0.4 空っぽの器と、小さな手
魔力測定の日から、一週間が過ぎていた。
屋敷は重苦しい空気に包まれていた。
使用人たちは腫れ物に触れるように僕を避け、両親は努めて明るく振る舞っていたが、その優しさが余計に僕の心を抉った。
(僕には、価値がない)
(イニティウム家の恥晒しだ。僕なんて、生まれてこなければよかったんだ)
5歳のアロイスは、自室のベッドに潜り込み、膝を抱えて震えていた。
「英雄」から「無能」への転落。
幼い心は完全に折れ、食事も喉を通らなくなっていた。
◇
その夜。
喉が渇いて目を覚ました僕は、ふらふらと廊下に出た。
月明かりの中、幽霊のように屋敷を彷徨う。
そして、ふと「子供部屋」の前で足を止めた。
そこには、生まれてまだ1歳にもならない妹――セリナが眠っている。
(……セナ)
僕は吸い寄せられるように部屋に入った。
ベビーベッドの中。
スヤスヤと眠る赤ん坊。
桃色の髪と、天使のような寝顔。
僕は柵越しに、彼女を見つめた。
(ごめんね、セナ)
(お兄ちゃんは、すごい魔法使いになって、君を守ってあげるはずだったのに)
(魔力ゼロの、役立たずのお兄ちゃんで……ごめんね)
涙が溢れて止まらなくなった。
彼女が大きくなったら、僕のことを軽蔑するだろうか。
「無能な兄様」と笑うだろうか。
そう思って、背を向けようとした時だった。
「……あー……う……」
小さな声がした。
振り返ると、セリナが目を覚ましていた。
大きな瞳が、暗闇の中で僕をじっと見つめている。
「起こしちゃったかな。ごめんね」
僕が顔を近づけると、セリナは泣くこともなく、キャッキャと笑った。
そして、小さな手を天に向かって伸ばした。
何かを掴もうとするように。
僕は恐る恐る、自分の人差し指を差し出した。
魔力のない、空っぽの指先。
ぎゅッ。
セリナの手が、僕の指を握りしめた。
驚くほど強い力だった。
温かい。熱いくらいだ。
「……!」
その瞬間、僕の中に稲妻のような衝撃が走った。
この子は、僕の魔力なんて見ていない。
「英雄」かどうかなんて関係ない。
ただ、「そこにいる兄」として、僕を掴んでくれた
『あー! うー!』
セナが僕の指を握ったまま、満面の笑みで足をバタつかせる。
まるで、「お兄ちゃん、ここにいて!」と言っているようで。
「大好きだよ!」と叫んでいるようで。
空っぽだった僕の心に、温かい何かが満ちていくのを感じた。
「……そっか」
僕は涙を拭い、セナの手を両手で包み込んだ。
「君には、関係ないんだね」
「僕がゼロでも、君にとってはお兄ちゃんだもんね」
セナの小さな手が、震える僕の手を支えてくれている気がした。
この小さな手を、守りたいと思った。
魔法がなくても。英雄じゃなくても。
この温もりだけは、絶対に何があっても守り抜かなきゃいけない。
「……約束するよ、セナ」
僕は眠る妹の額に、誓いのキスを落とした。
「お兄ちゃんは、強くなる。魔法なんか使えなくても世界中の誰よりも強くなって……君を守ってみせる」
セリナは満足したように、僕の指を握ったまま再び眠りについた。
◇
翌朝。
食堂に現れたアロイスの顔からは、昨夜までの陰鬱な影は消えていた。
憑き物が落ちたような、しかし燃えるような決意を秘めた瞳。
「父上。お願いがあります」
アロイスは肉を頬張りながら、真っ直ぐに父を見据えた。
「僕に、家庭教師をつけてください。剣術や学術を、魔法以外のすべてを身につけたいのです。」
もう二度と優しくて暖かい父と母に恥をかかせないように。
この小さな妹を守るために。
これが、アロイス・イニティウムの復活と、あくなき修行への第一歩だった。
んーなんか納得いかないんですがこれ以上は書けなそうなので。
みてくれると嬉しいです。
引き続き誤字脱字、改良点などあれば教えていただきたいです。




