13:悪役令息でしょうか?いいえ、ヤンデレ令息です。
邪神討伐の旅路自体は一週間を費やしたものの、実稼働時間は五時間/日かつ三食付きという、案外福利厚生も行き届いたぬるーい代物だった。
邪神を祀っている地下神殿は、実際に足を踏み入れると想像以上に暗かった。ついでにウン百年も締め切っていたので湿気も酷く、大変カビ臭い。
しかも部屋や階段や回廊のあちこちに、人骨やら動物の骨が散乱しているのだ。不快度指数は天井知らずだろう。
しかしリーアとコルネリオを中心に据えた討伐隊(実力と経験重視のため、攻略対象キャラは学園の司祭のみだった)は、そんな劣悪な環境にも負けず快進撃を続けた。
いや、コルネリオの元気があり余っていた、と表現する方が正しいか。
全員アラサーの、屈強な騎士や熟練の魔術師たちが動くよりも先に、リーアを狙う眷属たちを千切り・みじん切り・丸焦げにしていったのだ。彼は地獄の三丁目で働く料理人だろうか。
「コルネリオ君は、リーア君との婚約が嬉しくて仕方がないんですね」
学園内の事情にも詳しい司祭だけが、ドン引きの討伐隊メンバーを見渡しながら平和な感想を口にしていた。ちなみに彼には、隙あらば服を脱ぐというとんでもねぇ性癖がある。幸い神殿内では、ガッチガチに服を着てくれていたが。
そんなこんなのパートタイムの進軍が七日目を迎えたところで、あっさり神殿の最奥に辿り着いた。
原作であれば道中にて、邪神を信奉する教団の邪魔が何度も入るのだが、進軍スピードが異常過ぎて彼らも間に合わなかったらしい。結局、一度も出会わず仕舞いだった。
当の邪神も、
「えっ、なんか早くね? いやまだ吾輩、蘇って二週間も経ってないっていうか……やっぱ早くない?」
と慌てている内にコルネリオによって三枚におろされ、あっさり再封印された。ちなみに最期の言葉は
「普通、もうちょっともったいぶらね?」
であった。
「妙に砕けた口調でしたね。神なのに」
三枚おろしという謎特技も持っていたコルネリオは、再び地中に沈んでいく邪神を眺めながら不思議そうに呟いている。
(こんな短期間で突入されたら、そりゃ素も出るよ)
「……心の準備が、まだ出来てなかったんだと思いますよ。分かんないですけど」
リーアは薄ら笑いで、当たり障りなく邪神をフォローした。
原作での邪神は袖がヒラヒラした着物のような衣装を着ていたが、さっきはタンクトップと短パン姿だった。これは悪いことをした。
コルネリオはリーアの推測に微笑む。
「我が国の主神に闇討ちを仕掛けた時にも、あのように慌てふためくといいのですが」
次いで物騒なことを言ってから、リーアの前で片膝立ちになった。
「な、なんですか?」
経験則上、コルネリオに跪かれるとロクなことが起きない。リーアは身構えた。
しかし彼は常套手段の甘ったるい口説き文句、または手への高速頬ずりを繰り出さず、代わりに防刃ジャケットの内ポケットからずるりと何かを取り出した。
それは紙の束だった。よくこんな大きさのものが、内ポケットに入ったものである。
「え? それ、本当に何ですか?」
「ずっと貴女にお渡ししたいと思っていました。一度、見ていただけますか?」
コルネリオは「何か」については答えず、麗しい笑顔のまま紙を押し付けて来る。
パッと見た限りは、ただの書類のようだ。紐で束ねた上、ご丁寧に表紙も付いている。そこには「第一案」と書かれていた。
邪神討伐後の、報奨金の折半案だろうか。
リーアはアホ面で剣を振り振りしていただけなので、三割貰えれば文句もない。へい、と書類を受け取って開いた。
だが中に書かれていたものは、折半案でもなければ装備一式の請求書でもなかった。ドレスのデザイン画だった。
ペラペラと何枚かめくっても、多種多様なドレスしか描かれていない。
「わあ、可愛い」
リーアはその内の一つに心を惹かれ、はしゃいだ声を出した。胸元に花飾りをあしらった、シンプルだが愛らしさもあるデザインだった。
(でも全部、白いドレスばっかり?)
