11:悪役令息は確信に至る
コルネリオは神が嫌いだ。教会にもほとんど行ったことがない。
それは幼い頃、強くて優しくて誰よりも格好良かった兄を奪った挙句、性格最悪の両親だけを残しやがった恨みに由来する。
なお両親は今も健やかに病気一つせず生きており、つくづく神はクソだと思わずにはいられない。
そのため教典にも疎い彼だが、邪神の眷属をどれだけ斬って焼いて砕いても、両親並みにしぶとく再生する理由だけは覚えていた。ギリギリ辛うじて、だが。
「……破邪の剣でないと滅ぼせない、というのは真実のようですね」
出来るだけ動揺を悟らせないよう、押さえた声で呟く。彼と背中合わせで戦うウンデルトも、舌打ちしながら応じた。
「みたいだな。クソが、封印が破れるなんて聞いてないぞ」
邪神の封印は、ウン百年もの間安泰だった。だからこそ邪神を祀る地下神殿の上に、貴族の子息を通わせる学園をぶっ建てる、というとち狂ったことも出来たのだ。なにせ地価が安い。王都なのに。
ウンデルトは眷属を叩き割りながら「親父に文句言ってやる!」と息巻いていた。まだまだ元気は有り余っているようで、何よりだ。
コルネリオは短剣を握り直しながら、一瞬だけすぐ近くの扉に目を向ける。リーアを逃がした図書室だ。
図書室の奥には、破邪の剣が安置されている。剣の周りにも邪神除けの結界が張り巡らされており、そして剣自体にも「よくないもの」を遠ざける力があるという。その近くにいる限り、彼女の身も安全なはずだ。
事実、彼女の何か困っているような独り言が、扉越しにうっすらと聞こえていた。独り言が出るなら、まだまだ元気ということだろう。
神のことが嫌いなコルネリオは当然、運命や因果応報や星の導き云々といった、スピリチュアル的発想も大嫌いだ。
しかし、リーアを目にした瞬間にあることを確信した。彼女と出会うのが、自分の運命だったのだと。
たしかにリーアは非常に愛らしい顔立ちをしているが、美貌なら自分の顔で見慣れている。おまけにウンデルトも含め、周囲の人間ももれなく美形である。今更そこに、何かときめくこともない。
だから容姿に一目惚れしたわけじゃない――はずだ。それよりももっと、根源的な衝動が走った気がする。
「自分は、この子のために生まれて来たんだ」
という、根拠もへったくれもない何かを悟ったのだ。
そしてこの確信は、リーアを知れば知るほど強固になった。
コルネリオは自分が、かなり厄介で面倒で異常な愛情表現しか出来ないと、薄々感じていた。今まで親との交流すら怠けていたツケだろう。
そんな異常な絡み方をしても、リーアの反応は恐ろしく普通だった。
いや、普通の人に接しているようだった、と言うのが正しいか。
とんでもなく困った顔をしながらも、次には「仕方がないなぁ」と言いたげに笑顔を作る。そしてぎこちなくも、コルネリオがそばにいることを許してくれるのだ。
公爵家や、王太子の腹心にへりくだるでもなければ、真っ青になって逃げるわけでもない。ごくごく普通の、その優しさが嬉しかった。
一方で「私以外の社会不適合者にも好かれそう」という不安はあったが。
ともかくそんなリーアにますます惹かれたコルネリオは今も、ウンデルトより彼女を守るために戦っているのだが――その時だった。
図書室にいるリーアの、ひと際大きな独り言というか叫びが、ぶ厚い扉を貫通して聞こえたのだ。
「……くそう、なんでコルネリオ様の顔が、どちゃくそ好みなのよぉぉ! わたしの馬鹿野郎!」
「えっ!?」
危機的状況であることも忘れ、コルネリオの頬が思わずポッと色づく。彼女から困られている自覚はあったが、容姿だけはお気に召していただけていたらしい。これはいいことを聞いた。
「あいつ、意外と口悪いな。貴族だよな?」
叫びはウンデルトにも聞こえたらしく、自分のことを棚に上げてぼやいている。
しかしコルネリオが彼の揚げ足取りをする前に、次の異変が起きた。扉の隙間から突き刺すような白い閃光が漏れ、そこから間髪入れずに爆発音と衝撃が響き渡ったのだ。
まさか室内にも眷属が現れたのか――そんな最悪の想像に、コルネリオの肌がたちまち粟立つ。
