表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼とゼロ  作者: 霧ぽ
第1章 欠たる器の反逆
10/26

0.9泥だらけの勲章

「死んだぞ」


 ガッ!!


 乾いた音が響き、僕は泥水の中に頭から突っ込んだ

 脳が揺れる。視界が明滅する。

 呼吸をしようとすると、肺が焼け付くような痛みを訴えた。


「……ッ、が、はっ…!」


「遅ぇ。反応がコンマ1秒遅れてる」


 頭上から、ガザ師匠の冷徹な声が降ってくる。

 彼の手にあるのは、ただの樫の木の棒だ。

 だが、今の僕にとっては、どんな名剣よりも恐ろしい凶器だった。

「言ったはずだ。『殺気』を見ろと。目が動いてから避けるんじゃねぇ。俺が『斬ろう』と思った瞬間にはもう動いてなきゃ死ぬんだよ」


 ガザは容赦がなかった。

 基礎体力がついたと判断するや否や、始まったのは寸止めなしの打ち込み。

 魔力による防御を持たない僕がこれを食らえば、骨折どころか内臓破裂もあり得る。


(……怖い)


 本能が警鐘を鳴らす。

 逃げ出したい。布団に潜って震えていたい。


 でも。


「……もう、一本…」


 僕は震える足に力を込め、泥の中から立ち上がった

 ここで逃げたら、一生「ゼロ」のままだ。

 妹に、両親に、顔向けができない。


「へっ。根性だけは一丁前だな」


 ガザがニヤリと笑い、再び棒を構える。


「来い。今日中に俺のかすり傷一つでもつけられなきゃ、晩飯抜きだぞ」


「うぉぉぉぉぉッ!!」


 僕は叫び、泥を蹴って突っ込んだ。

 技術はない。あるのは、夜ごとの『掌握』で作った筋肉と、食らいつく執念だけ。

 その日も、僕は日が暮れるまで地面を舐め続けた。


 


屋敷に帰還した。


 足を引きずりながら裏口から入ろうとすると、灯りを持った母上、シャーロットが立っていた。


「……アロイス」


「あ、母上……ただいま戻りました。泥だらけですみません、すぐ着替えて……」


 言い訳しようとする僕を、母上は何も言わずに抱き寄せた。

 高級なシルクのドレスが泥で汚れるのも厭わず、僕の青あざだらけの頬を優しく撫でる。


「また、そんなに無理をして……。痛いでしょう?」


「平気ですよ。これは、勲章みたいなものですから」


「バカな子ね。……お風呂にお湯を張ってあるわ。上がったら、温かいスープを飲みましょう」


 母上の手は温かかった。

 ガザ師匠の殺気とは対極にある、陽だまりのような温もり。

 僕は張り詰めていた糸が切れるのを感じながら、深く息を吐いた。


 食堂で出されたのは、湯気を立てる具だくさんのポトフだった。

 野菜の甘い香りが、疲労した身体に染み渡る。

 だが、スプーンを持つ僕の手は、小刻みに震えて止まらなかった。

 ガザ師匠の打ち込みを受け続けた手首が、悲鳴を上げているのだ。

 カチャカチャと、食器とスプーンが当たる音が響く

 それを見て、父上、クロノが新聞を置いて溜息をついた。


「……ガザには手加減しろと言ってあるのだがな」


「僕が頼んだんです、父上。手加減されたら、ノアたちには一生勝てませんから」


 ノア。同世代の貴族の中でも、特に優秀な魔力を持つ少年。

 彼ら魔法使い(エリート)に勝つには、普通の努力では届かない。


「勝たなくていいと言っているだろう。お前が生きていてくれれば……」


 父上は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 魔力を持たずに生まれた息子に、過酷な道を歩ませている自責の念があるのだろう。

 父上は何も言わず、自分の皿から大きな肉を切り分け、僕の皿に乗せてくれた。


「……食え。身体を作るには肉が必要だ」


「ふふ、ありがとうございます」


 口に運んだ肉とスープは、涙が出るほど美味しかった。

 この温かさ。

 外の世界がどれだけ僕を「無能」と嘲笑っても、ここには僕を人間として扱ってくれる場所がある。

 心配してくれる母上がいて、不器用な父上がいて、無邪気に笑う妹がいる。


(守らなきゃ)


 僕は震える手でスプーンを握りしめた。


(この人たちが、誰かに後ろ指をさされないように。

 イニティウム家には『無能』しかいないなんて、二度と言わせないために)


 その夜。

 僕は筋肉痛の身体を引きずり、再び『掌握』の訓練へと向かった。

 この温かいスープの味を、守り抜く力を得るために



やる気出てきました。



誤字脱字、改善点などあれば教えていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