10:だって顔がいいから
「まだ授業中ですよね? そろそろ戻りませんか?」
リーアがそう、二人というかコルネリオに提案しようとした時だった。
にわかに生徒会室の外が騒がしくなったのだ。廊下も、そして大きな窓の向こうから見える中庭も。どちらも生徒たちの悲鳴が聞こえる。
悲鳴に混じって、何かが壊されるような物騒な物音も四方から聞こえて来た。その合間に教師と思しき人物の
「化け物が! 邪神の眷属が出ました! ただちに避難して下さい!」
という、生徒への必死の呼びかけもこちらまで届く。これには三人も、顔色を変えた。
これまで難攻不落だったはずの邪神の封印が壊され、その眷属が地下神殿から学園内に流れ込む――原作ゲームの序盤で発生するイベントだ。このイベントをきっかけに、リーアは剣の乙女に選ばれてしまうのだが。
ゲームの存在を知らないウンデルトたちも、学園の地下に邪神が封印されていることは承知らしい。二人はすぐに立ち上がった。
「殿下。貴方もただちに避難なさってくださいね。私は先生方の助力に行って参りますので」
コルネリオがズボンの裾をめくり上げ、隠し持っていたナイフを取り出しながらウンデルトに言った。しかし侍従から剣を受け取ったウンデルトは、不貞腐れた表情を浮かべる。
「馬鹿か? 戦力は多いに越したことないだろ」
「しかし貴方は王族でいらっしゃいます」
「もしもオレ様が逃げた結果、他の生徒が死んだり、学外の国民に被害が出やがる方が王家にとっちゃ痛手だろ」
「……承知いたしました」
不承不承、とコルネリオが頷く。次いで彼は、青ざめて固まるリーアの前にしゃがみ込んだ。そして柔らかな声で語りかける。
「リーア嬢。まずは我々二人で、貴女を避難場所までお送りします。中庭にある教会は、対眷属用の結界が張られているので安全です」
「え、あ、でも、お二人は……」
「私たちはそれなりに腕も立ちますので、眷属退治のお手伝いをいたします。さあ、行きましょう」
邪神の眷属は、普通の武器や魔術では殺せない。剣の乙女だけが消滅させられるのだが、それを告げる間もなくコルネリオに腕を引っ張られて立たされ、生徒会室の外へと誘導される。彼女の後ろにウンデルトと、そして最後尾には剣を構えるメイドと侍従が続いた。
その隊列のまま、一階の中庭を目指して廊下を走る。
だが廊下の真ん中辺りまで来たところで、窓ガラスが割れて何かが踊り込んできた。磨き上げられた木床に転がるのは、二本の角と無数の目がある真っ黒な化け物だった。邪神の眷属だ。
ゲーム画面越しに見るザコ眷属は、子ども程度の背丈しかないこともあって怖さなんて微塵もなかった。しかしギチギチと歯を鳴らして涎をたらし、甲高い声で何かをわめく姿を目の当たりにすると、怖さと生理的嫌悪感で思わず鳥肌が立った。
しかもそんな気持ち悪い小鬼もどきが、割れた窓からわらわらと何匹も這い上って来るのだ。クモの産卵シーンめいており、リーアはか細い悲鳴をこぼした。
コルネリオも握った手から、彼女の恐怖を察知した。彼はリーアを背に庇った体勢のまま、間近にあるドアを薄く開けた。その中へ彼女を押し込む。
「リーア嬢。私がいいと言うまで、絶対にここを開けないように」
「えっ、あっ――」
焦るリーアの答えを待たず、コルネリオは素早く扉を閉じた。次の瞬間、ウンデルトの鬨の声、硬い何かがぶつかり壊れる音、甲高い鳴き声と怒声が、ぶ厚いドア越しにも聞こえてきた。
リーアはドアへ伸ばしていた手を無意識にひっこめ、数歩後ずさる。
だが、ここも安全な場所とは言えない。
