12.理の研究者
13歳。
ガザ師匠との修行が「日常」になり始めた頃、僕の戦場はもう一つ増えていた。
深夜の書斎。
机の上には、山積みの羊皮紙と、インクの染みた羽根ペン。そしてボロボロの古書『原初への回帰』
「……違う。この解釈だと、魔力効率が悪すぎる」
僕は髪を掻きむしりながら、羊皮紙に書かれた数式を二重線で消した。
古代文字の解読は、難解なパズルを解くようなものだ。
現代の魔法が感覚なら、古代魔法はプログラムに近い。
『重さは、物の属性にあらず。星との契約なり』
本の一節を指でなぞる。
「…つまり、重さは物体そのものにあるんじゃない。星が引っ張る力だ。
なら、その『引力定数』さえ書き換えてしまえば」
僕はペンを走らせた。
物理演算。現代科学の知識と、古代魔法の理論を融合させる。
魔力ゼロの僕が使える「燃料」は、自分の体力のみ
いかに少ないコストで、最大の物理現象を引き起こすか。
「……よし。理論値は出た」
僕は充血した目をこすり、机の上の「鳥の羽根」を手に取った。
実験だ。
このふわふわした羽根を、鉄の塊に変える。
「古代魔法――『偏重』」
僕は羽根に触れた指先から、計算された魔力を流し込む。
対象にかかる重力加速度を、局所的に歪める。
1倍、2倍……10倍!
メキッ。
「うおっ!?」
僕が手を離した瞬間、ひらりと落ちるはずの羽根が鉛の弾丸のような速度で落下した。
机の天板に激突し、乾いた音と共に木材にめり込む
「……ははっ。成功だ」
たった1枚の羽根が、机を凹ませた。
これを木刀に応用すれば?
振る瞬間だけ剣を数トンに重くすれば、どんな堅牢な鎧も紙のように斬り裂ける。
逆に、自分の体を軽くすれば、雲の上を歩くような跳躍も可能になるかもしれない。
「……でも、燃費が悪いな」
僕はめまいを覚えて椅子にもたれかかった。
羽根を重くしただけで、全力疾走したような動悸がする。
最適化が必要だ。もっと計算式を圧縮しないと、実戦では使えない。
別の日には、「摩擦」の研究に没頭した。
「ガザ師匠の動きを超えるには、筋力だけじゃ限界がある」
地面を蹴る時、どうしても摩擦抵抗で力が逃げる。空気抵抗も邪魔だ。
なら、それらをゼロにしたら?
僕は廊下に油を撒いたようなイメージで、靴裏の物理法則へ干渉した。
「……摩擦係数、減少。……『滑走』」
一歩踏み出す。
シュパンッ!!
「わぁっ!?」
景色が後方へすっ飛んだ。
まるで氷の上を滑るように、いや、それ以上の速度で廊下を直進し――そのまま壁に激突した。
ドゴォォォン!!
「……いッッ、てぇ……」
壁に埋まりながら、僕は苦笑した。
制御不能。止まり方すら考えていなかった。
でも、これは使える。
摩擦を自在に操れば、初速ゼロからトップスピードまで一瞬で加速できる。
『偏重』による破壊力。
『滑走』による機動力。
これらを組み合わせれば、世界にまた一歩近づける
「……アロイス様」
静かな声と共に、セバスチャンが夜食のサンドイッチを持って入ってきた。
部屋は散らかり放題。壁には僕が激突した穴が空き 机は『偏重』の実験で凹み、床には数式がびっしりと書かれた紙が散乱している。
まさにマッドサイエンティストの巣窟だ。
「あ、セバス。……ごめん、すぐ片付けるよ」
僕がバツが悪そうに言うと、セバスチャンは壁の大穴を一瞥し、それから机の上の「成功した数式」に目を留めた。
彼はため息をつくことも、咎めることもしなかった
ただ、いつもの完璧な手つきで紅茶を淹れ、僕の前に置いた。
「……壁の修繕手配と、追加の羊皮紙。それと筋肉疲労に効く湿布を用意しております」
「え?」
「貴方様のことです。どうせ明日も、明後日も、ご自身が納得するまでお止めにならないのでしょう?」
セバスは穏やかに微笑んだ。
その目は、すべてを見透かしていた。
僕がなぜここまで焦り、傷つきながら研究に没頭するのか。
言葉にしなくても、この老執事には伝わっているのだ。
「……無茶ばかりして、ごめん」
「謝罪は不要でございます。……常識という巨大な壁を壊すのです。屋敷の壁の一つや二つ、安い対価でしょう」
セバスは恭しく一礼した。
「存分におやりください。貴方様が世界に名を轟かせるその日まで、このセバスチャン、影ながらお支えいたします」
「……ありがとう、セバス」
温かい紅茶を一口飲む。
最強の味方が背中を守ってくれている。
だから僕は、前だけを見て突き進めるのだ。
こうして、筋肉という「ハードウェア」と、古代魔法という「ソフトウェア」。
その両方が噛み合った時、アロイス・イニティウムは真の完成を見る。
15歳。運命の入学試験は、もう目の前だった。
ストックもうなくなってきました、、、( ; ; )
誤字脱字、改善点などあれば教えていただけると嬉しいです。




