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二計画  作者: 喰ったねこ
第六章:神聖国編
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第77話 狂気の産業革命

ロキヌス帝国とゲメリア神聖国の国境には、奇妙な静寂が張り詰めていた。 「嘆きの峡谷」における一方的な虐殺劇の後、神聖国側は不気味なほどの沈黙を守っている。 だが、それは平和の訪れではない。 互いに喉元を食いちぎる機会を伺う、猛獣同士の睨み合いの時間だ。


その張り詰めた空気の裏で、帝都ガラドの郊外に新設された「帝国科研中央本部」は、不夜城のごとく稼働していた。 空をどす黒く染める煤煙。大地を揺るがす絶え間ない槌音。 魔法文明が支配するこの世界において、ここだけが異質な「産業革命」の熱気に包まれ、鋼鉄の生産が悲鳴を上げていた。


「……素晴らしい。これが『高炉』ですか」


視察に訪れた宰相シオンが、赤々と燃え盛る溶鉱炉を見上げて感嘆の声を漏らす。 炉の底からは、ドロドロに溶けた鉄が灼熱の河となって溢れ出し、次々と鋳型へ流し込まれていく。


「ええ。今までの鍛冶屋がハンマーで叩いて作る鉄とは、次元が違うわ」


私は、冷え固まったばかりの鋼鉄のインゴットを検品用のハンマーで叩いた。 キィン、と高く澄んだ、硬質な音が響く。


「不純物を取り除き、炭素量を厳密に調整した『スチール』よ。これだけの強度があれば、魔法障壁を紙のように貫く『大砲』が作れる」


工場の最奥には、ずらりと並んだ巨大な鉄の筒――カノン砲が鎮座していた。 この世界の人々が見たこともない、破壊のための祭壇。 高圧の爆発に耐えうる強靭な肉厚。 そして、その砲身の内側には、幾重もの螺旋状の溝――ライフリングが精密に刻まれている。


「これが……兵器、なのですか? まるで城の支柱のようですが」


シオンが、恐る恐る冷たい鉄の巨体に触れる。 魔法使いが杖を振れば火球が出る世界で、これほど巨大で重厚な「鉄塊」を兵器として運用するという発想自体が、彼らにとっては正気とは思えないのだ。


「ええ。この筒の中で火薬を爆発させ、及ぼされる圧力で鉄の弾丸を音速で撃ち出すの。そしてこの溝……ライフリングが弾丸に回転を与え、ジャイロ効果で弾道を安定させる。これで射程と命中精度は劇的に向上するわ」


「魔法使いが目視すらできない距離から、一方的に攻撃できるわけですね」


「そう。『視界外射撃』。これが近代戦の基本よ」


私は満足げに頷いたが、すぐに思考を切り替え、眉をひそめた。


「……でも、最大の問題は『誘導』ね」


私は踵を返し、工場の裏手に広がる実験場へと足を向けた。 そこには、奇妙な形状の模型飛行機が鎮座していた。 翼長2メートルほどの木製グライダー。だが、その機首には不釣り合いなガラス窓が嵌め込まれている。


「半導体も電子回路もないこの世界では、精密誘導兵器を作るのは不可能に近い。無線も、赤外線センサーもないもの」


ゴムすら存在しない。タイヤは松脂で固めた布と革で代用し、配線は銅線を絹で巻いて絶縁している。 圧倒的な技術レベルの低さが、私の構想の足を引っ張る。だが、ないなら作るまでだ。


「そこで、彼らの出番というわけですか」


シオンの視線の先には、積み上げられた鳥籠と、その中で忙しなく動く数羽のハトがいた。 彼らは、先日の対空ミサイル実験を生き延びたエリート、あるいはその予備役たちだ。


「プロジェクト・オルコン(有機制御)。……見ていなさい」


私はハトの一羽を掴み出し、グライダー内部の操縦席コクピットへと固定した。 目の前には三つのスクリーン。 ハトが、中央のスクリーンに映る「標的」を嘴で突くと、その力が物理的なリンク機構――テコとワイヤーを介して、直接尾翼と補助翼を動かす仕組みだ。 電気信号すら使わない。純粋な機械仕掛けのバイオ・パイロット。


「テスト開始。カタパルト、射出!」


蒸気圧カタパルトが作動し、グライダーが轟音と共に空へと放り出される。 よろよろと頼りない飛行。だが、内部のハトが必死にスクリーンを突き始めると、機体はカクカクとしながらも姿勢を制御し始めた。


目標は、1キロ先の荒野に設置された小屋。 グライダーは風に乗り、滑空する。そして、ハトが「エサ(標的)」を認識した瞬間、機体は殺意を持った猛禽類のように急降下を開始した。


「行け……!」


グライダーは吸い込まれるように小屋へと突っ込んでいく。


ドォォォン!!