たしかに窓が少なく薄暗く、遮蔽物も多いので眷属に見つかり辛い場所ではある。そしてコルネリオたちの頭数は、四人もいる。上品そうなメイドですら、短剣を持った姿がとんでもなく様になっていたのだ。
きっと手練れなのだろう。
しかしそもそも、眷属は普通の武器で殺せないのだ。魔術を使ってミンチや消し炭にしても、すぐ再生してしまう。そして何より――
「……ここ、図書室じゃん……」
本棚がお行儀よく並ぶ薄暗い室内を見渡し、リーアは死んだ目で呟いた。この図書室の奥の壁には、かなり年季の入った小さな扉が設けられている。見なくても分かる、というか知っている。
そこに、邪神を滅ぼせる剣が安置されているのだ。証拠とばかりに、先程からリーアの脳内にはある声が響いていた。
『わーっ! ちょうどいいところに、若い元気な女の子が! ほらほら、綺麗なお姉さん! そこで突っ立ってないで、奥に来ちゃって! そこの、日曜大工コーナーの奥に進んでさ! で、ドアがあるから開けちゃって! 大丈夫、大丈夫! 怖いこととかないからー!』
声は幼いが妙に強引で、繁華街の客引きっぽさもある。もちろんこちら、例の剣のお声である。原作ゲームによると、霊験あらたかなこの剣は付喪神的サムシングらしく、面倒くさくも意思を持っているのだ。
だがそれは今、ぶっちゃけどうでもいい。
リーアは脳内に直接響く声を聞きたくない、とばかりに頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「これが……! 強制力というヤツか! チキショォォー!」
振り絞るような声で慟哭する。
ここまでの経緯が、原作とは全く違うのだ。
ゲームでのリーアは当初、クラスメイトと上手く馴染めず放課後も図書室にこもっていた。そしてそこでウンデルトと運命の再会をした際に眷属に襲われ、彼を守るために剣を手に取るのだが。
途中は全く違うのに、結果として「眷属」「図書室」ついでに「ウンデルト」の手札が揃ってしまっていた。
なんでだよ、と叫んでも仕方がないだろう。
「そもそも、授業中に湧いて出て来るな! 放課後にしろよ、馬鹿!」
『眷属にマナーを説いても仕方ないよ? いいからほら、こっち来ちゃいなよ。ね? ね?』
「んもぉぉーい!」
リーアはなおも続く剣からのスカウトに、ピンク髪を振り乱して叫ぶ。
いいわけない。剣の乙女に選ばれて、いいわけがないのだ。簡単に「こっち来ちゃいなよ」などと言わないで欲しい。
リーアはイカれた攻略対象たちと接近するのも嫌だし、これ以上コルネリオとの縁が深まるのも嫌なのだ。
何より、あんな化け物どもと戦うことになるなんて、怖すぎる。
地下神殿の探索だって、絶対に臭いし汚いし色々痛い目に遭うし、筋肉痛だってエグいはずだ。それに途中で死ぬかもしれない。
だってこれは、現実だもの。
貧乏男爵家の小娘が負うべき負担ではない。
そう、荷が重すぎると、分かっているのに。
頭をかかえる彼女の脳内には、別れ際に見たコルネリオの顔が残っていた。
すっかり見慣れた、瞳孔が全開のおヤバい笑顔ではなく、恐怖で震える彼女を元気付けるような優しい笑顔だったのだ。
あんな凛々しさすらある素敵スマイルを、こんなギリギリの状況下でお出しされるなんて。そしてひょっとすると、あの微笑みとこのまま永遠にお別れするかもしれないだなんて。
「……くそう、なんでコルネリオ様の顔が、どちゃくそ好みなのよぉぉ! わたしの馬鹿野郎!」
奥歯を食いしばりながら、リーアは再び叫び、そして立ち上がった。
己の面食いぶりに呆れながらも、日曜大工のハウツー本が並ぶ本棚の前を横切る。そして、剣の安置室の扉を全開にした。