塗り忘れているだけか、と思ったが違った。
「ああ、そちらは私も気に入っています。飾りに使うのは、公爵家の家紋の薔薇にしようかと考えていまして」
「家紋? これ……何用のドレスですか? というか、誰が着る――」
「結婚式用のドレスで、着るのはもちろん貴女ですよ、リーア嬢」
リーアの意識は束の間、地下神殿を抜けて大地を飛び出し、成層圏すら越えて宇宙で星屑になった。焦点の合わない目のまま、しばし固まる。
たしかに嫌々というか渋々というか、丸め込まれるような形でコルネリオと婚約は結んだ。
だがそれも、十日ほど前のことである。約十日前に国へ婚約の届け出を行い、一昨日に承認が下りたという話を、通信魔術で聞いたところだ。
つまり婚約者になって、まだ三日目である。本来ならまだ、お互いに照れ照れしながら歩み寄る段階であり――
「……早くないっすか?」
リーアは先程の邪神ではないが、こう言わずにはいられなかった。
リーアがあまりのスピード感に呆然としていると、膝立ちのままのコルネリオが波打つ黒髪を揺らして笑った。
「そうでしょうか? ですが式は大掛かりとなりますし、早いに越したことはありませんよ」
「いや、そうですけど……でもほら、まず式の段取りとか決めてから、次にドレスを決めた方がいいんじゃないですか?」
彼女が及び腰になった途端、コルネリオの笑顔の湿度が変わった。表面上はにこやかなままなのに、瞳孔もかっ開く。まごうことなき、ヤンデレのスマイルだ。
ヒンッ、とリーアが一声鳴いた時にはもう遅く。コルネリオは彼女が持ったままの、ドレス案に手を伸ばした。
「ドレスが乗り気でないのでしたら。こちらを先に決めましょうか」
彼が開いたページには、幅の広い筒状の何かのデザイン画があった。手首に巻くもののようだ。
「えーっと、可愛いですけどこれ……バングル、ですか?」
国産ゲームが原作なので、この世界も新郎新婦が結婚式に交換するのは指輪だ。バングルを交換するなんて、初耳である。
窺うようなリーアの怯えた目に、コルネリオはしっとりと笑う。
「いいえ。こちらは手枷です」
「手ッ!?」
「ああ、ご安心下さい。鎖は魔術で編んだものを用いますので、日常生活ではさほど不便もありませんから。それにかつての奴隷が使っていたものよりも、よほど使いやすく、そして可愛らしいデザインにしますよ」
この男の場合、本当にお揃いの手枷を作って、レッツ共依存な劇物夫婦生活を始めかねない。
(ある程度の拘束は我慢するけど……手枷は嫌すぎる!)
リーアのトイレや入浴にも、この男は絶対について来そうだ。出会ってからまだ日も浅いが、それだけは断言出来た。
こいつは、必ずやらかす。
頬を引くつかせる彼女は、二人のやり取りの不穏さに気付いた騎士たちに恐々と見守られる中、ヤンデレへのベストアンサーを超高速で叩き出した。
ドレスと手枷の図案を胸に抱きしめ、眉と目尻をへにょりと下げる。悲しげで、庇護欲を誘う完璧な困り顔だ。
「……て、手枷は、ちょっと嫌……かもです。だって……服を選ぶというか、長袖だと手首が窮屈になりそうだし」
「……」
「なので、指輪にしましょうっ。ウエディングドレスと合わせて、薔薇をあしらったデザインなんてどうですか?」
リーアは殊更明るい声で、コルネリオに訴えた。しかし彼は闇よりも暗い、深海で生きる魚のような目のままだ。
(んもーっ、目が怖い! 無言で笑顔も怖い! この野郎!)
胸中で叫びながら、リーアはその病み切った目を覗き込んだ。
「指輪には、コルネリオ様の瞳と同じ色の宝石も付けたいです。ガーネットなんてどうでしょう?」
「……リーア嬢は、私の目がお好きですか?」
「え? まあ、はい。綺麗ですし」
リーアが素直にうなずくと、コルネリオの深海魚めいた目がキラキラと輝きだす。
「そうですか。では私の指輪には、貴女の瞳によく似たアクアマリンを付けても?」
「あ、はい。それは、別に大丈夫ですけど」
リーアが快諾すると、コルネリオは鼻歌でも歌いそうなぐらい上機嫌になって立ち上がった。そして彼女の手を取って、意気揚々と来た道を引き返す。
リーアは半ば彼に引っ張られながら、思った。
(なんかもう、後戻りできないトコまで突っ込んじゃった気がするような……)
ゲームの強制力やらコルネリオ本人の生き急ぎ力により、気が付けば随分と深みにはまったようだ。
コルネリオという名の底なし沼に。
そしてあり得ないスピード感で、堕ちたとはいえ神を討伐したリーアたちは後日、ようやく活動を始めた邪教集団も光の速さで壊滅させることになる。
このタイパのよすぎる活躍が、後世の歴史書にもばっちり記載されるのは当然の流れだろう。
史上最強と名高い公爵と、彼に溺愛されつつ奇行に翻弄されながらも生涯寄り添った剣の乙女改め、公爵夫人の名と共に。
もちろん現在のリーアは、そんなことになるとはこれっぽっちも思っていない。
今の彼女の脳内にあるのは
(……けどコルネリオの場合、こっそり手枷も作りそう。いや、こいつなら絶対やる。だってコルネリオだし。バレないように捨てないと)
という決意だけだった。
そしてこの目論見は、たぶんバレるだろう。ご愁傷様である。
ということでチョロすぎ面食いヒロインと、病みすぎ公爵令息ニキのお話はおしまいです。
お付き合いいただきまして、ありがとうございましたー!




