22.勝利の味
『演習終了! Sクラス本陣の旗が奪取された! 勝者、Eクラス!』
森中に設置されたスピーカーから、エルロンド先生の上ずった声が響き渡った。
それは、聖ルクセリア学園の歴史が覆った瞬間だった。
「……は?」
鳩尾を押さえてうずくまっていたノアが、呆然と空を見上げる。
眼鏡のレンズにひびが入ったユリウスも、扇子を折られたエリスも、言葉を失っていた。
彼らが振り返ると、空中に投影された巨大モニター魔法に映し出されていたのは――
アロイスによって破壊された『聖域』の中、呆然と座り込む第3王女アリシア。
そして、その横で泥だらけになりながら、高々と旗を掲げてピースサインをしているレオンの姿だった。
「……嘘だろ」
ノアがその場に膝をついた。
魔力ゼロの集団に、最強のSクラスが、そして王家の絶対防御が敗北したのだ。
Eクラスの勝因は明確だった。
『七星』を潰したのは、4人をを誘い出すため。
バーンとミナがエリスを足止めしたのは、時間を稼ぐため。
そして、アロイスが単身で本陣へ突っ込み、アリシアの聖域を粉砕したのは――最も足の速いレオンに、ウィニングランを飾らせるため。
全ては、個人の武勇ではなく、チームとしての勝利のための布石。
モニターの中で、アロイスがふらりと膝をつくのが見えた。
古代魔法の連発による筋肉への過負荷。腕からは血が滲んでいる。
それでも、彼はカメラに向かってニヤリと笑ってみせた。
「……はは。言っただろ。これは『演習』だってね」
撤収作業が進む中、アロイスの元へ一人の少女が歩み寄ってきた。
第3王女、アリシアだ。
その美しいドレスは汚れ、完璧だった金髪も少し乱れている。だが、その瞳にあるのは屈辱ではなく、熱っぽいまでの興奮だった。
「……アロイス様」
彼女はアロイスの前に立つと、信じられない行動に出た。
アロイスの傷だらけの手を、両手で包み込んだのだ
「え、ちょっと……王女様?」
「私の『聖域』を破ったのは、貴方が初めてです。貴方は弱者ではなかった。守られるべき庇護対象などではなかったのですね」
彼女の頬が紅潮する。
「可哀想な小動物」に向けていた視線が、「自分を脅かす強き雄」を見る目に変わっている。
「前言を撤回します。貴方は私の『聖域』に入れる唯一の男性。……責任、取っていただきますわね?」
「は? 責任って何の話……」
「貴方のその理不尽な強さ、もっと近くで観察させていただきます。……覚悟していてくださいませ」
アリシアは優雅にカーテシーをして去っていった。
その背中からは、今までとは別種の、重たくて甘い「執着」の気配が漂っていた。
アロイスは背筋に冷たいものを感じた。
(…なんか、やばいスイッチ押しちゃった気がする)
夕暮れ。
王都の高級焼肉店は、ギル先生の奢りによる祝勝会で貸し切りになっていた。
「やったぁぁぁ! 勝ったぞぉぉ! Sクラスに勝ったぁぁ!」
「肉だ! 一番高い肉を持ってこい! 全部先生の金だ!」
Eクラスの生徒たちが馬鹿騒ぎしている。
レオンが英雄扱いされ、ジョッキを掲げている。バーンは肉の焼き加減を科学的に分析し、ミナは無言だが幸せそうに山盛りの肉を頬張っていた。
騒ぎから少し離れた席。
ギル先生が、ジョッキを片手にアロイスの隣に座った。
「……よくやったな。まさか本当に勝ちやがるとは」
「みんなのおかげですよ。……作戦がハマりました」
アロイスはウーロン茶を口にし、包帯を巻いた自分の腕を見た。
ズキズキと痛む筋肉。古代魔法の代償だ。
「……でも、僕個人の力じゃ、本当は勝てていなかった」
アロイスの声トーンが落ちる。
ノアの爆炎、エリスの暴風、そしてアリシアの聖域
今回は「ルールのある演習」だったから勝てた。相手が油断し、手加減し、旗を守るという制約があったからだ。
「もしあいつらが最初から本気で、ルール無用の『殺し合い』だったら……僕は死んでました」
『潮流』で逸らすのも限界がある。『偏重』でバリアを割るのも、身体への負担が大きすぎる。
今のままでは、いずれ来る本物の敵には通用しない
(もっと強くならなきゃ。誰も頼れない状況でも、理不尽すらねじ伏せて勝ちきれる強さが欲しい)
アロイスの蒼い瞳に、静かだが消えることのない闘志が宿る。
彼は顔を上げ、ギルを見た。
「先生。夏休み、遠出してもいいですか?」
「あ? どこ行くんだ。...まさか、バカンスか?」
「修行です。もっと『理不尽』な場所へ」
ギルはニヤリと笑い、アロイスの背中をバシッと叩いた。
「いいぜ。……死んで帰ってきたら殺すからな」
「了解です」
宴の熱気の中、アロイスは静かに決意した。
学園というぬるま湯を出て、本物の地獄を見る。
「魔力ゼロの英雄」になるための、次なる旅が始まろうとしていた。
「あ、あと美味い酒買ってこいよ」
ギルはここでもニヤリと笑った。
ふぅ。
とりあえずこれで1章って感じですね。
次からは2章張り切っていきます!
誤字脱字、改善点などあれば教えていただけると嬉しいです。




