プロローグ
埃を被った、一冊のボロボロの古書。
『原初への回帰』
背表紙には古代文字。
必死に言語学を学んでいた僕には、その冒頭の一文が読めた。
『――魚は水を知らず。人は風を知らず』
『満ちるを知るは、欠けたる器のみ』
心臓が早鐘を打った。
現代の魔法理論では、魔力は体内に溜めるものとされている。
だが、この本は言っている。魔力は世界そのものに満ちていると。
「……魚は、水を知らない」
魔力を持った人間は、自分の魔力が邪魔をして、外にある魔力を感じ取れない。
だが、魔力ゼロの僕なら?
僕は震える手で、窓を開けた。
外は嵐だった。風が木々を揺らしている。
(……掴めるか?)
僕は空虚な右手を、空間へと伸ばした。
「魔法を使おう」とはしなかった。
ただ、そこにある透明な空気を、重たい物体だと思い込んで、力づくで掴もうとした。
グッ。
全身の筋肉に力を込める。
あるはずのない抵抗を脳に錯覚させる。
「……ぐ、ぬぅぅぅ……っ!!」
バチチッ!!
僕の指先で、空間が悲鳴を上げた。
何かが引っかかった。
まるで、巨大な歯車に指を挟まれたような、圧倒的な重量感。
「――!?」
ガクンッ。
僕は膝から崩れ落ちた。
激しい目眩。鼻血が滴り落ちる。
たった一瞬、空気を「掴もう」としただけで、全力疾走した後のように体力を根こそぎ奪われていた。
でも、僕は笑っていた。
「……あった」
本には何も書いていなかった。
これは、僕が見つけたんだ。
誰も知らない。誰も思いつかない。
これは僕だけの『古代魔法』の始まりだった。




