エピローグ:黄金の毒蛇
王都の地下深層。下水道よりもさらに深く、地図にも記されていない暗黒の空間に、その「宮殿」はあった
壁も、床も、天井も、すべてが純金と宝石で埋め尽くされた悪趣味な部屋。
だが、そこには品性など微塵もない。漂うのは、腐った香水と鉄錆、そして濃密な「渇望」の臭いだけ。
その黄金の玉座に、一人の女が座っていた。
豪奢なドレスを纏い、指、首、耳、足首に至るまで呪いのように重厚な宝石をジャラジャラと飾った美女
学園の闇に潜む『大罪』の一角
ーー『強欲』
「……ふうん。面白いわね、この少年」
彼女は、豪奢なグラスに入った深紅の液体を揺らしながら、一枚の写真を眺めていた。
Sクラスの絶対防御を粉砕した、魔力ゼロの異端児 アロイス・イニティウム。
彼女の指先が、写真の中の蒼い瞳を、恋人の肌を愛撫するようにネットリとなぞる。
「私の可愛い『蒐集者』たちが騒ぐわけだわ」
彼女の背後、光の届かない闇の中で、無数の異形たちが蠢いた。
不定形の黒い影。無数の目と口を持つ、欲望の成れの果て。彼らは主人の興奮を感じ取り、飢えた獣のように喉を鳴らしている。
「どれ……品定めしてあげましょうか」
女の唇が歪み、その瞳孔がカッと見開かれた。
黄金の虹彩の中で、幾何学模様の魔法陣が高速回転する。
「『強欲なる天眼』」
それは、神の視座。
対象の魔力、才能、血統、寿命……あらゆる情報を数値化し、その魂に「値札」を焼き付ける絶対鑑定。
この世に、彼女の眼で見通せない価値など存在しないはずだった。
バチィィッ!!
写真を見た瞬間、彼女の脳髄を焼き切るような衝撃が走った。
値札がつかない。数値が表示されない。
そこに映っていたのは、無限の闇。あるいは、底の抜けた穴。
「……っ、ぁ……!?」
彼女はグラスを取り落とした。深紅の飛沫が黄金の床を汚す。
だが、彼女は気に留めもしない。呼吸を荒げ、頬を紅潮させ、震える手で自身の胸を掻きむしった。
「見えない……? この私が、値を付けられない?」
「理外の虚無……!!」
驚愕は、瞬く間に恍惚へと変わった。
彼女の固有権能は『万物簒奪』
王の権威も、天才の才覚も、概念すらも。触れれば強制的に「所有権」を書き換え、己のモノとする最強の略奪能力。
ゆえに、彼女にとって世界は退屈な「陳列棚」に過ぎなかった。欲しいものは全て手に入る。奪えないものなどない。
だが、彼だけは違った。
鑑定不能。支配不能。
それは、世界で唯一、彼女の所有欲を満たし、同時に拒絶する「特異点」。
「素晴らしいわ……! こんな『お宝』、歴史上初めてよ!」
リーティアは立ち上がり、写真に向かって狂気的なキスを落とした。
「私の支配を受け付けない、傲慢な原石。いいわ。金貨でも、地位でも、暴力でも買えないのなら――私が直接、貴方の全てを犯してあげる」
彼女は扇子で口元を隠し、クスクスと嗤った。
その眼は、もはや商品を値踏みする商人のものではない。
獲物をねぶり殺そうとする、毒蛇の眼だった。
「次のパーティーは、2学期の『魔導武闘祭』だったかしら?待っていなさい、アロイス君。その蒼い瞳ごと骨の髄まで私のコレクションに加えてあげるわ」
ジャラ……。
鎖のような宝石の擦れる音が、終わりのない欲望の輪唱となって、暗闇に響き渡った。