搭載された50キロの爆薬が炸裂し、小屋は木っ端微塵に吹き飛んだ。土煙と破片が舞い上がる。


「……成功です。恐ろしい精度だ」


シオンが、額の汗を拭う。 魔法による誘導弾はこの世界にも存在するが、射程が短く、術者の視界に依存する。だが、これは違う。ハトの視力が届く限り、どこまでも執拗に追いかけていく「自律兵器」だ。


「でも、課題は多いわ。ハトは夜目が利かないし、曇りの日は使えない。それに、G(加速)に弱くて、急旋回すると気絶しちゃうのよね」


「……パイロットの体調管理が最重要課題というわけですね」


「ええ。それに、これは使い捨てだから『コスト』がかかるわ。……ハトの育成、もっとペースを上げて」


私は淡々と次の指示を出す。 倫理観? 動物愛護? そんな贅沢品は、前世に置いてきた。 この世界にある材料で、最強の兵器を作る。それだけが、私の生存戦略だ。


「次は、もう一つの『生物兵器』のテストよ」


私はシオンを、別の実験区画へと案内した。 そこには、廃墟を模した木造の建物が建てられている。そしてその周囲には、異様な獣臭と共に、無数のコウモリが入った籠が山積みにされていた。


「……コウモリ、ですか。以前、集めよとの勅令がありましたが」


「ええ。彼らは夜行性で、暗くて狭い場所を好む習性がある。屋根裏や軒下なんかにね」


私はコウモリの一匹を捕まえ、その腹部に小さなカプセルを紐でくくりつけた。 中には、ゼリー状にしたナパーム剤(油脂焼夷弾)と、簡単な時限発火装置が入っている。


「見ていて。……放て!」


籠が一斉に開けられると、黒い雲のような数千匹のコウモリが空へ舞い上がった。 彼らは陽光を嫌い、本能に従って廃墟の屋根裏や、壁の隙間へと次々に潜り込んでいく。 そして、数分後。


ボッ! ボボボッ!!


あちこちから不規則な破裂音が鳴り、火の手が上がった。 時限装置が作動し、コウモリごとナパームが発火したのだ。 建物は内側から紅蓮の炎に包まれ、あっという間に崩れ落ちていく。


「これが『都市破壊用・コウモリ爆弾』よ。敵がどれほど強固な魔法障壁で都市を守っていても、無害な小動物までは弾かない。夜明け前にコウモリをばら撒けば、彼らは勝手に敵の寝床や屋根裏に潜り込み……朝食の時間に、街中を火の海に変える」


「……悪魔的だ。防ぎようがありませんね」


シオンが、炎上する廃墟を見つめながら戦慄する。その瞳には、恐怖と興奮が入り混じっていた。


「魔法は外からの攻撃には強いけど、内側からの『害獣』には無力なの」


私は次々と、開発中の兵器群を紹介していく。 巨大な真鍮のラッパと蒸気ボイラーを組み合わせた『音響兵器』。特定の周波数の不快音を撒き散らし、敵の詠唱を阻害し、天使たちの三半規管を狂わせる「科学の絶叫」。


そして、戦争を支える「足」と「腹」の準備も、着々と進んでいた。


「陛下、あちらの工場から搬出されている木箱は?」


シオンが指差した先では、次々と木箱が馬車ではなく、黒い蒸気を吐く無骨な四輪車両に積み込まれていた。


「『保存食』よ。ブリキの缶に詰めて密封し、加熱殺菌した『缶詰』と、特殊な袋に入れた『レトルトパウチ』。これなら何年経っても腐らない。現地調達や略奪に頼らず、兵士の胃袋を満たせるわ」


