19.遠足
リリィとの決闘から数日後。
Eクラスのボロ教室は、いつものように騒がしかった。
「おいバーン!その機械、爆発しねえだろうな!?」
「失礼だなあレオンくん。『自動黒板消し機・改』だよ。爆発なんてしない……たぶん」
バーンが怪しげな機械を弄り、レオンが怯えている
教室の隅では、ミナがカーテンにくるまりながら、そっとその様子を伺っていた。
アロイスは、そんな彼らを眺めながら紅茶(リリィが「お口に合えば良いのですが……!」と真っ赤になって差し入れてきた高級茶葉)を飲んでいた。
「よう、大将!」
レオンが近づいてくる。いつの間にか彼は僕を「大将」と呼ぶようになっていた。
「今度の休み、街に遊びに行かねえか? うめぇ肉屋見つけたんだよ」
「肉か。悪くないね」
「だろ? バーンとミナも誘ってさ……」
そんな他愛のない会話。
Sクラスのような張り詰めたエリート意識はない。底辺だからこその、妙な居心地の良さがそこにはあった。
だが、その平穏は担任の一言で破られた。
バンッ!!
ギルが教室に入ってくるなり、黒板にドンと地図を貼った。
「お前ら、遠足の時間だ。……『魔の森』へ行くぞ」
連れてこられたのは、学園の裏手に広がる立ち入り禁止区域『魔の森』
C級魔獣「オーク」が生息する危険地帯だ。
「先生、俺たちD級以下ですよ!?死にますって!」
生徒たちが悲鳴を上げる。
ギルは気だるげに葉巻を吹かした。
「だから連れて来たんだ。……いいか、今日の課題は『オークの捕獲』だ」
「「「はぁ!?」」」
「真正面から魔法を撃ち合えば、お前らはミンチにされて終わる。Sクラスの連中なら火力でねじ伏せるだろうが……お前らにそれは無理だ」
ギルの目が鋭く光った。
「弱者には弱者の戦い方がある。逃げる、隠れる、罠にハメる。……『綺麗に勝とうとするな』。泥水を啜ってでも生き残った奴が勝者だ。以上!」
ギルはそれだけ言うと、木の陰で昼寝を始めてしまった。
取り残された30人。
恐怖で動けない彼らに、僕は声をかけた。
「……行こうか。先生の言う通りだ。正面から戦わなきゃいいだけだよ」
森の中は薄暗く、湿った獣の臭いがした。
生徒たちは怯えて固まっている。
「しっ……!」
突然、ミナが足を止めた。彼女は小刻みに震えながら、前方の茂みを指差した。
「……いる。……大きいのが、三匹」
グルルルル……!
茂みから現れたのは、身長2メートルを超える巨体
豚の顔をした亜人、オークだ。しかも3体。手には丸太のような巨大な棍棒を持っている。
「ひぃぃっ! オ、オークだ!」
「逃げろぉぉ!」
パニックになる生徒たち。
レオンが腰の剣を抜くが、腰が引けている。
「くそっ、やるしかねぇのか!? 俺の魔力120のファイアじゃ、あいつの皮は焼けないぞ!」
僕は冷静に状況を分析した。
(僕が黒刀で瞬殺するのは簡単だ。でも、それじゃ授業にならない)
これはチーム戦だ。
僕は、隣でガタガタ震えているメガネの少年、バーンの肩を叩いた。
「バーン。君が作ってた『あのオモチャ』、今ここで試さないか?」
「え? あ、あの失敗作の……?」
「失敗作じゃない。使い所がなかっただけだ。……僕が合図したら、あいつらの顔面に投げてくれ」
次に、ミナを見る。
「ミナ。君の石礫、あの距離なら目玉を狙える?」
「……う、うん。……止まってれば、当たる」
「上等。……レオン!」
「お、おう!」
「君は一番足が速い。……死ぬ気で囮になってくれ」
「はああぁ!? 死ぬ気って、マジで死ぬだろ!!」
「大丈夫。僕がカバーする」
オークたちが咆哮を上げ、突っ込んできた。
地面が揺れる。迫りくる暴力の塊。
「今だ、レオン! 走れ!」
「くそぉぉ! 覚えてろよアロイスぅぅ!」
レオンが涙目で走り出す。
その速さは半端じゃない。オークたちが
「ブヒッ!?」
と反応し、注意が彼に向く。棍棒が振り上げられたその瞬間。
「バーン!」
バーンが震える手で、金属の球体を投げた。
それはオークの足元で転がり――
カッ!! キィィィィン!!
強烈な閃光と、耳をつんざく高周波音。
『閃光音響弾・試作型』
殺傷能力はないが、聴覚と視覚が鋭い魔獣には効果覿面だ。
「グギャアアアアッ!?」
オークたちが目を押さえてのたうち回る。
「ミナ!」
シュッ、シュッ、シュッ!
ミナが投げた鋭利な石が、正確にオークたちの急所を捉えた。
ダメージは浅いが、痛みでさらに混乱する。
「よし……!」
僕は黒刀の柄に手をかけ、飛び出した。
相手は視界を奪われ、混乱している。
これなら、全力を使うまでもない。
呼吸を整える。
吸気……循環……。
オークの背後に回り込み、膝裏の腱を、鞘の先端で正確に突く。
ドスッ。
ガクン、と巨体が崩れ落ちる。
「みんな、今だ! 縛り上げろ!」
僕の号令で、隠れていた他の生徒たちが一斉に飛び出した。
持っていたロープやツタで、転倒したオークたちを雁字搦めにする。
「や、やった……?」
「倒したぞ!俺たちがオークを!」
信じられない、という顔をする生徒たち。
魔法は一発も使っていない。
使ったのは、ガラクタと、石と、逃げ足だけ。
「へえ……やるじゃん、俺ら」
レオンがへたり込みながら、ニカっと笑った。
◇
日没。
ボロボロになったEクラス一同が、旗を持って戻ってきた。
誰一人欠けていない。
ギル先生は木の上から飛び降り、少し驚いたように目を見開いた。
「……全員生還か。正直、2、3人は骨折して帰ってくると思ったんだがな」
先生の視線が、僕に向けられる。
「指揮したのはお前か? アロイス」
「いいえ。みんなが適材適所で動いただけです」
「……フン。謙遜すんな」
ギル先生はニヤリと笑い、バーンの作った閃光弾の残骸を拾い上げた。
「魔力5のゴミ魔法でも、使いようでA級魔法以上の効果を生む。……わかったか? それが『戦術』だ」
生徒たちの顔つきが変わっていた。
朝の「死んだ魚のような目」ではない。
自分たちでも戦える。自分たちの力は無駄じゃない
そんな自信が、小さな炎となって灯っていた。
「合格だ。……明日は筋肉痛で動けねぇだろうが、這ってでも来いよ」
ギル先生が初めて、教師らしい顔で笑った。
帰り道。
夕焼けの中を歩きながら、僕は確信した。
このクラスは強くなる。
ノアたちSクラスが「個」の強さを極めるなら、僕たちは「群れ」としての強さを極められる。
(……面白くなってきた)
書き溜めてはいたのでサクッといきます!
誤字脱字、改善点などあれば教えていただけると嬉しいです。




