0.8古代魔法
「魔力がある騎士なら、魔法障壁で関節を守れる。身体強化で筋力を補える。だが、お前には何もない。そんな枯れ木のような腕で人を斬れば、衝撃でテメェの骨が砕けて死ぬぞ」
「……っ」
「いいか。魔力ゼロのお前が生き残る道は一つ。
魔法という理不尽を、純粋な『質量』と『速度』でねじ伏せることだ」
ガザは近くにあった巨大な岩を指差した。
「おい坊主。今日はその岩を持って、山の頂上まで登れ」
ガザが指差したのは、僕の身体よりも大きな岩だった。
どう見ても50キロはある。今の僕の体重の2倍以上だ。
「……無理です、師匠。持ち上がりません」
「無理? 魔法使いの『身体強化』なら、小指で持ち上がる重さだぞ?」
ガザは焚き火の肉を齧りながら、冷たく言い放った
「魔力がないなら、筋肉で補え。持ち上がらねえなら、持ち上がるようになるまで筋肉を千切れ。……それ以外に、お前が生き残る道はねえ」
反論はできなかった。
僕は歯を食いしばり、岩に取り付いた。
だが、びくともしない。爪が割れ、指先から血が滲むだけだった。
(……くそっ、足りない!)
(普通の筋トレじゃ、ガザ師匠の要求するレベルに追いつくのに何年もかかる!)
悔しさと無力感に打ちのめされながら、その日は泥だらけになって終わった。
その夜。
僕は自室のベッドの上で、自分の右手を見つめていた。
筋肉痛で痙攣している細い腕。
これを鋼鉄に変えるには、普通の負荷じゃ駄目だ。もっと、常識外れの負荷が必要だ。
僕はサイドテーブルの『原初への回帰』に視線をやった。
あの日、禁書庫で味わった感覚。
空気を掴もうとした時の、あの圧倒的な重量感。
(……あれを、もう一度再現できれば)
あれは失敗だった。全身のスタミナを一瞬で持っていかれた。
だが、逆に考えれば?
「自分の意思で、いつでも最強の負荷を作り出せる」
ということにならないか?
「……やってやる」
僕は深呼吸をして、右手を前に出した。
イメージする。
掌の中にある空間を、カチコチに固まった「鉄球」だと錯覚する。
世界を、握る。
「……古代魔法――『掌握』!!」
ギチチチチッ!
空間が軋む音がした。
何も持っていないはずの右手に、突如として数十キロの鉄球を握らされたような負荷がかかる。
「ぐ、ぅぅぅぅ……ッ!!」
腕の血管が蛇のように浮き上がる。
重い。ただの空気が、鉛のように重い。
魔力で空間の密度を固定し、それを無理やり握り込む。
反作用として、筋肉繊維が悲鳴を上げ、ブチブチと千切れていく音が体内で響く。
「ま、だ……離さ、ない……ッ!」
脂汗が滝のように流れる。
意識が飛びそうになるのを、唇を噛んで耐える。
壊して、治す。壊して、治す。
超回復のサイクルを、魔法的な負荷で強制的に加速させる。
1分が、永遠のように感じられた。
「……はぁっ、はぁっ、」
術を解くと、僕はベッドに突っ伏した。
腕は赤黒く腫れ上がり、指一本動かせない。
だが、確かな手応えがあった。
細胞の一つ一つが、死の淵から蘇り、より強固なものへと作り変えられていく熱さを感じる。
これだ。
この『見えない鉄球』こそが、僕を最強へと押し上げる鍵になる。
◇
一ヶ月後。
「……ふんっ!」
ズシンッ!
僕は山の頂上で、背負っていた大岩を下ろした。
息は上がっているが、倒れるほどではない。
「……到着しました、師匠」
頂上で待っていたガザが、目を見開いて僕と岩を交互に見た。
「おいおい……マジかよ」
ガザが僕の腕を掴む。
その手触りに、彼は眉をひそめた。
「なんだこの筋肉は? 見た目は細いくせに、中身はワイヤーみてえに詰まってやがる……。おい坊主、隠れて何をしやがった?」
「……ただの、筋トレですよ」
僕はニヤリと笑った。
夜な夜な、空間を握り潰していたなんて言えない。
「ただ、ちょっとだけ……『空気の読み方』を変えただけです」
「……へぇ?」
ガザは嬉しそうに口元を歪めた。
「いいぜ。その身体なら、次のステップに進める。基礎作りは終わりだ。今日からは……本当に殺しに行くからな」
こうして僕は最初の古代魔法『掌握』を習得した。
それは敵を倒す武器である以前に、僕という「器」を鍛え上げるための、最高の相棒となったのだ。
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