「……腐らない食料、ですか。氷結魔法なしで、常温で大軍の食料を維持できるとは」


「そして、それを運ぶのが、あの『蒸気トラック』よ」


私は、荷物を満載して走り出す車両を見送った。


「馬は疲れるし、魔法は兵士の魔力を食う。だが、この鉄の馬は、水と石炭さえあれば、不眠不休で物資を前線へ送り続ける。……近代戦の勝敗は、火力の大きさだけじゃない。どれだけ物資を迅速に、大量に運べるかという『兵站ロジスティクス』で決まるのよ」


「兵站の科学化……。陛下は、戦いの概念そのものを変えるおつもりですね」


シオンが感嘆のため息をもらす。魔法文明の常識が、音を立てて崩れていく音が聞こえるようだ。


「陛下、あちらにある……あれは、ただの荷車、ですか?」


シオンの視線が、一台の粗末な木製荷車に向けられた。 だが、その荷台には樽いっぱいの火薬が積まれ、後部には太いロケット花火の束が無造作に括り付けられている。


「ええ。名付けて『ロケット台車スレッド』。ただの荷車に見えるけれど、点火すれば時速100キロで地を駆ける『陸上魚雷』よ」


「魚雷……? その単語は理解しかねますが、操縦者は?」


「いないわ。レールもハンドルもない。ただ、点火して、敵の城門や密集陣形に向けて放つだけ。地形次第でどこへ跳ねていくか分からないけれど、まともに突っ込めば城門ごと吹き飛ばせるわ」


「……使い捨ての特攻兵器ですか」


「質より量よ。荷車なんて、農家から幾らでも徴収できるでしょう?」


そして、その横には、さらに異様な物体が鎮座していた。 直径3メートルはあろうかという、巨大な二つの鉄の車輪。その車軸には、大量のロケット花火の束が剣山のように括り付けられている。


「こっちは『パンジャンドラム』。ロケット推進式の自走爆雷よ。台車よりも走破性が高くて、塹壕も乗り越えて敵陣を蹂躙できるわ。……まあ、たまに制御不能になって味方の方へ戻ってくるのが玉に瑕だけど」


「それは、欠陥品では……?」


「いいえ。『訳の分からない巨大な火を噴く車輪』が突っ込んでくる恐怖は、魔法使いの精神をへし折るのに十分よ」


私は、その鉄の車輪を愛おしそうに撫でた。これこそが、狂気の象徴。


「そして、これよ」


私は、和紙とコンニャク糊で作られた、巨大な気球を見せた。


「『風船爆弾』。これに焼夷弾を吊るして、風に乗せて飛ばすの」


「風任せ、ですか?それではどこに落ちるか……」


「ゲメリア神聖国は北にある。南風のときに数千個飛ばせば、いくつかは必ず敵の都市や森に落ちて火災を起こすわ。実害は大したことないかもしれないけれど、『安全なはずの聖地』に突然空から爆弾が降ってくる恐怖……その心理的ダメージは計り知れない」


「……なるほど。陛下のお考えになることは、騎士道とか神への信仰が支配するこの世界では、どれも常軌を逸していますが、それだけに効果は絶大ですね。素晴らしい混沌です」


「まだよ、シオン。最後に、あのタンクに溜めている『液体』の準備は?」


私が指差した先には、厳重に管理された巨大な貯蔵タンク群が並んでいた。 中身は、国中から集めさせた大量の廃油と、高純度のアルコール、そして揮発性の高い薬品の混合液だ。


「はっ。ご指示通り、大量に確保しております。……しかし、これほど大量の燃料を、一体何に?」


「ふふ。……極大魔法も霞むほどに、派手にいきましょう」


私は、意味深に微笑んだ。 それは、この世界の誰も見たことのない、大量殺戮のための「切り札」。 神の国に、二つ目の太陽を昇らせるための「種」だ。


鋼鉄のカノン砲、ハト誘導弾、コウモリ爆弾、音響兵器、保存食に蒸気トラック、ロケット台車にパンジャンドラム、風船爆弾、そして液体燃料。 魔力を持たない人間が、魔法使いを殺すために積み上げた、執念と狂気の結晶たち。この中世世界では技術的限界オーパーツに近い、ハイテク兵器の数々。


その全てが完成した時。 私たちは、防衛ではなく、「侵攻」を開始する。 神の国を、この地上から物理的に消し去るために。

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