第79話 皇帝陛下の優雅な(?)休日
ロキヌス帝国の帝都ガラド、皇宮。 大陸全土を揺るがす大戦争を直前に控え、皇帝である私は、執務室で最大の敵と戦っていた。
「……シオン。あと何枚あるの?」
「あと三百枚ほどです、陛下。占領予定地域の戦後統治計画書、軍事物資の徴用令、それからハトの餌代の予算承認印を」
「手が痛い。腱鞘炎で死ぬわ」
私は、羽ペンを投げ出した。 皇帝になれば、好きなだけ研究に没頭できると思っていた。 だが現実は、決裁、決裁、また決裁だ。独裁者というのは、全ての責任を一人で負う究極のブラック企業経営者らしい。
「少し休憩しましょう。……メアリー、お茶を」
「はい、お嬢様! お待ちしておりました!」
控えていたメアリーが、待ってましたとばかりにワゴンを押してくる。 だが、そのワゴンには、ティーセットと共に、山のような布地が積まれていた。
「……それは何?」
「新作のドレスの生地見本でございます! 戦争が終われば、凱旋パレードや戦勝祝賀会がございますでしょう? 今度こそ、今度こそ、完璧なドレスを……!」
彼女の目は血走っていた。 舞踏会での「ドレス引き裂き事件」が、よほどトラウマになっているらしい。
「メアリー。気持ちは嬉しいけれど、戦場にドレスは着ていけないわ」
「また軍服ですか!? あのような無骨な……!」
「いいえ。今回は、もっと凄い『ドレス』を用意したのよ」
私はニヤリと笑い、アノンに目配せした。 アノンが壁の隠し扉を開く。 そこには、先日完成したばかりの強化外骨格『ヴァルキリー』が鎮座していた。 鈍い鋼鉄の輝き。むき出しの油圧シリンダー。そして、背中に背負ったガトリングガン。
「じゃーん。どう? この機能美」
私は誇らしげに紹介した。 だが、メアリーは口をパクパクさせたまま、硬直している。
「……お、お嬢様。それは……ゴーレム、では?」
「いいえ、着るものよ。ほら、ここが開いて、中に乗れるの。防御力はドレスの比じゃないし、空も飛べるし、毎分三千発の挨拶もできるわ」
「可愛くありません!!!」
メアリーの悲鳴が執務室に響いた。
「フリルは!? レースは!? どこにもありませんわ! ただの鉄の塊です!」
「鉄はいいわよ。燃えないし、汚れても磨けば光るもの」
「ああっ、もう! わたくしが、その鉄の上にカバーを作ります! 可愛いカバーを!」
メアリーはメジャーを取り出し、ヴァルキリーの採寸を始めた。 パワードスーツにフリルのカバー……。想像するとシュールだが、彼女の気が済むなら好きにさせよう。
「……アノン。テストを兼ねて、少し外の空気を吸いましょうか」
私は書類の山から逃げるように、ヴァルキリーに乗り込んだ。 ウィィィン……という駆動音と共に、視線が高くなる。
皇宮の中庭。 鋼鉄の巨人となった私は、ベンチに腰掛けようとして――バキッ、という音と共にベンチを粉砕した。
「……出力調整が難しいわね」
「破星。その格好でくつろごうというのが間違いだ」
アノンが呆れたように言う。 彼は、いつものように私の隣に立っていた。 生身の彼と、鋼鉄の私。 傍から見れば異様な光景だろうが、不思議と落ち着く。
「明日には、進軍を開始するわ」
「ああ」
「たくさんの人が死ぬわね。敵も、味方も」
私は、鋼鉄の手のひらを見つめた。 この手で、トリガーを引く。 数万の命を奪う決断を、私はもう下している。
「怖いか?」
「……いいえ。怖くはないわ。ただ、少し……重いだけ」
私は、HUDのモニター越しに空を見上げた。 青い空。その向こうには、私の生存を阻もうとする何かがいる。
「アノン。貴方は、私が間違っていると思う?」
「お前は、生き残るために最善を尽くしている。それが間違っているかどうかは、歴史家が決めることだ」
彼は、私の鋼鉄の膝に、ポンと手を置いた。
「俺は、お前の剣であり盾だ。お前が地獄へ行くと言うなら、先導するまでだ」
「……ふふ。頼もしいわね」
その時、中庭の入り口から、シオンが血相を変えて走ってきた。
「へ、陛下! ここにおられましたか! 緊急の決裁案件が……って、なんですかその姿はぁぁぁ!?」
ロボット兵器化した私を見て、シオンが腰を抜かす。
「……休憩終了ね」
私は、ため息をついた。 つかの間の休日は、騒がしく、そして愛おしい者たちとの時間で終わった。
明日からは、地獄だ。 だからこそ、今だけは。 メアリーが淹れてくれた(そして私が鉄の指でカップを粉砕してしまった)紅茶の香りを、胸に刻んでおこうと思った。
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