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二計画  作者: 喰ったねこ
第六章:神聖国編
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久世守理緒の転生

「久世守さん。君、三十路も近いというのに、議事録すらマトモに書けないの? 要点がズレてるし、誤字脱字が多すぎて、読むに堪えないわ」

まただ。上司の、氷のように冷たい声が、私の心を抉る。


「久世守さん。このプレゼン資料、表の罫線が微妙にズレてる。何度言ったら分かるのかな? 基本中の基本でしょう」

まただ。同僚の、侮蔑を隠そうともしない視線が、突き刺さる。


(……もう、どうだっていいじゃない)


心の中で、私は、誰に言うでもなく呟いた。

そんな資料、どうせ誰も真剣には読まない。そんな罫線のズレ、誰も気付きやしない。

なのに、なぜ。


私、久世守理緒くぜもり・りおは、今日も、会社という名の閉鎖空間で、集中的なイジメにあっていた。「使えない奴」。誰もが、言葉にはせずとも、その視線で、態度で、雄弁にそう語りかけてくる。

新卒で、希望に満ちて配属されるはずだった、研究開発部門。それが、入社直前に起きた疫病による世界的不況で、配属予定の研究部は、あっけなく縮小された。

そして、何の因果か、私が回されたのは、営業部門。

あれから三年。ブラック企業の営業部で、私は、ただ、だらだらと、やる気のないOLの日々を過ごしている。


(……今とは違う、人生)


もし、あの時、疫病が流行っていなかったら。もし、配属されるのが、研究部だったら。もし、同僚が、もっと波長の合う人たちだったら。

そんな、あり得たかもしれない無数の可能性パラレルワールド。その全ては、この、しがない現実へと収束してしまった。

実際に体験できるのは、不本意で、息の詰まるような、この人生だけ。



長時間のサービス残業を終え、コンビニで買った侘しい夕食を片手に、冬の冷たい北風に吹かれながら、自宅のワンルームマンションへと、何とかたどり着く。

くたびれ果てた体で、いつものように、玄関の扉を開いた。


その、刹那。

唐突に、目を開けていられないほどの、眩い光に包まれた。

これが、物理的な現象なのか、あるいは、疲労しきった脳が見せている幻覚なのか。判断する間もなく、私の意識は、そこで、一度途切れた。


次に目を開けた時、光は失せ、見慣れたはずの自宅マンションも、消えていた。

夜だったはずなのに、今は真昼。冬だったはずなのに、じっとりとした夏の熱気が、肌を刺す。スーツを着ていたはずなのに、今、私が纏っているのは、汚くて、ボロボロの、穴の開いたワンピースのような服だった。


(……何、これ)

辺りを見回す。そこは、旅行番組で見たことがあるような、中世ヨーロッパの、鄙びた村だった。だが、観光地のような華やかさはなく、ひどく荒廃し、貧しい空気が漂っている。

古びた井戸のような水飲み場があった。恐る恐る、その水面を覗き込むと、そこに映っていたのは、全く見知らぬ、金髪碧眼の、美しい少女の姿だった。

十代前半に若返り、元の私より、ずっと美人で、スタイルもいい。


これって、やっぱり。

ネット小説で、何度も読んだ、アレ……?

ゲーム世界に行く、アレ……?

異世界に、転生した……?


だとしたら。

あの、無限社畜地獄の現実から、ついに、解放されたってこと!?

もし、そうなら!


OL時代に培った、中途半端な経済知識で、この世界の富を独占したり!

前世では何の取り柄もなかった、私の手料理が、文化レベルの差で絶賛されまくり、王子様や、眉目秀麗な貴族様に見初められたり!

はたまた、ほんの戯れで唱えた呪文が、とんでもない威力を発揮して、全てを吹き飛ばし、うっかり無双して、英雄と呼ばれてしまったり!

そんな、優越感と自己肯定感で、脳が満たされ続ける、気持ちのいい毎日が、私を待っている……!?


「……!」

社畜生活で完全に死滅したと思っていた夢と希望が、騒がしく動き出し、私の頭の中で、変な妄想が、果てしなく広がっていく。


妄想が最高潮に達した、その時だった。

何の前触れもなく、脳内に、直接、声が響いてきた。


『……どうやら、定着(インストール)に成功したようだな』


(神様!? 転生、ありがとうございます! それで、転生ボーナスは、何が貰えるんですか!?)

私は、ワクワクしながら、その声の主に、問いかけた。


『……やはり、知性は、この程度か。だが、それでいい。これより、この世界に文化汚染を与える、お前の前世からの優位知識を、完全に抹消する』


「……え?」


『一般的な村人と同等の基本知識と、感情だけは残してやろう。ただの村人として、ここで生きるがいい』


(ま、待って! 例え村人でも、魔力だけは常人の一万倍とか、全属性適性とか、そういうのは……!)


『魔力だと? そのような不確定なものに頼ろうとは。さすがはジャンクデータ(削除された不要部分)だ。良いか、お前は、ただの一般人にすぎん』


まさかの、ゼロ回答。

私の、楽々異世界チートライフの野望が、音を立てて、崩れ去った。


(……嘘でしょ?)


こんな、生存競争の厳しそうな、世紀末的な村で、ただの一般人、しかも魔力もない、か弱い少女として、暮らす?


元いた世界の、あのブラック企業の方が、どれだけマシだったか。

酷すぎる。元の現実より、悪い現実に転生させるなんて。


「説明して! チートもないのに、何で、こんな危ない世界で、暮らさなきゃいけないのよ! 元の世界に、帰して!」


私が、声を張り上げて抗議する。

だが、その声は、虚しく空を切るだけだった。


『チート? まさに、クズの思考だ。……だが、それこそが、想定通り。それで、いい』


その、悪魔のような声が、最後にそう告げると、私の意識は、海の底へと沈んでいくように、急速に遠のいていった。

そして、何か、大切なものが、頭の中から、ごっそりと、削り取られていくような、奇妙な感覚に、襲われた。

それが、私の最後の記憶だった。

読んで頂きありがとうございます。

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