。恐るべし、向上心と好奇心。
リーアは爽やかに晴れ渡ったある朝、嵐の夜のような面構えで学園の正門前に立った。今日からこのバカゲーの舞台に、自身も踊り込むのだ。
ゲーム画面越しには愛らしく見えていた、真っ白な制服すらも忌々しい。
金属製の正門には蔓薔薇が絡まり、深紅の花を満開に咲かせている。左右を花に彩られた正門の中央には、大きな諸刃の剣をあしらった校章が輝いていた。
剣は学園内に安置されている破邪の剣であり、この国の平和の象徴でもあった。
本作のタイトルである『剣の乙女は恋に落ちて』の剣とは、この破邪の剣のことを指している。
タイトルになっていることからもお察しの通り、いずれリーアの武器となるのだ。
でも全く要らないので、可能ならブックオフまたは買取大吉に売り払いたい。もちろんセカンドストリートでも構わない。
それに本作の展開から察するに、破邪の剣をぶん回して悪と戦うのは別にリーアでなくても構わないのだ。
原作でもたまたま偶然、剣の近くにリーアがいたから選ばれただけに過ぎない。早い話がもらい事故だ。
それこそ、いずれラスボスとして立ちはだかるストーキング悪役令嬢ことコルネリアが、剣を握っても全く問題ないだろう。
ラスボスの前座として彼女と戦うのだが、それはそれはエグい強さだった。魔術と剣術に秀でてフットワーク(と倫理観)が軽い彼女は、これまでのボスとは一味も二味も違っていた。
しかも彼女に無事勝利しても、今度は邪神と合体してのラスボス戦を挑まれる。
コルネリアは終盤までコメディリリーフ的な味方ポジションだっただけに、その落差がトラウマになったユーザーも多かったはずだ。
しかし妙に強いラスボスになれるポテンシャルをお持ちということは、裏を返せば救国の英雄になれる可能性も秘めているということであり。
リーアが面倒臭い役目を負わずとも、放っておけば彼女がどうかしてくれるだろう。というか、してくれ。
(頼みます。わたしは絶対に目立たないので。クソ陰キャ貧乏娘で通すので。コルネリアさん、全部どうにかしてください。あなたお金持ちでしょ!)
リーアはとんでもなく無責任かつ他力本願なことを考え、息を一つ吸う。そして出来るだけクソ陰キャ貧乏娘に見えるよう、猫背を作った。もちろん髪型もただ一つに束ねてだらしなく結っただけの、勤続二十年・ベテラン事務員の長時間残業風ヘアスタイルだ。
最後にじっとりと、溌剌さゼロな足取りを装ってトボトボと正門をくぐる。
そのまま彼女はどこぞの庭園のような、花々が美しく咲き誇る校舎までのアプローチを進む。
が、
「オラァ! 声出せェーッ! 一・二! 一・二! 一・二! ッセイ、オーライ!」
「オーライ、ごっつぁん!」
さほど離れていない距離から、妙な掛け声のコール&レスポンスが聞こえて来た。ついでに、重低音を轟かせる足音の集団も。
リーアもつい、そちらを見る。
薔薇やよく分からないけど綺麗な花々が咲き誇る花壇の間を、髷を結った半裸の男たちが走っていた。
半裸ちょんまげな彼らは、ここの相撲部員である。ヨーロッパ風の世界観から著しく乖離というか剥離骨折しているが、相撲部で間違いない。髷だし、攻略対象キャラにも相撲部員がいるのだ。
何を言っているんだと思われるかもしれないが、事実なので仕方がない。これぞバカゲーの本気だろう。
たださすがに、リアル力士に比べて全員が締まった固太り体型である。そこは日和るんだ、と前世のリーアも思ったものだ。
しかし相撲部は、学園の女生徒たちからは人気らしい。ジョギングする彼らにあちこちから、浮かれはしゃいだ声援が投げかけられていた。
たしかに部員は全員整った顔をしているし、しかも半裸である。ご褒美感はなくもない。
(まあ男も女も、健全なちょいエロは好きだから。わたしも好きでしたよ、ええ、はい。目の保養、ごっつぁんです)
リーアが黄色い声にこっそり同意していると、その声が倍以上に大きくなった。誰かが半裸から全裸になったのだろうか、と疑ったが違った。
「見てぇっ! 王太子殿下とコルネリオ様よぉぉ!」
「素敵ぃぃー! いつも麗しいわぁー!」
相撲部の半裸たちよりも女生徒の心をかっさらったのは、リーアに少し遅れて登校して来た人物らしい。
王太子殿下、という単語にリーアはギクリとし、歩く速度を上げようとした。
(……え? コルネリ“オ”?)
だが、そこが引っかかってつい足を止めてしまう。聞き間違いかもしれないが、たしかにコルネリオ、と誰かが呼んでいたのだ。
コルネリ“ア”でなく。
ここで動くべきではない、と分かっているのに。
しかし些細だが大きなその違和感がどうしても気になり、リーアは後ろを向いてしまった。
彼女の視線の先には、キラッキラの金髪を朝日で更に煌めかせている、二次元イラストでは見覚えのあるイケメンと、そして誰かの面影がある、黒髪の妖艶で物憂げな美男子が立っていた。
女生徒にキャーキャーと騒がれている二人へ、一人の男子生徒が駆け寄って声をかける。
「おはようございます、王太子殿下、メリディアーニ公爵令息。本日の定例会ですが――」
悪役令嬢コルネリアと同じ家名で呼ばれ、そして彼女に似た色男の視線がこの時、ふと遠くに向いた。リーアと目が合う。
リーアが反射的に身を強張らせた瞬間、公爵令息もびっくりしたように目を見開いた。そしてじわじわと、頬を赤らめて憂い顔を綻ばせる。もちろんリーアを凝視したまま。
(あ。なんかヤバそう)
この変化に、リーアは本能的な危機感を覚えた。慌ててその場を去ろうと、彼に背を向ける。
が、その前に隣を歩く誰かに、思い切り突き飛ばされた。