「リーア嬢! 何があったんですか!? 答えてください、リーア!」
焦る彼の声に、意外にもあっさり返答があった。言葉でなく、もっと分かりやすい現物で。
図書室の前に立つ男二人も弾き飛ばす勢いで、扉が蹴り開けられた。まるで先程の自分のやらかしを見ているようだ、と慌てて後ずさったコルネリオの視線の先には、片足を前に突き出したリーアがいる。
彼女は何故かふてくされた顔で、大きな大きな白く輝く大剣を肩に担いでいた。
室内で渦巻く謎の風に髪をあおられた、凛々しいその立ち姿を見た瞬間だった。コルネリオの脳内に「デェェェン!」という重低音の効果音が鳴り響いたのは。
どうしてだろう、彼女の背後に「コマンドー」という太文字も見える。
リーアはくりくりとした空色の目に薄っすら涙を浮かべながら、肩に担いだ大剣――破邪の剣を両手で持ち直した。その剣を向けられた瞬間、眷属たちが一瞬縮こまったのは見間違いではないだろう。
「もう、ふざけんな! お前らみんな死ね! ばーか!」
リーアがタチの悪い駄々っ子みたいなことを叫び、大きく剣を振った。バットのように振られた剣の軌道は、それはもう見るに堪えないヘロヘロで弱っちいものだった。
だが、そのヘロヘロ軌道に沿って星屑のような光の粒が放射される。剣先から放たれた光は辺りの眷属目がけて飛んでいった。眷属の黒い体に、小さな無数の星屑が接触するとたちまち――爆発した。
あっという間に内容物らしきものをまき散らした、惨殺死体が大量生産される。
「うわっ、グロ……」
この一言を呟いたのは、ウンデルトだったか。それともグロの実行犯であるリーアだったか。誰の呟きだったのか分からないほど、コルネリオが呆然としている間に眷属は全滅した。文字通りの秒殺、である。
ポカンと棒立ちになっているコルネリオの胸に、じわじわとせり上がるのは確信だった。
(きっと私は、彼女を守るために生まれて来たんだ)
兄が死んだあの日からずっと「もしも神に会えたら、熱したフライパンでケツをぶん殴って心をへし折ってやるのに」と考えていた彼は、生まれて初めて神に感謝した。
(リーアと出会わせてくれて、ありがとうございます。もしも神へのお目通りが叶った際には、熱していないフライパンでお尻を叩く所存です)
会う機会があるのかも分からぬ神よりも前に、ケツを叩いて心をへし折る相手がいることも分かった。コルネリオは、周囲を恐々と見回すリーアの前に膝を折る。
「もう、いないよね……え? コルネリオ様、どうしました? 怪我してるんですか?」
リーアも彼の異変に気付き、慌てて目線を合わせようと腰を落とす。だがコルネリオは彼女がしゃがみ込む前に、手と視線で制した。
「どうか貴女はそのままで。剣の乙女、リーア嬢よ」
剣の乙女と呼びかけた途端、リーアが思い切り顔をしかめた。ウンデルトではないが、そのまま「クソが」とぼやきそうな面である。
「あー……うん、はい、まあ、成り行きで乙女には……なりましたがー……」
声もとんでもなく嫌そうだったので、コルネリオはつい噴き出す。
「急な出来事ですし、やはりお困りなのですね」
笑顔のまま上目に彼女を見つめると、頬がほんのり赤らんだ。コルネリオの顔が好みだという絶叫は、やはり真実らしい。
「そりゃもう。いやだって、ほら、眷属が出るとか聞いてないっていうか……」
桃色の髪を指に絡めてもじもじする彼女の、もう片方の手を取った。
「そうでしょうとも。ですので是非、私に守らせてください」
「は? え?」
「リーア嬢、貴女を愛しています。将来の伴侶として、貴女の全てを守らせてください。そして一緒に、邪神を討伐いたしましょう」
邪神であれば、熱々のフライパンでどこを叩いても折っても、合法に違いない。なんとも好都合じゃないか。
「うえっ」
しゃっくりに似たうめき声をあげ、リーアはそのまま数分間固まった。なお、二人のやり取りをしげしげと眺めていたウンデルトも
「なあ……こんなとこで求婚するか? 辺り一面、グロ死体だぞ?」
生き急ぐ腹心に、ドン引きの目を向けていた。




