0.6 開かずの扉へ
婚約破棄騒動の後。
僕は再び研究に行き詰まっていた。
現代の魔法理論書をどれだけ読んでも、魔力ゼロの人間が魔法を使う方法は見つからない。
「……万策尽きたか」
図書室で頭を抱える僕に、セバスチャンが音もなく近づいてきた。
その手には、古びた重厚な「鍵」が握られている。
「……セバス? その鍵は」
「書斎の奥にある、『禁書庫』の鍵です。ここには、現代魔法学から外れた異端の学説や、古代の記録が封印されております」
セバスは、僕の目を真っ直ぐに見つめた。
それは、ただの主従を超えた、導き手の目だった。
「旦那様には『なんでもしてやってくれ』と仰せつかっていますので。今の貴方様になら、この扉を開く資格があるでしょう」
「どうして僕に?」
「現代の常識で勝てないのなら、ルールそのものを変えてしまえばよろしいのです。貴方様なら、見つけられるはずです。世界をひっくり返す『何か』を」
僕は鍵を受け取った。
冷たく重い金属の感触。それは、この老執事が長い時間をかけて守ってきた信頼の重さでもあった。
「ありがとう、セバス!」
書斎の最奥。
重厚な樫の木の扉の前で、僕は足を止めた。
ここが『禁書庫』。歴代の当主たちが封印してきた異端の知識が眠る場所。
「……アロイス様。一つだけ忠告を」
背後のセバスチャンが、珍しく緊張した声を出す。
「この扉には、初代当主が施した強力な魔力感知結界が張られております。
魔力を持つ者が許可なく触れれば、紫電に焼かれ、警報が屋敷中に鳴り響く仕組み。……私も、うかつには触れられません」
「……焼かれるかもしれないってこと?」
「あるいは、貴方様なら『通り抜ける』かもしれません」
セバスは、試すような目で僕を見た。
僕はゴクリと唾を飲み込み、古びた鍵を鍵穴に差し込んだ。
(拒絶されるか? また、世界は僕を弾き出すのか?)
震える指先。
僕は覚悟を決めて、鍵を回した。
カチャリ。
乾いた音が響く。
……何も起きない。電流も、警報も。
「……結界が、反応しない」
僕は呆然と呟いた。
「左様でございますか」
セバスが満足げに頷く。
「この結界は『魔力』に反応して作動します。ですが貴方様には魔力が一片もない。つまり結界にとって、貴方様は認識すべき『人間』ですらない。ただの空気か、石ころと同じ『透明な存在』として判定されたのです」
透明人間。
それは僕のコンプレックスだったはずなのに、今はそれが唯一の武器になった。
皮肉な話だ。魔法に愛されなかったからこそ、魔法の拒絶を受けずに済むなんて。
鍵は開いた。だが、本当の試練はここからだった。
「……くっ、重い……ッ!」
ノブを回して押すが、扉は岩のように動かない。
何十年、いや何百年も閉ざされていた蝶番が錆びつき、侵入者を物理的に拒んでいる。
魔法使いなら、風魔法で吹き飛ばすか、身体強化で軽く開けるだろう。
でも僕には、この小さな身体しかない。
「う、うぅぅぅぅぅッ!!」
靴底が床を擦り、ギュッギュッと音を立てる。
歯を食いしばり、全身の体重を扉に叩きつける。
爪が割れそうになり、額に血管が浮き出る。
(開け。開いてくれ!)
(ここで開かなきゃ、僕は一生「ゼロ」のままだ!)
悔しさと、執念。
それらが筋肉を軋ませ、限界を超えた力を絞り出す
ズズ……ッ。
鈍い音がした。わずかな隙間が生まれる。
そこから漏れ出たのは、カビ臭い古書の匂いと、冷たい風。
閉め切った地下室のはずなのに、なぜかそこには、荒涼とした風が吹いていた。
「……開いた……!」
ギギギギギギ…………
悲鳴のような金属音と共に、扉がゆっくりと内側へ開かれていく。
その向こうに広がっていたのは、床から天井まで埋め尽くされた本の壁。
そして、部屋の中心に鎮座する、一冊のボロボロの古書。
まるで、僕が来るのをずっと待っていたかのように
「お見事でございます、アロイス様」
セバスが深く、恭しく頭を下げた。
「さあ、お入りください。そこは貴方様だけの戦場です」
僕は汗を拭い、埃っぽい暗闇の中へと足を踏み入れた。
んーちょっと展開おそいですかね?
まあとりあえずこんなんで。
誤字脱字、改善点などありましたら教えていただけると嬉しいです。




