0.7隻眼の鬼神
埃を被った、一冊のボロボロの古書。
『原初への回帰』
背表紙には古代文字。
必死に言語学を学んでいた僕には、その冒頭の一文が読めた。
『――魚は水を知らず。人は風を知らず』
『満ちるを知るは、欠けたる器のみ』
心臓が早鐘を打った。
現代の魔法理論では、魔力は体内に溜めるものとされている。
だが、この本は言っている。魔力は世界そのものに満ちていると。
「……魚は、水を知らない」
魔力を持った人間は、自分の魔力が邪魔をして、外にある魔力を感じ取れない。
だが、魔力ゼロの僕なら?
僕は震える手で、窓を開けた。
外は嵐だった。風が木々を揺らしている。
(……掴めるか?)
僕は空虚な右手を、空間へと伸ばした。
「魔法を使おう」とはしなかった。
ただ、そこにある透明な空気を、重たい物体だと思い込んで、力づくで掴もうとした。
グッ。
全身の筋肉に力を込める。
あるはずのない抵抗を脳に錯覚させる。
「……ぐ、ぬぅぅぅ……っ!!」
バチチッ!!
僕の指先で、空間が悲鳴を上げた。
何かが引っかかった。
まるで、巨大な歯車に指を挟まれたような、圧倒的な重量感。
「――!?」
ガクンッ。
僕は膝から崩れ落ちた。
激しい目眩。鼻血が滴り落ちる。
たった一瞬、空気を「掴もう」としただけで、全力疾走した後のように体力を根こそぎ奪われていた。
でも、僕は笑っていた。
「……あった」
本には何も書いていなかった。
魔力制御の方法も、術式も。
だが、今の失敗が教えてくれた。
この「古代魔法」を行使するには、世界そのものの質量を支えきれるだけの『強靭な器』が必要なのだ。
今の僕の貧弱な身体では、魔法を使う前に自滅する
なら、どうする?
答えは単純だ。
「……作るしか、ない」
僕は血まみれの口元を拭い、よろりと立ち上がった
最強の器を。世界の重さに負けない、鋼鉄の肉体を
◇
古代魔法を見つけた翌日。
僕は父上に頼んでいた剣術の指南役をつけてもらうことになった。
父上が連れてきたのは、予想外の人物だった。
「……こいつが、蒼の坊主か」
屋敷の訓練場に現れたのは、ボロボロの外套を纏った男。
左目には眼帯、右目だけがギラギラと獣のように光っている。腰には古びた刀を差していた。
「紹介しよう、アロイス。私の古い友人、ガザだ」
父上は少し気まずそうに言った。
「口は悪いが、腕は私が保証する」
ガザは僕を値踏みするように見下ろした。
「クロノ。俺の剣は、騎士のお遊戯じゃねえぞ。『人殺しの剣』だ。このひ弱な坊ちゃんに耐えられるかね?」
「やります!」
僕は即答した。
「魔法使いに勝てるなら、悪魔の剣だって覚えます」
ガザは一瞬きょとんとして、それからニヤリと笑った。
「……いい目だ。絶望を知ってる奴の目だ」
ガザは木刀を杖のように突きながら言った。
「お前には魔力がない。身体強化も障壁もない。一発掠れば死ぬ。……なら、やることは一つだ」
『当たらずに、殺す』
「走れ。誰よりも速く。振れ。岩を断つほど重く。
見ろ。死の予兆を肌で感じろ」
「とは言っても、だ。まずはアロイス。お前のそのへなちょこな身体をどうにかしないとな。」
こうして、特訓の日々が始まった。
んーまとめるのが難しいですね
誤字脱字、改善点などあれば教えていただけると嬉しいです。




